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闇医者探偵  作者: 桜田櫻華
ファイルNo.1《フォアグラ》
7/12

07

 右隣には何故か肌が艶々としているように見える笑顔の袴。

 左隣には……誰もおらず、後ろにはシャチホコの様に()け反って、顔面から扉に突っ込んでいる保真。僕の起こし方のせいで、犠牲者が出てしまった。アレのことは大嫌いだが、今回だけは同情しよう。


 事はついて数分前に遡る。

 今回で2度目となる屏風浦びょうぶうら家への訪問。玄関から僕達を迎え入れてくれたのは、あの病弱な肌の白いそれではなく、輝かしいまでの白い髪


「お早い到着ですね。ゆずる君、袴さん」


 保真ほうまだった。

 アレの姿を確認すると共に、袴は僕を投げ飛ばしたときと大差無いスピードで僕の横をすり抜けると、アレの襟首を掴み上げる。


「どうして此処にいるんですの?」

「んんん?袴さん、何故か怒ってませんか?」

「いいから答えろ、なんで保真が此処にいるんだ」


 アレから手を放すように言うと、思っていたよりあっさりと言うことを聞いた。

 ただ、本当にパッという効果音が付きそうなほどあっさりと放したせいで、アレは立つことが出来ずに尻から落ちる。……と言うか、そんなに高く人間を持ち上げることが出来るなんて、僕の相方は末恐ろしい奴だ。


「いたた……。まったく、酷い扱い用ですね。流石の私も寂しいです。……まぁ、立ち話もなんですし、早く入りませんか?私の家ではありませんけど」

「あぁ、早く入りたいから退いてくれ」


ーー相変わらずですね、譲君。そんな貴方が私は好きですよ。


 そしてリビングに通されると、テーブルの上には彌生やよいさんが用意してくれたコーヒーが4人分。

 コーヒー…………?

 あ、ヤバイ。


「えっと、袴……?」

「あれ?袴さん、飲まないんですか?なら、私が貰いますね」

「おい、保真やめと……」


 やめとけ、と言う前に袴が動いてしまい、冒頭へと繋がる。

 流石のアレも、袴の投げ技には言葉も出ないらしい。彼女の投げ技はきちんとした物ではなく、ただ力任せに、本当に投げ飛ばすだけの物のため受ける側が細心の注意を払わないと大怪我をする。

 彼女を起こすのに奥の手を使ってしまった為に、アレが餌食となってしまった。


「お……おい、袴……」

「さて、彌生やよいさん?私たちに聞きたい事とはなんでしょうか?」


 あくまでも、無かったことにするらしい。

 苦笑する彌生さんに、笑顔で対応する。まだアレは起きる気配がない。


「はい……あの、不躾で申し訳なのですが……何故…………何故異能力者の子供達はこんなにも……捨てられて……しまうのでしょうか……」

「あ…………」


 袴の表情が固まる。

 仕方がない。彌生さんに伝えて無いが、彼女も異能力者なのだ。何故と問われれば、反応に困るのだろう。自分達のことをどう言えばいいのか、返答に困るのだろう。

 冷や汗がつたい、小刻みに唇が上下する。何か言おうと必死になっている。


「彌生さん……それはですわね……」

「あーーーっ!そうでしたそうでした!私が此処に来たのは、彌生さんに聞きたいことがあったからでした!いやぁ、顔面を思い切りぶつけたお陰で思い出しましたよ。これが、所謂ショック療法と言うやつですね。参考にしましょう」


 アレが正気に戻ったらしい。

 座っている僕の背後に立ち、両肘を僕の頭に立てて、その上に自分の顔をのせる。余計な肉のついていないアレの肘は、脳天に容赦なく突き刺さる。思い出した事が余程嬉しいのか、左右に揺れるため、えぐられているようで更に痛い。

