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ヒースロー空港に到着すると、メルセデスは何事も無かったかのように配達会社のフリをして滑走路内に入り込んだ。そしてエアバスが夜の空へ飛び立っていく様子を横目に、滑走路脇の格納庫へと向かった。
一番端の格納庫。それには、チューズデイも覚えがあった。前にロンドンに着たとき、イスラエルに向けて飛び立ったのも同じ格納庫に駐機された機体だったからだ。
格納庫に駐機されていたのは、しかし前に乗ったのと同じ機ではなかった。Mのプライベートジェットではない。C‐5Mスーパーギャラクシー。世界最大級の輸送機がそこにあった。
バンは輸送機の前で停車。すると空港の清掃スタッフに扮した者たちが現れ、続々と荷台から死体を回収していった。それもすべてMのさしがねによるものだろう。先ほどまで五体転がっていた死体は、ものの数分でどこかに消えてしまっていた。
「行くぞ、チューズデイ。Mが待ってる」
「……フライデイを追うわけ?」
バーンズは首を縦に振った。
チューズデイはタバコを灰皿に押しつけて消すと、助手席から飛び降りた。まだ右太股が痛む。弾丸は貫通したはずだが、痛みはズキズキと残り続けていた。出血の具合から大動脈を傷つけたわけでも、骨を砕いたわけでもなさそうなのだが。
右足を軽く引きずりながら、チューズデイはハッチの開かれたスーパーギャラクシーに向かった。そして後ろからは、バーンズがゾーイに銃を突きつけた状態でついていった。
見かけは巨大な輸送機だが、しかし機内はMの秘密基地ということでいつもと変わりなかった。運転席から少し離れた応接間のようなスペースには、バーカウンターとワインセラー。そしてソファーが四脚と、コーヒーテーブル。壁面には巨大なディスプレイがあり、CIAの鷲の紋章がクルクルと回っていた。
そしてテーブルの上に鎮座するのは、例によってスピーカーだった。古びたFMラジオのようなスピーカーが一つ、机上にぽつんと残されていた。
「やあ、ミス・チューズデイ。ようやく会うことができた」
開口一番、Mはいつもの調子でそう言った。彼は良くも悪くも空気が読めず、それでいて抜け目のない人物だった。
チューズデイはソファーに座ると、傷口を改めて確認した。巻いた包帯には、血が赤くにじんでいた。
「ずいぶんとご立派な飛行機ね」
「ああ。陸軍から借りてきたよ。こいつには戦車や戦闘車両なんかを何台も乗せられるんだ」
「で、乗せているわけ?」
「それはまだ秘密だ。……それよりもいいウィスキーが手に入ったんだ。さすがは英国。いいスコッチがある。一杯どうだい?」
「せっかくだけど遠慮しておくわ」
口の中は、血とタバコのにおいでいっぱい。こんな状況でスコッチの香りなど楽しめるはずがない。飲むだけ無駄というものだ。しかし、それ以上にチューズデイには断るだけの理由があった。
「それよりも、聞きたいことがある。……なぜ私を連れ戻したの。どうして殺さなかったの?」
「それはだね――」
「記憶を消して、私を再教育するため」
彼女がそう口にしてから、しばらく沈黙があった。Mが何も話そうとせず、スピーカーからはノイズだけが聞こえてきた。そしてその雑音も、まもなくタキシングを始めたジェットエンジンのエキゾーストノートにかき消された。
滑走路に出て空へと向かうまで、Mは一言たりとも口にしなかった。空に出てから、ようやく彼は言葉を発した。
「君がフライデイから聞いた話は、おおむね正解だよ。君はデイ計画の遺物であり、人工的に生み出された人間。その唯一の成功例だ。そして君は、いままで都市伝説上にしか存在しない殺し屋を演じ続けてきた。米国のために。そしてなにより僕の仕事のために」
「その仕事とは?」
「フライデイを抹殺することだよ。……まず初めに言っておこう。事態は急を要するため、君の記憶の削除は行わない。再教育もだ。これから君には、すぐにフライデイの抹殺を遂行してもらいたい」
「居所はつかめているわけ?」
「おおむね。それに、これから吐かせる」
「ゾーイに?」
「そうだ。……君にはすまないと思っている。だが、無理を承知で依頼する。フライデイを抹殺してほしい。そもそも我々の――いや、僕の目的とはフライデイの駆除にあった。君もフライデイの出生については聞いただろう?」
