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血潮は在るが儘に  作者: 機乃 遙
血潮は在るが儘に《Let it Bleed》
11/13

10

 スノーモービルとともに氷の大地に投げ出されると、すぐにチューズデイはクリアリングを行った。といっても、氷河の上には誰もおらず、ただだだっ広い白の世界が広がるきりだったのだ。世間ではまだ秋の諸相だったが、アラスカ北部の無人地帯にそのような言説は通用しないようだ。

 クリアリングを終えてヴェクターを背中にまわすと、チューズデイはサングラスに手を触れた。ESS製のタクティカル・サングラスだが、むろんそれには改造が加えられている。フレーム部分のスイッチに触れると、まもなくレンズに映像が階層(レイヤー)表示された。PCのウィンドウ表示のように現れたそれは、無人偵察機ドローンからの映像だった。

 ふと顔を上げると、上空を飛翔するレシプロ機様の小型飛行機が見えた。それが現在、偵察を開始したドローンである。真っ白に塗りたくられたドローンは、まもなくチューズデイの視界から失せていった。それが向かった先はスクラップ・ヤード。これよりチューズデイが潜入する場所である。

 彼女は左目にドローンからの映像を映したまま、右目で雪原を見据えた。アクセルを開け、エンジンに鞭を打つ。履帯が雪を咬み、そしてスキー板が車体を前へ前へと進ませた。


     *


「いいんですか、あのまま行かせて」

 アーネスト・バーンズは、マッスルスーツを脱ぎ、五十代相応の肉体に戻っていた。全面禁煙の機内で、彼は口寂しさを紛らわすように、Mへの言葉を口にしていた。

「いい、とはどういうこと?」

 そう返すのは、ステレオスピーカー。

 Mはいつものように機械越しで、ねじ曲げられた声で応えた。しかし彼の声は、どこかいつもとは調子が違っていた。

「チューズデイですよ。記憶を消さないまま送り出して良かったんですか。アイツは、フライデイからすべてを聞かされた。それもきっと、都合のいいように改変されたものをだ。すべてCIAの仕組んだ罠で、自分はずっと操られてたんだと。アイツはきっとそう思ってますよ」

「それで?」

「フライデイは失敗作だったかもしれない。でも、頭はキレる。……それは、俺よりもデイ計画に深く関わってたあなたのほうがわかってるはずでしょうに。……チューズデイは、裏切るかもしれない、俺たちを。フライデイの味方につくかもしれない」

「それはないよ。彼女は、必ずやフライデイをしとめてくる。そのあとどのような結末が待っているにせよ、かならず」

「根拠は?」

「女のカン」

 Mはそれだけ言うと、深いため息をついた。歪み(ディストーション)の効いた彼のため息は、荒れ狂う砂嵐のようだった。


     *


 先行したドローン部隊は、上空より偵察を継続。熱赤外線(サーマル)で敵の位置情報を補足すると、GPSを介してそれを各無人戦車、並びにチューズデイへ同期。各々のレーダーマップ上に位置情報をリアルタイムで更新し続けた。

 チューズデイの視界にもそれがある。タクティカル・サングラスのレンズ部分には、現在リアルタイムでの敵情報が階層(レイヤー)表示。疾駆するスノーモービルからの情景には、流れるようにして赤い斑点模様が描き出されている。それはすべてドローンが補足した敵の位置情報。武装した人間を排除対象として登録し、それを部隊各員と共有する。といっても、チューズデイ以外はすべて無人機だったが。

 ――そう考えると、この作戦には真の意味での人間(﹅﹅)は一人も含まれていないのかもしれない。

 チューズデイはぼんやりと思った。自分も兵器として生み出された生命であるならば……。ここにいるのは、皆そういうモノなのだ。

 まもなく三時の方角より銃声が響いた。散発的な発砲音。ライフルの発砲音だ。そして直後、低く唸るような轟きも聞こえてきた。ドローンタンク・リプソーに備えられたミニガンだろう。数千発という鉛の嵐が、痛みを感じさせる暇も与えず、ただ殺人を遂行していく。同期された階層表示からは、赤い人型のマークが次々と消えていく。突入するなら、今のうちだ。

 チューズデイはアクセル全開、スクラップ・ヤードへ急いだ。眼前には、雪に覆われた無数の戦闘機の亡骸が見えていた。


 雪をかぶった戦闘機たちは、死んだように静まりかえっていた。散発的な銃声は、まるで礼砲のようにも聞こえ、ミニガンの轟音は悪魔の唸り声にさえ聞こえた。ここは死者の集う場所だった。

