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血潮は在るが儘に  作者: 機乃 遙
エピローグ
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エピローグ

 世界大戦の危機に瀕しても、それでも世界は何事もなかったかのように進んでいく。架空のミサイルはすべて誤報と判断され、翌日には警戒態勢はすべて解かれた。アラスカでの爆発は、スクラップヤードに残された不発弾が爆発ということで片づけられた。その裏にシンジケートなる組織が暗躍していて、秘密裏にアメリカの先制核攻撃を画策していたなどという話は、闇の中に葬られた。あるとしても、それは都市伝説という眉唾のなかである。ルビー・チューズデイという女と同じ。存在するかどうかも不確かな、都市伝説という闇に消えたのだ。

 ――あの事件以降、誰もチューズデイの姿を見ていない。Mでさえも。


     *


 冬のD.C.は底冷えするような寒さだった。ペンタゴン・シティのショッピングモールは、すっかりクリスマスの色めきに様変わりをしている。だが、その周囲を取り巻く国防総省であるとか、川を挟んだ向こうのホワイトハウスだとかは、まだ祝うほどではないという姿勢をみせるような、そんな頃合いだった。

 その女は、アーリントン墓地の一角にいた。名もなき戦没者を悼む墓碑の前に。彼女は数年前にもここを訪れていたが、しかし今回は同じ人物の墓参りではなかった。

 彼女がここへ来た理由。それは、自分自身の墓参りだ。黒のパンツスタイルにネクタイ、そしてトレンチコート。肩には溶けかかった雪の結晶。そして、顔は目深にかぶった帽子とサングラスで隠されていた。

 女は、ただジェーン・ドゥとだけ記された墓碑の前に立っていた。そしてその墓前に真っ赤な花を手向けると、足早にそこを立ち去ろうとした。

 しかし、そうする前にある人物が彼女を引き留めた。それは彼女と同じく死者を弔いにきた者の一人であり、また彼女と同じ人物に花を手向けにきたのだった。

「待ちなさい、ボンド」

 そう呼び止められたとき、思わず黒衣の女は足を止めた。そして、声のする方へ振り向いた。

 そこにいたのは、車いすに乗った老婆だった。白髪の、今にも弱り切って死にそうな老婆だ。車いすには呼吸器が備え付けられており、その管は老婆の鼻につながっていた。

 その老婆の姿を見て、ボンドと呼ばれた女はしばらく黙っていた。ボンド――ジェイミー・ボンド。それが彼女の偽名。そしてコードネームは、ルビー・チューズデイ。しかしこの半年間、彼女は身を隠すために隠居を続けていた。だからその名で呼ばれたのは、厄介なことだった。

「……どちらさまでしょうか」

 チューズデイは静かに言い、その場を立ち去ろうとした。

 だが、老婆は車いすを動かし、道をふさいでしまった。

「……どいていただけますか。先を急いでいるので」

 目深にかぶった帽子をさらに下げて、顔を隠す。だが、老婆も譲らなかった。

「まあ、そう焦るな。わたしは君を殺そうなんて思っちゃいない。ただ話しがしたいだけだ。――僕だよ、ミス・チューズデイ」

 そのとき、チューズデイは思わず帽子に当てていた手を離した。

 その声。確かに見た目はただの老婆だ。呼吸器につなげられ、骨と皮だけになったような、病院内を走っていても遜色ない見た目だ。その声色も年老いてしゃがれた、いたってふつうの声音だ。しかし、どうにもそのイントネーションに、しゃべり方に聞き覚えがあったのだ。

「……あなたなの、M……?」

「そうだ。僕だよ。……実は女だと知ってビックリしたかい? まあ、これもすべて君の素性を隠すためのものだったんだがね」

「……何の為に……?」

「わたしがデイ計画に初期から参画したメンバーの唯一の生き残りだからだ。だから、その素性を隠匿し続ける必要があった。……まあ、安心してくれ。もはや君をとって食おうとか、記憶を消してやろうだなんて思っちゃいない。すべて、終わったことなのだからね」

 Mはそう言うと、車いすのモーターを作動させ、ゆっくりと墓碑へと向かった。そして花を手向けてから、今一度チューズデイのほうに振り返った。

「せっかくの機会だし、もう終わったことだ。真実を話そう。デイ計画とは何か。そして、これからの君の話を、ミス・チューズデイ」


「デイ計画とは、遺伝子操作を施された兵士を製造する極秘実験のコードネームだった。そして実験により、サンデイ以下フライデイまで五体の実験体が製造された。しかし、そのうち成功したモノは一人のみ。国防総省から実験の停止を言い渡された計画には、ただ戦闘能力を秘める赤子ばかりが残された。

 その名前は、ルビー・チューズデイ。

 そして――ロビン・フライデイ。

 しかしフライデイは、当時CIAに内通していた東側の人間によってどこかへ持ち出された。幸運だったのは、フライデイが短命だったこと。そう、やつは生まれつきテロメアが短いんだ。クローン(﹅﹅﹅﹅)だったからね。

 ロビン・フライデイとは、君のクローンの、それも失敗作なんだ。実験中止の勧告を受けて焦った研究員たちは、君のクローンを生成、提出することで計画の続行を図ったんだ。そしてフライデイを成果にして、次なるプロジェクト・サタデイにかかろうとした。

 しかし、結果はこのザマだよ。すべてダメだった。そして計画は凍結。関係者は口封じをされ、残されたわたしにはフライデイも抹殺と君の教育を命じられた」

 老婆――もといMは言い終えると、紫煙を吐くような深いため息をついた。

「だからわたしは――僕は、フライデイを追い続けていた。当時のM――つまり私は、この実験の監督責任者を任せられていた。殊に君らのような生体兵器の監視が私の仕事だった。だが、私はフライデイを逃がした」

「だからその責任を負って、ずっとあいつを――シンジケート追っていたと言いたいわけね。違うでしょ。あなたは、それだけじゃない。もっと深い罪を償おうとしていた」

 言って、チューズデイは自分の墓石に背を向けた。

「罪、というと?」

「私、気づいたのよ。M、あなたはそのコードネームが自分のイニシャルだと言ったわね。けっしてMI6の真似事なんかじゃないって」

「そうだ」

「それ、マンデイ(Monday)のMでしょ。私たちの代理母のブルー・マンデイ」

「いいや」

 チューズデイは踵を返したまま、墓地から出て行く。Mはそれを追わなかった。また彼の部下が追う様子もなかった。

母親(Mother)だよ。だが、もう君に母は必要ないようだ、ミス・チューズデイ!」

 叫ぶ母に、娘は背で答えた。小さく手を振り、その血塗られた膚を見せた。自分と同じ血のモノを殺し、葬った、その手を。


 それ以降、ルビー・チューズデイという女を見たという報告例は、CIA内部でもいっさい存在していない。ただ彼女は、都市伝説の裏で存在し続けている。正体不明の女傭兵。金さえ積めばどんな任務もやってのける殺し屋……。


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