「ええ。残念な話だったわね。私と違って」
「皮肉は止そうじゃないか、ミス。……デイ計画は、世紀をまたぐ前に中止になった。ソ連が崩壊する直前の話だね。そのころにはもう米ソ冷戦事態も収束していたのだが、しかし米国は次の百年を見据え、あらゆる技術の軍事転用を進めていた。君が誕生した経緯もその一つだ。
そうして人造的に生まれた二人の人間、チューズデイとフライデイ。君は問題なく成長し、偽装家族の中で軍人として成長した。君の父親役であり監視役は、何を隠そうアーネスト・バーンズだった。君が彼を頼るようにし向けたのは、そういう理由からだ。彼は君の真実を知ることを許された、数少ない人物の一人だからね。
話がズレた。君はともかく、そうして軍人として育てられた。秘密裏に。一方でフライデイは、誕生後すぐに殺されるはずだったんだ。彼は生まれたときから障害をわずらっていたんだ。あの顔だけでなくね。フライデイは脳が著しく損傷していたんだよ。だから彼は、不良品として早々に処分されるはずだった。しかし、当時CIA局内にいたソ連側のスパイが逃がしたんだ。表向きフライデイは処分されたことになったが、しかし実際には彼はこの世界のどこかに消えてしまったんだ。
ソ連に渡ったにせよ、どこに渡ったにせよ、彼が悪用される危険性はあった。しかしながら幸運だったのは、フライデイは失敗作だったことだ。障害を持った彼は、すぐに絶命すると思われていたんだ。
そうして君がすくすくと育っていく一方で、当時の僕にはフライデイの捜索任務が与えられた。しかし、彼は一向に見つからないまま二十年以上の歳月が経っていた。上層部も、もうフライデイは死んだものと考え始めてた」
Mが静かに口にしたとき、後方の扉が開いた。やってきたのは、ゾーイと彼女に銃口を突き立てるバーンズだった。バーンズは拘束されたゾーイをソファーに座らせると、なおも銃を突きつけていた。そして顎だけで「続けろ」と命じた。
「……やがてシンジケートという組織が浮き彫りになった」Mは続けた。「それは、各国の裏で暗躍する謎の組織。企業とも太いパイプを持ち、戦争経済の裏で常に見え隠れしていた。二十一世紀以降、テロ、内紛、あらゆる戦争行為の裏にその姿がちらつき始めていた。そして調べるにつれて、ある名前が浮上した」
「それがフライデイ」
「……そうだ。僕も正直驚いたよ。もちろんフライデイの捜索任務は続いていたけれど、そのときにはもうとっくに死んだものだと思っていたからね。言っただろう? 彼の脳には障害があって、しかも生まれつき病弱だった。だから仮に生かされていたとしても、そう長くない命だと思われていたんだ」
「しかし、ヤツは生きていて、あまつさえ諜報機関と企業の裏で暗躍し、戦争を意図的に引き起こしていた」
「そうだ。彼の言い分では、世界を正しい方向に導く。金儲けは二の次だと言うがね。詳しいところは分からない。……君には、そのフライデイの抹殺を依頼したいんだ。これはCIAとしての依頼だけではなく、僕個人としての依頼でもある。彼を殺してほしい」
「そうして殺害したら、私はまた記憶を消されるわけ?」
「……それは答えられない」
「そう」
言って、チューズデイは痛む足をたたき起こし、腰を上げた。
「報酬は用意する。これは、君にしか頼めない仕事だ。君やフライデイの正体は、どこにも漏らすことはできない」
「だから、同じ境遇の私に殺させると」
「そういうことだ。フライデイの存在は、ガン細胞のようなものだ。ほかに転移させるわけにはいかない」
「私の記憶を消さないと約束するなら、やってあげる」
その問いに、Mが沈黙で返した。イエスでも、ノーでもない。沈黙が彼の答えだった。
「まあ、いいわ。どのみち私に選択権はない。すべてあなたたちが、そうなるようにし向けてきたのだから。引き受けるわ。だから、早く彼女を吐かせて。私は、傷の治療をするから」
そう言うと、チューズデイは足を引きずりながら洗面所のほうへと向かっていった。
*
ゾーイは拘束されたままソファーに座らせられ、拳銃を突きつけられた。完全に八方塞がりな彼女は、もはやすべてをあきらめていた。ソファーにふんぞり返る彼女は、死の瀬戸際にいて自暴自棄になっているようだった。
そんな彼女に冷静に相対すのは、Mである。スピーカーのみの彼は、相変わらずの狂ったほどの冷静さでそこにいた。