 巨大な爆撃機の死骸――おそらくミサイルが一般化する前の冷戦時代のシロモノだ――の群れのなかにいては、チューズデイはまるで不思議の国のアリスのような気分になった。アリス・シンドロームの患者は、きっとこのような気分なのだろう。高高度爆撃機たちの亡骸が落とす巨影は、降り積もった雪を凍らせていた。

 屍の土地。

 墓場(スクラップ・ヤード)の名にふさわしい場所だ。チューズデイは亡骸を見渡しながらそう思った。

 そのときだ。銃声に混じって、異音が聞こえてきた。はじめはインカムに生じたノイズかと思ったが、違う。確かに聞こえたのだ。外から、何か生物の叫び声のような。しかし機械が放つ爆音のような何かが……。

 それは、獲物を前にした猛犬のうめきのようだった。牙を剥き、よだれを垂らし、グルグルと喉を鳴らす。威嚇するような規則的な音の連続性。

 その正体は、四脚が織りなす駆歩(ギャロップ)音とともに現れた。黒い四つ足、人工筋肉の塊が、機関銃を抱えて走ってくる。胴を銃火器に変えたイヌのようだった。無人の歩行戦車だ。拍動するような爆音は、エンジンがピストンを回す音だった。

「……無人機、いったいどこから……!」

 言って、チューズデイは背中に回したクリス・ヴェクターを構えようとした。

 しかし、遅かった。彼女がトリガーを絞り、四十五口径を叩き込もうとしたとき、人造の猟犬は雪原を踏破。雪を踏みつけるようにして飛び上がると、そのままチューズデイが駆るスノーモービルに飛びかかったのである。

 接触、激突。そして転倒。

 チューズデイはスノーモービルから投げ出された。幸いだったのは、下が雪だったことだ。うまくクッション材の役割を果たした雪のおかげで、転がり落ちたチューズデイに目立った外傷は無かった。

 チューズデイは、それからすぐに射撃体制に移った。ヴェクターの折り畳み式ストックは閉じたまま、周囲を見回す。

 ――どこへ行った。

 タクティカル・グラスに階層表示。しかし、マップに熱源の報告はない。無人偵察機は見逃していたのだ。こんな機械の猟犬が存在するなど考えなかったのだろう。きっと、あれも打ち捨てられた試作兵器の一つに違いない。

 チューズデイは生唾を飲んだ。四方は戦闘機の残骸に囲まれている。猟犬の位置は不明。いったいどこから飛び出してくるのか。

 緊張の汗が、インナースーツ下の背中を流れた。水滴は背骨に沿って肌を伝い、そして臀部まで流れ落ちた。

 その瞬間だ。

 朽ちかけのF14トムキャットのキャノピーを蹴り上げ、四脚の物体が飛翔した。頭のない猛犬が真っ白な空を舞い、鉛玉の霰を浴びせてきた。

 チューズデイは、戦闘機の水平尾翼の影より銃口だけ覗かせ、四十五口径を放った。むろん手応えはない。

 ――相手は無人機だ。恐怖も、何も感じはしない。理路整然と獲物を狩りに来るはずだ。

 折り畳んでいたヴェクターのストックを延ばし、肩づけで構える。ダットサイト越しに影が見えた。すぐさま発砲。スリーバースト。伸びる影に直撃。トムキャットの影に隠れようとした猟犬の後ろ足が、破裂音とともに弾け飛んだ。

 猟犬は左後ろ足を失いながらも、なお前へ進もうと足掻いていた。背中に乗せた機関銃が熱源センサーを頼りに獲物を探し、動き回る。しかし、それよりもチューズデイがトドメを刺すほうが早かった。

 三点速射。再び轟いた三続きの発砲音。それは無人機のメインユニットを破壊し、完全に生き絶えさせた。しかし、それでも破壊を確信できず、チューズデイは腰からカランビットを抜くと、四つ足を切り裂き、芋虫にしてやった。

 ――こんな無人機まで出払っているなんて、どうなっているんだ……?

