04
知らないと言うことを知っていることは、無知の知と言うらしい。ならば、アレのように知らないことを解ってしまうことはなんと言うのだろうか。
最後の犯行現場から徒歩30分と少ししたところに、その幼児達はいた。
―屏風浦 刹那
―屏風浦 零気
刹那の方は名前に似合わず男の子だった。何でも産まれる前、医者の診断ではほぼ100%確率で女の子だと出たらしいが実際は男の子だったということ。独身の身である僕にはよく解らないが、名前を付ける際、画数やら何やらでその子に少しでも幸福を呼び寄せようとする謂わばお呪いのような事をしていたらしく、変えるに変えられなかったそうだ。
天真爛漫・唯我独尊
育ち盛りの男の子にしては少し元気が良すぎる。だからと言って失礼なガキ大将ではない。
「こんにちは!おっさん、おばさん!」
今時の子供にしてはきちんと挨拶の出来る子だった。
鼻に絆創膏の貼られた顔を笑顔で歪める。
だが、零気の方は別だ。
まだ生まれて間もない赤子同然の彼女だが、その顔色は一目で解るほど青白く不健康そうだ。僕達がやって来た時もグズる事無く、かといって眠る訳でもなく、置物の様にじっとしていた。
「はい、初めまして。私は自称探偵の保真です」
「僕は特殊警察の伊能 譲」
「同じく、特殊警察の袴 麻季でございます」
僕と袴は警察手帳を、アレは自身が作った名刺をそれぞれ差し出す。
目の前には夫婦が一組、ソファーに座っている。
「えっと、私は屏風浦 那由多です」
「妻の…っ彌生……です……」
零気は彌生さん似らしい。妙にやつれて、弱々しく微笑んでいる。
「んー……那由多さんは私とキャラが被りますね。ちょっと性格変えてくれませんか?」
「おい保真。なに言ってるんだ。ふざけるなら帰れ」
「いえいえ、大切な事です。似ているキャラの性で町中で私と那由多さんを間違える人がでたら大変じゃ無いですか」
「いや、お前と間違われるやつなんて、そうそういない」
「はぁ……」
納得していない様子のアレは放置して、本題に入る。
「まず、僕達、特殊警察がここに来た理由から説明します。最近巷で騒がれている連続殺人事件はご存知ですよね」
「えぇ、まぁ」
「それが……どうか……しましたか…………?…………っ」
「彌生さん、ご気分が優れないのでしたら、退出していただいても構いませんのよ」
青紫色の唇を常に押さえ、話すことも一苦労な彌生さんを気遣い、袴は彼女に退出を進める。申し訳なさそうに表情を歪め、那由多さんにも席を外すように言われた彼女は、パートナーに連れられ抱いている零気と共に出ていった。
「では、続けます」
「それより、ご主人……那由多君でしたっけ?君の職業は何ですか?」
「保真、勝手に話すな。公務執行妨害でほっ放りだすぞ」
「これはこれは失礼しました。質問コーナーは本題の後でしたね」
「っ……クソガ………」
僕の仕事を遮るだけでなく、初対面の人に名前呼び+君付けしやがった。
お陰で多少だが、僕の性格が出てしまった。危ない。
「すいません。気にしないで下さい。では、気を取り直して続けますね。
その事件の事についてなのですが、多くの幼児が犠牲となっています。そこで、彼・彼女達の事を調べたのですが、全員が幼児であること、そして全員が異能力者として登録されている事、最後にこれはある意味ではこじつけ、または偶然かもしれませんが……」
「全員が名前に数字を持っている……ですよね。刑事さん」
思わず目を見開いた。
この男、那由多さんは気がついていた。気がつくだけならまだしも、それが僕達が此処には来た理由だと予測、もしくは覚っていた。
僕達警察が来たことに驚いているのか、怯えた様な表情で必至に唇を動かす男。一家の大黒柱としては、やや頼り無さげな人物と見た。
「はい、そうです。よく気がつきましたね。気がつくだけならまだしも、それが僕達が来た理由の一つだと……。あ、刑事呼びは止めてください。あくまでも、僕達は特殊警察です。刑事とは、また別の者なので。今の事は本物の刑事さんに言わない方が良いですよ。僕達と同類にされることを極端に嫌がる連中なんで。気軽に譲と呼んでもらって構いません」
「そうなんですか……いえ、数字の事は嫌でも気がつくんですよ」
「ご自分で名付けた者だからですか?」
ギョッと
この台詞には僕も、那由多さんも目を見開いた。
当の本人、保真は変わらない人当たりの良さそうな柔らかい笑みを浮かべて続ける。
「貴方の名前、那由多も確か数字でしたよね。私が学生だった頃は教科書の裏に良く大きな数字として、載っていました。とても……それこそ、10の何10乗と言うような数字だった筈です」
「お前は……知っていたのか……?」
「いえ?あくまでも、予想です。歴史上の人物の名前にもありませんでしたか??自分の名前から一文字取って子供に付ける人。あれと同じ要領ですよ。いくらこの都市に子供が沢山居たとしても、そうそう都合良く数字の入った名前をもつ子供はいませんよ。それが、同じ人物によって付けられた物なら話は別ですが」
「……そうなんですか?」
「はい……。私はあの子達の名付け親ですよ。正しく言えば、仮の育ての親でもあります。先程の探偵さん質問の答えにも繋がるのですが、私の職業は孤児院の職員です。ここ数年で、捨てられる異能力者の子供の数は減りました。……減ったと言いましても何せ異能力登録制度が導入されてからなので本当に最近の事です。それと同時に子供達を引き取りたいと言う家庭も出てきました」
「それで……」
それでこの都市には数字の入った名前を持つ子供が多いのか。
我が子の様に愛情を込めて育ててきたと、涙ながらに訴える那由多さん。話終える頃には、顔も目も真っ赤にして大声をあげて泣いていた。
「今回の事件では、貴方の付けた数字の入った名前を持つ幼児たちがターゲットにされています」
「おい保真、その言いかだとっ」
貴方の付けた名前
那由多さんが付けてしまったために、狙われるとでも言うように話す。言葉を選んでいない訳ではない。あえてその言葉を選ぶことで、彼に責任を迫っているのだ。
(……責任?)
「間違いでは無いじゃないですか。で、そのターゲットに、貴方の愛娘である零気ちゃんが入っているのですよ」
「零気が……っ!」
「ここまで言えば、譲君達が来た意味が解りますよね?」
決まった。
とでも言うように、アレは顔を歪に歪めて笑う。