「初めまして。……ではないね。ミス・アンダーソン?」
「レノックスのとき以来か」
「そうだね。あのときの君は非常に協力的だったね。君は、条件さえ良ければどこへだって向かう。まるで渡り鳥のような存在だよ。MI6からCIA、そして次はシンジケートと来た。……君は物わかりのいい女性だと信じているよ」
「ええ、いいとも。もちろん。つまりM、アンタはアタシを脅迫したいわけだろ? フライデイの居所を吐かなければ、殺す」
「そうとも言える。僕がバーンズ君に一言合図を出せば、君の脳髄に四十五口径が叩き込まれることになる。君の、その貴重な脳味噌にね」
「でも、仮に吐いたとしても殺すんだろ?」
「そうだ。君はチューズデイの正体を知っている」
「だったら、答える意味があるか? はやく殺せばいい。自分の若い部下を何のためらい無く殺したように」
そのとき、バーンズが押し当てていたHK45Tの銃口がゾーイの首筋をなぞった。延髄に沿うようにして、脳梁を穿たんとする銃口が彼女を愛撫する。
イヤな沈黙が訪れた。ゾーイは、もはや自身の命はあきらめたというような言いぐさだ。後ろ手で縛られ自由は奪われているというのに、そのソファーに座る姿は日曜の昼下がりのようにも見える。
「――だが、君は特例だ」とMが沈黙を破った。「君の生は、僕が保証しよう。それが僕の提示する条件だ。もし君が僕との取引を受けるのであれば、僕は少なくとも君の生は保証する」
「ウソが下手ね」
「ウソではないさ。君には才能がある。MI6やCIA、シンジケートにさえ惚れ込まれた才能が。……どうする? 僕は君の生を保障する。それが僕の提示する条件だ。君のカードは?」
「……フライデイの位置情報。それを吐けば、命は助かるわけか」
「そうだ。とはいえ、我々もフライデイの目的はおおむね掴めているのだよ」
「というと? 答え合わせしてやろうか?」
「では、頼もうか。……フライデイの目的は、戦争を引き起こすことだ。彼はそのために、テロ組織に銃火器の横流しするよう手配したり、また核兵器やマイクロ波兵器の提供まで行った。そして各国の対立を煽った。……だが、これは序章にすぎないだろう。世界大戦を引き起こす最後のトリガーを彼は望んでいる」
「そのトリガーとは?」
「……アメリカが、先制攻撃をしかけることだ。かつて日本が真珠湾に奇襲をしかけたように。超大国同士の戦争に火をつける。注がれた油に、火花を一つ落とす」
「正解、といったところか。じゃあ、居場所を教えてあげる。……彼が向かったのは、アラスカだ」
「アラスカだと?」
「そう。アンタならもう気づいてるでしょ? アラスカには、米軍が試作兵器を遺棄する墓場がある。彼のねらいは、そこにある『とある兵器』だ」
「とある兵器、とは?」
「神の杖」
「……まさか」
「そのまさかだ」
言って、ゾーイは不敵に笑んだ。
神の杖。その計画のことは、Mも知っていた。チューズデイと同じ、都市伝説の中に葬られた軍事計画の一つだ。衛星軌道よりタングステンやウランからなる巨大な金属棒を射出し、地上を攻撃するという宇宙兵器。運動エネルギーから生じるその破壊力は、核兵器にも匹敵する。かつ、ランニングコストは核兵器よりも非常に低い。しかもミサイルと違い、迎撃される可能性も低い。そのため核に変わる戦略兵器だと言われていた。
しかし、それも都市伝説の闇に消えた。理由は一つ。当初予定されていたほどの破壊力がないと、そのようにわかったからだ。そして神の杖は計画中止が言い渡され、一連のコントロールユニットはアラスカに棄てられ、衛星もスペースデブリとなって消えたはずだった。
だが、それはまだ残っていたのだ。フライデイと同じく。
「フライデイは神の杖を使い、本来禁止されているはずの宇宙兵器で中国、ロシアへの先制攻撃を仕掛ける。衛星はアメリカのものであるから、すぐに戦争が起きる。今度こそ、宇宙を巻き込んだ核戦争が起きる。……フライデイはそのために、北朝鮮とも手を組んでいた。ヤツらのショボい人工衛星打ち上げ計画は、実はすべて神の杖の再生計画の一環だったわけ。ロケットの発射とか言って、実際のところは、神の杖の補修パーツを打ち上げていたの」
「……では、パク・ユイルが北朝鮮の要人を暗殺した理由とは」
「もちろん、お察しのとおり。将軍家の副官が、海外にいる要人に情報を漏らしたんだ。だから、マレーシアでパクがすべてを終わらせた。神の杖は、あのときまだ完成していなかったから、漏らされるわけにはいかなかったんだよ。