 暫くそうした後、片手をあたまから下ろして何やらしている。布擦れの音からして、衣服から何かを探しているのだろう。


「あったあった、ありましたよ!これについて、お話が聞きたくて来たのです」


 テーブルに出されたのは1つの真っ黒な紙袋。掌サイズのそれは、誰もが見たことのある形をしている。


「これ……薬じゃないのか?」

「はい、先ほどゆずる君達が来る前に、勝手ながらこの家を家探しさせて貰いました。いやはや、探偵の性でしょうね」

「それは…………」


 ただの泥棒だろ……。

 病院などで貰う薬が入っている様な袋。違いがあるとすれば、袋の色が黒いこと、薬の名前や効果、飲む時間などが表記されていないことだ。

 置いた袋を手に取り、逆さまにすると何やら漢方の様な物が出てくる。妙に色の濁った物だった。


「それは……私の、いえ、今では私とこの子、零気れいきの薬です。主人が……いつも買ってきてくれる……」

「病院名が表記されていませんが、どちらで買い求めたものなのですか?」

「さぁ………無責任なのは承知ですが、自分の使っている物なのですが、分からないのです」

「分からないって……」


 それは、駄目だろ。

 自分だけならまだしも、子供も使っている物だろ?

 主人が、那由多さんが買ってきた物だから安心して飲めると、彌生さんは言っていたが、正直な感想を言うと気持ち悪かった。彌生さんがではなく、得体の知れない薬とそんなものを自分の妻に飲ませる那由多さんが、だ。

 不快そうな顔をしていたのは僕だけでなく、袴もだった。どちらかと言えば忌々しそうな顔つきでテーブルに散らばった薬を見つめる。よくよく見れば、それは黒ではなく、限りなく黒に近づけた赤だった。恐らく、一般の人では解らないほどの色合いだ。


ーーなら、何故僕は解った?

ーーこの色は、とても身近に見ている気がする……?


 見れば見るほど赤にしか見えないそれ。


「譲さん……譲さん……」

「何だよ袴」

「来たばかりで申し訳なのですが、もう帰っても宜しいでしょうか?……あまりにも、体調がよろしく無くて……」


 実を言いますと、朝食も昼食も取ってないのですと言った彼女は、今までに見たことがないほど顔を真っ青にしている。すぐに手で覆ってしまったため、一瞬しか見えなかった唇は赤みを無くし、眉間に皺がよっている。相当参っているようだ。


「わかった。今日のところはもう帰れ。このまま仕事をしても、悪くなる一方だからな。しっかり休めよ」


 本当に申し訳ない表情を浮かべる袴。その瞳には、うっすらと波だが浮かんでいる。


「おいおい、何も泣くことじゃ無いだろ。誰もお前を責めてなんて無いんだ」

「っ。……すいません。失礼しますわ」


 その場から逃げるように帰ってしまった袴。


「泣くようなことなんですよ。袴さんにとっては」

「……保真ほうま、お前、何か知っているのか?いやむしろ、何を知っている?」

「いやですね、譲君。私はただ、仕事を途中で抜けてしまうことが彼女にとって泣くようなことなんだと思っただけですよ」


 白々しい。

 白々し過ぎて、僕が吐きそうだ。


 何かアレに言ってやろうと思ったが、彌生さんの軽く咳き込む音で今するべきことを思い出した。一応彼女の人柄と名誉の為に言っておくが、何もわざと咳き込んだ訳ではなく、本当に自然と出てしまった物だ。

  彼女の方向へ身体を向け直し、話を再開する。


「では、改めまして。分からないとは一体……」

「この薬を買いに行くのは、常に主人一人でしたから……。私も……1度ついて行こうと思ったのですが……『身体に何かあったらどうするんだ』と、……止められてしまって……」

「へぇ、……では、成分等はご存知ですか?」

「せ……成分……ですか?」


 空になったと思われる薬袋に手を突っ込む。

 当たり前だが、そこには何も無い。


「あれ?まさか、まさかですけど、この薬の成分も知らずに飲んでいたのですか?」

「……は…………い…………」

「ダメですよ、例え旦那(那由多)さんが買ってきた薬だからと言って、どんな成分が含まれているかも分からない薬を飲んだりしたら。アレルギー物質でも入っていたら、どうするのですか」