 この先の施設に目をやった。風が吹き、吹雪になりつつある。急がなければ、神の杖は振り下ろされる。

 チューズデイはスノーモービルのもとまで戻ると、再びまたがってフライデイのもとへと急いだ。コントロールルームは、もう目の前に見えていた。


      *


 コントロールルームでチューズデイを待っていたのは、静寂だった。チューズデイは、一度近くで身を隠しながら、双眼鏡とドローンを使い敵の情報を確認。しかし、歩哨らしき人影は一人も見あたらず、あったのはいくつかのガンカメラだけだった。それもヴェクターで破壊できるほどの粗末なものだ。

 雪をかぶり、風にふるえるコントロールルーム。その周囲には誰もいなかった。また、室内にも。侵入したチューズデイを待っていたのも、また静寂だったのだ。

 明かりのない暗い空間には、ただチューズデイの足音だけが響いた。室内には、十数年も取り残されたコンピュータだけが待機ランプを輝かせていた。キーボードは色あせ、ほこりをかぶっている。イスは倒れ、クッション材が外へ飛び出していた。

 チューズデイは、そんな廃墟を分け入り、地下の最深部へと向かった。情報によれば、神の杖のコントロールユニットは、そこにあるはずなのだ。しかし、あまりにも手薄すぎる。イヤな予感が彼女の脳裏をよぎった。

 地下へ通じる階段を下る。クリアリングを続けるが、踊り場にも敵がいた様子はない。ほこりをかぶった床にはいくらかの足跡があったが、サングラスのサーマル表示には人影は何も映らない。

 ――もう手遅れだったのか。

 そんな最悪のビジョンがよぎったときだ。

 チューズデイは階段から地下室に通じる扉を開いた。そのとき、彼女の視界に飛び込んできたのは、一人の男だった。

「わたしに会いたかったのでしょう?」

 喉仏が不自然に振動する、異音をはらんだ声。歪な顔をさらにゆがませながら、頬肉をひくつかせて喋るモノーーロビン・フライデイ。

 チューズデイは、すぐさまトリガーを絞った。四十五口径が三発、フライデイの眉間に叩き込まれた。

 しかし、銃撃のあとに残されたのはフライデイの死体ではなく、弾痕の穿たれたスクリーンだった。

 そこは四壁をモニターが支配する部屋だった。チューズデイが撃ったのは、そのモニターに映るフライデイの虚像だったのだ。

「会いたかったですか、ミス・チューズデイ?」

 再び歪な声が響く。

 チューズデイは声のするほうに銃口を向けた。しかし、そこにあったのはスピーカーだけだ。

 室内には、電源のついたモニターがあるのみ。チューズデイが撃った正面以外の画面には、いま暗闇だけが映されている。だが一瞬間の後、そこにまた明かりが灯り、人影が描き出された。前左右に描き出される、三人のフライデイの姿。彼はニタリと笑みを浮かべ、チューズデイを見ていた。

「あなたがここにいるということは、アンダーソンが吐いたということでしょう。残念でしたね。わたしは初めから彼女のことなど信じていませんでした。わたしはもうアラスカにはいません。計画はすでに次の段階に進んでいるのです。……残念でしたね、チューズデイ。お会いできず本当に残念です。それから、これで本当にお別れです」

 社交辞令的な笑みを浮かべたところで、映像はプッツリと途絶えた。そして再びモニターには暗闇だけが残された。

 そして同時、フライデイと代わるようにして一人の男が乗り込んできた。両手に二丁のナイフ型拳銃を備えた、スーツ姿の男。パク・ユイル。彼は器用にも指の間でナイフを踊らせながら、一歩チューズデイのもとへと歩み寄ってきた。

「やあ、ミス。また会ったな。そしてサヨナラだ」

 彼の両手に握られていたのは、左右一対のナイフ型拳銃、G.R.A.D.だ。グリップに内蔵された二十二口径のリボルバーが彼の指に呼応して雷管を叩かれた。

 即座にチューズデイは、近くのデスクに身を屈めた。銃弾がアルミ合金製の机を貫く音。弾丸は机上で威力を減衰させられ、彼女の足下にたどり着くころには貫通力を失っていた。

 銃火が止んだところで、チューズデイは机の影から身を乗り出した。

 ――パクは接近戦に持ち込んでくるはずだ。それが、ヤツの間合い。

 チューズデイは近接戦闘(CQB)に移行することを即決。ストックを折り畳んだヴェクターをハンドガンのスタイルで構えた。

 飛び出した先にいたのは、ほこりのつもった床を蹴り上げるパクの姿だった。彼はナイフを両手に文字通りチューズデイに飛びかかった。

 チューズデイは、銃身だけ傾斜させて応射開始。スリーバーストの四十五口径が放たれた。そのうちの二発がパクの腹部に命中。しかし、彼の腹部には貫通したあとはない。スーツには布の裂けた跡が残ったが、パクに出血は無かった。インナーに防弾が施されているのだろう。