……フライデイは、神の杖を使って第三次世界大戦を引き起こそうとしている。そうしてその上で、自分たちの開発した兵器を売り、また儲けようと考えているわけ。戦争は金のなる木だから、企業だってよろこんで協力してる。もうやつは止められない。アイツは、すぐにでも神の杖を発射する。ま、本当は姉と一緒にそれを実行したかったらしいけどね。……どう、これで生かしておいてくれる?」
「とりあえずは約束しよう。バーンズ君?」
Mがそういうと、バーンズが小さくうなずいて、ゾーイの体を無理矢理たたき起こした。銃を突きつけられたまま、彼女は立ち上がって歩き出す。
Mはスピーカー越しに重いため息をついていた。
*
洗面台の前に立つ女の姿は、赤く滲んでいた。三面鏡に映る赤い髪の女。頬の切り傷から流れた血は、唇まで到達して顎まで伸びている。まるで腹話術の人形のように一直線の血の痕が。腕にはバイクから投げ出されたときの擦り傷、バイクから投げ出された痕跡。右太股には、七・六二ミリの弾痕。PSS消音拳銃と同じ特殊な消音弾は、チューズデイの太股に大きな穴を穿っていた。これで骨も大動脈も傷つけていたのだから、まったく悪運が強いとしか言いようがない。
――あるいは、私が遺伝的に操作された人造人間だからか?
バカな話だ。
チューズデイは心で一蹴する。スーパーソルジャーなど、現実にあるはずがないのだ。だが、自分は……。
三面鏡に映る赤い女をにらみつけてから、彼女は血を流し始めた。ドレスの裾を裂いて、赤い布切れを作る。それを水に浸してから、タオルのように擦って血を流した。洗面台に張った水は、あっというまに赤く染まっていった。
水面に浮かぶマーブル模様。無色透明な空間に、一筋の赤が混ざり込む。初めその赤はアウトサイダーとして振る舞うが、だんだんと無色を汚していき、最後にはすべてを汚しきった。そこにはもはや、赤しかない。
――血のような赤。燃えさかる赤。自分の髪と同じ色。
三面鏡に映る赤い髪の女。
その正体は、彼女自身にもわからない。あのとき、はじめて、あの病院の鏡で自分を見たときと同じだ。
濡れた手で頬に触れて、それが現実であるかを確認した。……たしかに、自分はここにいる。
いま自分がすべきことは何だ。私はずっと、Mの言われるがままに、CIAの見えない糸に操られ続けるのか。自由であるという意識のままで……。
――考えるだけ無駄か。
そう思って、彼女は踵を返した。化粧室を出て、Mの待つ空間へと。
*
Mが用意した輸送機には、例のごとくウェポンラックを備えた空間があった。開けた室内に、壁一面の銃火器。並べられた各種兵器は、すべてチューズデイの為にMが用意したものだった。
室内には、チューズデイが一人。スピーカー越しのM。チューズデイはいつものスーツに着替えていた。
「装備の選択は君に任せる。……ただ、ここから先の仕事はかなり困難なものになるはずだ」
「その詳細を教えてくれないかしら」
「むろんそうするつもりだ。……いま、この輸送機はアラスカに向けて飛行している」
「アラスカ?」
「そうだ。アンダーソンが吐いた。フライデイは、アラスカにいる。アラスカの兵器の墓場に」
それからMは、アンダーソンから聞き出したことをすべて伝えた。神の杖の存在。フライデイの目的は、それによってアメリカの先制攻撃を演出すること。そして第三次世界大戦の誘発……。
「つまり私の仕事は、そのスクラップヤードに潜入し、フライデイを暗殺。神の杖を停止させる……」
「そうだ。さらにはフライデイの部下であるパク・ユイルもそこにいると考えられる。衝突は避けられないだろう」
「パクも殺せ、と」
「結果的にそうなる」
「ずいぶんと難儀な仕事だこと。スクラップヤードの構造や、歩哨の情報は?」
「スクラップヤード内にあるコントロールルーム自体は、大した広さではない。問題はそこへ続く墓場だ。氷河のなかに、打ち捨てられた戦闘機の残骸が広がっている。ほぼ完全な平地で、死角はないと言っていいだろう。敵の位置は、このあとドローンで確認を急がせる。が、それなりのものは予想される」
「じゃあ、その敵だらけの平地をどう潜入するわけ? 戦車で突っ込むの?」
「そうだ」
「は?」
思わず、妙な声が漏れた。戦車で突っ込むだと?