「……すいません、この薬、一応こちらで調べても?」

「どうぞ……」


 結局、彌生さんの体調が悪化してしまったため、僕と保真の二人がかりで心身へ運び、今日のところは御暇おいとますることになった。

 彼女への質問に答えることは出来なかったが、こちらとしては収穫はあった。


 ここで僕は大きな間違いに気が付かなかった。

 仕事場に帰ると、てっきり自宅に戻ったと思っていた袴がそこにいた。どうやら、彼女の『帰る』と言うのは、此処に戻ってくる事だったらしい。


「袴、ここにいて大丈夫なのか?自宅で休んでも良いんだぞ?」

「いえ……ここにいさせで下さい。……一人で家にいるのは……逆に気が参ってしまいますわ」

「そ……そうか……。なら、本当にすまないが、この薬……彌生やよいさんの使っている物なんだけど、成分の解析頼んでもいいか?」


 薬と毒は紙一重。毒は分量を正しく使えば薬になるし、薬も使いすぎれば人を死に至らしめる毒になる。薬と見ず、毒と言うことならば、袴の分野だ。

 持ち帰った赤黒い錠剤を袋からだし、彼女へと差し出す。


「……譲さん、申し訳ありませんが、それは無理ですわ」

「は……?だってこれ、薬だろ?お前の異能力が発揮されるところじゃないか」


 複雑そうな、なんとも言いにくそうな顔をしている袴。


「だって、これ……これ…………」


ーー薬の成分だなんて、少しも入ってませんもの。


「は……?だって、薬だろ?薬なんだろ?……あ、漢方みたいに、植物から出来ているから……」

「それなら私にも解りますわ。植物の中にも、鳥兜とりかぶとなどの様に毒を持つ物もありますもの」

「なら……なんで…………」


 薬でも、天然由来の漢方でもないそれは、もうこの目にはおぞましい物としか写らない。掌にのせていることにすら、嫌悪を感じる。

 恐ろしいまでの赤黒さ。

 どこかで見たような。

 頻繁に見ている様な。

 ………………………………………そうだ、この赤さ加減は


「血の赤さ……」


 そりゃ頻繁に見ている気がする訳だ。

 だって僕達はいつも見ているのだから。仕事で常に見ているのだから。

 動物に毒素があるとすれば、アンモニアくらいしか僕は思い付かない。

 なら、何故袴が気がついた?


「おい、袴。お前の考えを聞かせてくれ。これは何だと思う?」


 問い詰める様な口調になってしまったが、仕方がない。僕は真面目に聞いているだけではない。もし、何か知っていたのなら……気がついたのなら……。

 僕がどんな表情をしているかは僕自身には分からないが、普段強気な彼女が蛇に睨まれた蛙の如く固まって、縮こまる程、恐ろしい顔つきになっていたのだろう。

 今にも泣き出しそうな声で、か細く答える。


「な……何かの動物・・では…………ありませんの…………?化学合成物質でも……植物でも無いのでしたら…………………」

「っーーーーーー!!!」


ーー今までの被害者

ーー欠落した部位

ーー彌生さん・零気ちゃんの容態

ーー得体の知れない薬の成分

ーー血の赤


 最悪の結果が頭に浮かぶ。思い過ごしであって欲しい。


「ゆっ……譲さん?!」

「袴は彌生さんの所へ行けっ!僕は保真の所に行く!」

「えっ?どうしてアレの所へ行くのですかっ?!」

「確かめなきゃいけない事があるんだよ!アレならもう知ってる……解ってるはずだっ!!」


 上着も手帳も、携帯さえも持たずに出掛けようとする僕の興奮を沈めたのは、袴の制止させる呼び止めではない。

 あの、両腕を拘束している少女、狂菜くなだった。

 片足で器用にドアノブを回し、蹴り開ける少女。危うくその蹴りに巻き込まれるところだった。

 彼女の傍らに、相方の焼打しょうだいはいない。完全に単独行動だ。


「く、狂菜?」

「先輩。相方からの、正しく言えば、探偵から相方に、相方から先輩への言伝てです。今すぐに、屏風浦びょうぶうら家に来て欲しいとのことです。なんでも、家から見えない所に隠れながら来て欲しいと」


 先輩の相方さんは別行動してもらって構わない、と、さりげなく僕の単独での行動を強要してきた。

 探偵と言えば、不吉なアレしかいない。


「解った、すぐに行くよ」


 彼女の頭を少し手荒に撫でると、良く手入れされた髪の感触が伝う。

 持つべきものを持ち直し、僕はアレの所へと足を運ぶ……

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