裏舞台~医者の書記~
●事件の二日前
あちらの地域への出入りを完全に禁止されてしまった。まさか、彼女にそんな事が出来るとは思わなかった。ただの学生だと甘く見すぎていたことは、今回の僕の教訓にしよう。いやただの学生ではなかったな。バグ・シック患者……あぁ、此処では異能力者と言っていたな。郷に入っては郷に従え。明日からはそう呼ぶことになるのだろうな。
彼女に殺されかける覚悟はあったが、追い出される覚悟が無かったということか。政府からはマークされていないことが、唯一の救いだな。次、あちらへ行くときは、バレないようにコッソリと行動することにしよう。
新たな地域での初めての客を見つけた。
名前を那由多と言うらしい。
那由多と言えば、十の二十七乗の数じゃないか。この名を付けた親は恐らく『鶴』や『亀』と同じような意味合いで付けたと思うが、いったい何時まで生きて欲しいんだ。そんなに生きても、人生が退屈になるだけなのにな。
さて、彼には身体が弱い奥さんがいるらしい。病気でも無い、本当に原因不明な身体の弱さだそうだ。様々な病院で薬をもらうが、全て身体に合わない……。いやそれ、薬の成分がダメなんじゃないのか?まぁ、僕に客が入るならどうでもいいが。
僕が薬を作ってやる、勿論条件付きで、と。
初めは神にでも会ったような表情をしていたのに、条件を出した途端、人でなし呼ばわりをされた。……間違ってはないがな。
だけど、あの男は絶対に僕の元にやって来るさ。
《火種をまいた日》
●事件当日
医療器具の手入れと整備をしていると、玄関が開く音がした、と。可愛いペットがが僕を呼びに来た。見ると、そこには三人の人間。
一人はすぐに解った。二日前のあの男、那由多だ。
もう二人は幼い子供。二人とも同じ顔立ちをした幼児だった。血の気が無い表情から、この子達は既に死んでいると解る。
ーー肝臓があれば……いいんですよね
この『いいんですよね』には、疑問符は付かない。やれやれ、随分と慌てん坊なお客さんだ。
勿論、引き受けた。ただ、肝臓以外は返してくるように言うことを忘れなかった。
《火種が芽吹いた日》
●事件最後の日
いや、まさかこうなるとは思わなかった。必要以上に薬の報酬が手に入ってしまった。正直、こんなに必要ない。
溺れるものは藁にもすがると言うが、どうやら僕はあの男にとって、いつ沈むか解らない藁ではなく、救命ボートだったようだ。深入りしすぎた。
そろそろ刈り取る時期だな。他の火種も世話しないといけないしな。いや、刈り取ると言うより、間引きだな。
《火種を間引く日》