 飛びかかってきたパクの斬撃を払い落とし、チューズデイはリロード。今度は壁の影に身を潜めた。

 一方でパクは、その顔にこそ苦い表情は浮かべど、傷ついた様子はなかった。むしろヘラヘラとした笑いをこぼし、再び引き金を絞った。二十二口径の小さな弾丸が壁に穴を穿つ。

「さすがに防弾加工が施されているといっても、アバラの一本や二本は折れたかな。……チューズデイ、出てこい。これは決闘だ」

「決闘? それはプロがすることかしら?」

 リロードを終え、コッキングレバーを引いて初発をチャンバー内へ。

「プロがすること、か。しかし、どのみちお前はここで死ぬんだよ、チューズデイ。今から三十分後、ここに神の杖が落ちてくる。この場所は焦土と化すんだ」

「北朝鮮や中国、ロシアに向けて撃つんじゃなかったの?」

「言っただろ、おれたちはアンダーソンを信じてない。ヤツに吹き込んだのはすべてデマカセさ。

 よく考えてみろ、チューズデイ。どうしておれたちはアラスカに――米国領内に神の杖を撃つ? 大義名分のためさ。ソ連がフィンランドに侵攻した理由は? 日本が満州に軍事展開した理由は? ぜんぶ自作自演だ。世の中の戦争は、大義名分を得るか得ないかで決まる。そして、勝者の自作自演が正史となる。……アラスカは、北朝鮮によるミサイル攻撃を受けたということになるんだよ。わかるかい、ミス・チューズデイ?」

「戦争をする大義名分を与える? フライデイの本当の狙いはそれ?」

「それは計画の一段階でしかない。あの人は、その先の戦乱を見据えて動いている。……もう始まるんだよ、戦争は」

「それでここは警備が手薄で、無人機ばかりだったわけか。じゃあ、あなたは決死の覚悟で私を殺しにきた、とでも?」

「その通りだ。ここには無人機と、使い捨ての傭兵部隊、そして俺しかいない。お前はどのみち死ぬんだよ、チューズデイ。だから三十分間の決闘、楽しもうじゃないか!」

 言って、パクはG.R.A.D.に内蔵された銃弾をすべて撃ち尽くした。続いて彼は上着の影から新たなナイフを取り出す。WASPナイフ。円筒状のグリップを持ったオーソドックスな形状のナイフ。しかし、それも彼が持つだけあって一癖も二癖もあるシロモノだった。

 パクがナイフを交換するタイミングを見計らい、再びチューズデイは物陰から飛び出した。しかし、そのとき同時にパクも動き出していた。

 飛びかかるパク。チューズデイの構えたヴェクターを、彼はハイキックで蹴り飛ばした。弧を描いて、ヴェクターはアスファルトに転げ落ちる。

 ――まずい。

 すぐにチューズデイは、腰に差したHK45に持ち替える。|センター・アクシス・リロック《CAR》の要領で近接戦闘(CQB)に移行。両手でホールディングしたHK45を胸元で構えた。そして一瞬の間に手のなかで銃に角度をつけると、パクの首筋から顎に狙いを定めた。引き金を絞る。

 しかし、寸前のところでパクの手刀がそれを阻んだ。放たれた銃弾はパクの頬をかすめ、致命傷には至らなかった。頬から流れ落ちた血はアスファルトに滴り落ちる。

「安心しろ。楽に殺してやるよ、チューズデイ!」

 右手首を打たれたチューズデイに、パクの二発目が襲いかかる。それは、彼の手に握られたWASPナイフの刺突だった。

 チューズデイも避けようとした。しかし完全には避けきることはできなかった。ナイフの先端は右脇腹に刺さったのだ。プレートキャリアと、マッスルスーツの合間。その隙間に、(WASP)の毒針が突き刺さった。

 パクの不敵な笑み。そしてグリップに仕込まれたトリガーを彼は引いた。

 刹那、刃の中央より強烈な高圧ガスが放出されたのだ。WASPナイフ、それは本来海中においてサメなどの大型生物を殺害するために作られたナイフ。刺突後、トリガーを絞ることで刃からガスを放出。相手の肉を内側から破砕する……。本来、軍事使用を考えられていない、人間への使用など毛頭考えられていない、非人道的な兵器だった。

