09
「さて、結論を先に出してしまえば、今日こうして那由多さんとお話するのは此処にいる譲君……どちらかと言えば特殊警察に貴方の身柄を拘束・逮捕してもらう為です」
張り付けた氷の笑顔で話す。
俗に言う鉄仮面ではなく、冷気の出すぎている氷の仮面だ。今のアレはどうしようもなく怖い。恐ろしい。今までに幾度も人知を越えた異能力者達と対峙してきたが、それなんかよりも一層恐怖を覚えた。
きっとそう感じたのはこの場では僕だけなのだろう。いやむしろ、その経験の下積みがあったからこそ、アレの笑顔に恐怖を感じているのかも知れない。
その証拠に、目の前に座る那由多さんは保真の発言を迷惑そうに、或いは気分を害したように、はたまたその両方なのか、僕のような怖がる素振りは少しもしていない。
「何を根拠に……。大体、私の子供が狙われていると仰ったのは他でもない貴方じゃありませんか」
「はい、最初はそう思ってました」
ーー創作の探偵ものでは定番ですよね、と。
飲み物を啜る姿は優雅に。しかし、相手を威圧することは忘れずに。
正直、探偵としてのアレの姿の中で始めてみるものだ。
「私が一番最初に見た被害者……一僂ちゃんの事件の時に、彼ら警察の持つ資料を無断で読んだことがあるのです。その時の感想は譲君に言ったと思いますが、情報があまりにも薄すぎるというものでした」
言い方は違えど、確かそんなニュアンスの言葉だった気がする。
たしか、
ーー住民票みたいな感じの。ここには必要最低限のことしか書かれていない。まぁ、住所や本人の生活環境などがびっしり書いてあるので、これが、完璧な資料だと、錯覚していたのでしょう。
だったと思う。
僕達の資料を見ただけで此処まで推測してしまっていた。
あの時と同じように、しかし今度はタブレットではなく何枚かの紙を取り出す。枚数は6枚。今までの被害者プラス一人分だ。
「これ、何か解りますよね?」
「……これは、孤児院の子供たちの……」
「はい、プロフィールです。ちょっと調べて印刷してきました」
「なんで今これが必要なんですか。被害者は皆私が付けた名前のせいで標的になってしまったことは解っています」
「そこではないんですよ、6枚目を蔑ろにしないで下さい。この6枚目と他の5枚の共通点こそが重要なんですから」
保真が出した6枚目。
「これは…………刹那君?」
名字が書かれていないが、印刷されている顔写真は間違いなく彼の息子である屏風浦 刹那だった。
那由多さんの息子であるはずの彼が孤児?
「引き取ったんですよね?自分の職場から、彼を」
「じゃあ、刹那君は那由多さんの子供じゃなくて……」
「やっと解りましたか?彼の子供は本来は零気ちゃん一人ですよ」
彌生さんとは似つかないほど元気な幼児。
彼は本当の子供ではなかった。
「た……確かに、刹那は私と彌生の間に産まれた子供では無い!でも、本当の子供の様にっ!」
「確かに、そうかも知れませんね。そうだったと思いますよ、零気ちゃんが産まれる前まではね」
時期的に刹那君が来たのは恐らく零気ちゃんが産まれる前なのだろう。
産まれる前に引き取った孤児。きっと那由多さんは零気ちゃんが産まれるだなんて、無責任にも想像すらしていなかったのだろう。彼自身が予想すらしなかった我が子。自らが養子として引き取った孤児。天秤にかけた時に重かったのは自分の遺伝子を持つ実の子供だったのだろう。
「んん?違いますよ譲君。天秤に乗っていたのはもう一人います。天秤のお皿は三枚なんですよ。ね?那由多さん。自らの子供よりも、引き取って愛するつもりだった孤児よりも、奥さんの方が重かったのですよね?」
だって、あの薬は彌生さんの為の物なんですから。
保真がそう言った瞬間、那由多さんは制止した。目を最大まで開き、口を開いたまま、言い返すこともしないで止まってしまった。
大切な女性を助けるために、自らの子供を手にかける男が、目の前にいる。
「那由多さん……。独身の僕だけど、解ることがあります」
ーー貴方は子供は勿論、妻を作ってはならない男性だ。
さて、と。
唇に運んだカップをテーブルに置くと、アレは手錠を持ち、那由多さんにかける。
いつの間に僕の元からスッたんだ……。
「後は、貴方達警察の仕事ですよ。よろしくお願いしますね」
こうして、連続殺人事件フォアグラ、改めレバーは幕を下ろしたのだ。