「フライデイは必ず殺さなければならない。いいかい、ミス・チューズデイ。現在このC‐5Mの機内には、無人戦車リプソーが八台搭載されている。まず、スクラップヤードの南側に君を降下させる。その後、ドローン・タンク隊を東側から展開。陽動作戦を開始する。君はその間にコントロールルームに潜入する。君には、移動用の足としてスノーモービルを用意してある。……作戦の概要は以上だ」
「ずいぶん派手なこと」
「君にしては、ね。さあ、装備を選んでくれ」
言われて、チューズデイは壁面の銃火器に目を移した。
陽動があるなら、隠密潜入がメインとなる。パク・ユイルとの衝突は十二分に考えられるとしても、消音器装備の銃が望ましいところだ。
DARPA特注の特殊作戦用マッスルスーツに、ウェアラブル端末を兼ね備えたタクティカル・サングラス。それからは慣れた装備ですべてを整えた。メインアームとして、折り畳み式ストックのクリス・ヴェクター。サプレッサー、ダットサイトと、|レーザー・エイミング・モジュール《LAM》を装備。サイドアームとして、愛銃であるスターム・ルガーMkⅢ。そしてHK‐45T。チューズデイにとってはいつもの装備だった。そのいつもというのが、彼女の記憶の中のどこに存在するかは、よくわからないところだったのだが。
目的地はアラスカ。ロンドンから十一時間のフライトの後、眼下には氷河が見えてきた。
装備を整えたのち、チューズデイは後部ハッチ来ていた。そこには、計八台のドローン・タンクが配置されていた。黒いパイプで形作られた、骨組みのようなフォルム。完全遠隔機動の戦闘兵器には、人的被害を被る可能性がない。故に、装甲は最小限で抑えられている。また搭載された榴弾は、完全な対人兵器だ。人を殺すためだけの、無人兵器だった。
――自分の背中を預ける相手が、こんなものだなんて。
心の中で毒づきながら、その黒い骨のようなフォルムをにらみつづけた。
「ミス・チューズデイ。そろそろ時間だ。シートベルトは締めたかい?」
見かねたようなタイミングでMの声がスピーカーより響いた。
格納庫内の座席に腰を下ろし、ベルトを締める。直後、機体は大きく下降を始めた。本来、航空機の内部は上空に行くほど寒くなり、地上へ近づくほど気温は上がっていくものだ。しかし、下降を繰り返しても気温はほとんど変わらない。そのことがアラスカの熾烈な環境を物語っていた。
タッチ・アンド・ゴーの要領で機は氷土へと最接近。地面に衝突する済んでのところで、後部ハッチが開き始めた。それに併せてチューズデイは座席を降り、スノーモービルに乗り込んだ。
アクセルを開け、ギアをバックへ。キャタピラが回転運動を始め、チューズデイの体を銀世界へと送り出した。
瞬間、チューズデイは肌の感覚がスッと冷たくなるのを覚えた。氷の感覚。冷め切った氷土の気質。それは、まるでフライデイの言葉のような冷たさを持っていた。
Mはスピーカー越しに「行ってこい、ルビー・チューズデイ!」と言ったように思えた。だが、そのときにはもうチューズデイは、アラスカの氷河に落ちていた。