 幸いだったのは、その切っ先はチューズデイの腹を抉ってはいなかったということだ。ちょうどスーツとハーネスの隙間に入っただけで、彼女の肉が破砕されることはなかった。しかし、強烈なガスの放出は、彼女の脇腹に痛打を与えた。まるでプロボクサーのフックでも喰らったような衝撃だった。

 思わず嗚咽をあげ、その場に倒れ伏すチューズデイ。胃の中身が逆流、口からこぼれ出て、アスファルトに散乱した。赤ワインが濁った血のような色をしている。

 パクは彼女を見下ろし、再び笑んだ。

「しぶといな。もう一発必要なようだな、ミス・チューズデイ」

 上着の裾から、彼はもう一本ナイフを手に取る。二本目のWASPナイフ。グリップに高圧ガスのボンベを装填し、彼は引き金に指をかけた。

「死ね、ルビー・チューズデイ!」

 毒蜂の切っ先が、心臓に向かう。絶対絶命の瞬間、チューズデイは冷静になった。

 世界がスローモーションに変わる。ナイフで応戦するか。もう一度ハンドガンを手に取るか。……いや、まずはそのどちらでもない。

 内蔵をかき回されたような痛み。左手で腹部を押さえて痛みに耐えながら、チューズデイは身を転がして距離を取った。そしてそのまま両足で地をつかむと、姿勢を低くしたまま立ち上がったのだ。右手には、まだHK45Tがある。四十五口径は、まだ残っている。

 狙いをつけている余裕は、もうなかった。

 トリガーを絞る。一発、二発、三発。硝煙の匂い。ガムシャラな射撃。四十五口径が手の中で激しく暴れる。しかし、チューズデイの射撃は正確だった。パクのスーツに風穴が開く。完全に勝ちを確信していた彼には、避ける余裕は無かった。

 パクのスーツには防弾縫製が施されていた。しかし、あくまでも弾丸の貫通を防ぐのみ。衝撃は殺しきれない。残弾尽きるまで撃ち込まれた四十五口径は、パクの肋骨を粉々に砕いた。

 砕けたあばら骨は、彼の内蔵に刺さったのだろう。パクはその場で倒れ、吐血。肺からは、空気の抜ける風船のような音が漏れていた。

「形勢逆転ね」

 言って、チューズデイは撃ち尽くしたHK45Tを、パクの胸元めがけて投げつけた。衝撃はあばらを内蔵に押し込み、激痛を引き起こした。

 続けざまにチューズデイは、スタームルガーに切り替える。そして痛みにもだえるパクを踏みつけた。あばらが五臓六腑に染みわたる。

「答えなさい、パク・ユイル。フライデイはどこ?」

 ボルトを引いて、チューズデイはルガーの銃口をパクの額に押し当てた。

 パクは痛みと余裕の間で微笑んで見せた。苦悶と絶頂に満ちた汗をこぼし、彼は口を開く。

「言うと思うか?」

「おまえが吐こうが、吐くまいが、私は必ずフライデイを探しだす。そして、殺す。でも、もしあなたが楽に死にたいと考えているのなら、吐いたほうがマシよ」

 もう一度、彼女はパクの腹に足を乗せた。表情のうち苦悶の占める割合が急増した。

「どうしてフライデイを殺そうとする? CIAの……おまえをずっと操ってきたヤツらの命令だぞ。おまえをずっと騙してきたんだ。なのに、どうして従う」

「それが仕事だからよ。金額さえ払えば、契約は履行する」

「では、どうしてフライデイと契約しなかった? CIAのイヌに成り下がるより、よっぽど稼げたものを」

「さあね。強いて言うなら、同族嫌悪じゃないかしら」

 もう一度、足にかける力を強める。苦悶の比率が増大していく。

「はやく吐きなさい。フライデイはどこにいるの?」

「少しは頭を使え、ミス・チューズデイ。フライデイの目的は、アメリカに先制攻撃を撃たせることだ。このあとすぐ、アラスカに『神の杖』が落ちてくる。合衆国はそれを北朝鮮のミサイル攻撃だと勘違いし、報復攻撃に出る。フライデイは、そのために動いている。架空のミサイルを生み出すために」

「……フライデイは、北米本土防空網(NORAD)を掌握しているのか?」

「はは、すでに大統領府は大騒ぎだろうよ」

 そのときだ。

 先ほどまでフライデイの顔が映っていたモニターがカウントダウンを告げる表示に切り替わった。デジタル表記で、十分前からカウントスタート。チューズデイが見上げたとき、タイマーは09:55を示していた。

「急げ、ルビー・チューズデイ。フライデイを殺したいなら、まずここを脱出することだ」

 ――クソ。

 チューズデイは心で舌打ちすると、引き金を二回絞った。二十二口径がパクの両目に穴を穿ち、絶命へと誘った。

 もう余裕はない。

 パクの死体を後目に、チューズデイはコントロールルームを飛び出した。後方からはフライデイの高笑いが聞こえるかのようだった。


     *


 コントロールルームを飛び出すと、チューズデイはまず無線機でMにコールした。しかし、ノイズばかり聞こえて応答はない。続いてドローンの映像にもアクセスしたが、それも砂嵐が起こるきりで受信しなかった。ジャミングだ。まるで退路を塞ぐようにして、通信網が途絶え始めていた。

 タクティカル・グラスを熱赤外線(サーマル)表示に切り替えると、さらにそれがはっきりした。無人戦車(ドローン・タンク)たちが一斉にその動きを鈍らせ始めていたからだ。おそらくGPS信号を受信できず、まともに稼働することが困難になっているのだろう。もはや固定砲座と化した無人戦車たちは、これから皆殺しに合うなどと予想だにしていない傭兵たちに取り囲まれている。まもなくRPGが放たれ、一両大破。形成は逆転されつつあった。

 応援を呼ぶことは叶わない。もっともMの輸送機に連絡が通じたとして、到着から脱出までに十分以上はかかるはずだ。いまチューズデイがすべきことは、どうにかしてこの場所から離れること。しかし、それにしてもクルマでは遅すぎるし、スノーモービルなど論外だ。

 ――考えろ。

  パク・ユイルは、決死の覚悟で決闘を挑みにきたと言った。しかし、ヤツとてプロの殺し屋だ。脱出手段を用意していないはずがない。

 なにかあるはずだ。

 そう思い、チューズデイは熱赤外線表示のまま周囲に目を凝らした。

 ――あった。

 兵器たちの墓場(スクラップ・ヤード)に一台、死骸に紛れて熱源を発する機体があった。双発のジェット練習機、T-1ジェイホークである。てっきりスクラップの一つかと思ったが、それは確実に生きて、熱を帯びていた。

 あれだ、とチューズデイは確信した。

 彼女はすぐにジェイホークに駆け寄ると、機体によじ登り、ハッチを強引に開かせた。内部は死骸にしては妙に温もりがあった。エンジンが切られてから、まだそう時間が経っていないのだ。おそらくパクはこれでアラスカまでやってきて、そのまま脱出するつもりでいたのだ。

 座席に乗り込むと、エンジンをスタートさせた。幸運にもジェイホークは、一般的なビジネスジェット機と変わりない。Mが運用しているプレイベートジェットも同じ型式だ。操縦法なら、理論だけはわかる。シミュレーター訓練の記憶が頭の片隅にあった。

 スロットルを上げ、タキシングを始める。氷河という名の滑走路へ。パクはここに着陸したのだ。離陸もできるはずだ。

 フラップ角度は一〇度に設定。ショート・フィールド・テイクオフ。前方のランディングギアをやや上げつつ、加速を続ける。機体がふわりと浮く。スロットルをMAXに叩き込む。テイクオフ。機体は大空へ飛び出した。

 ――一刻も早く、ここを出なければ。


 やがて加速していく機内で、チューズデイは雪原のなかに消えゆく共同墓地を見た。そしてそれは彼女が後ろに目を向けた数秒後、光の柱によって消し去られた。はるか天高くより降り注いだ、巨大な鉄柱。それがアラスカの氷河に突き刺さり、すさまじい爆発を引き起こした。破裂、粉砕、飛散。そして消滅。すさまじい運動エネルギーの総体は、光となってすべてを飲み込まんとした。

 チューズデイが駆るジェイホークもまた、その煽りを受けて失速を始めた。すぐにスロットルを全開にし、機首上げ(ノーズアップ)。機体は回復したが、しかし後方には無惨な墓地だけが残されていた。



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