01
特殊警察である僕は幾度となく異能力者による事件に関わってきたが、その事件の内、アレに関わらなかったことは少ない。と言うか、関わらなかった方が珍しいと言っても過言ではない。
アレは事件の影のように現場に現れ、歩けばその軌跡には死神の如く死人が積もる。
おおよそ人間それとは思えないアレの予感は必ず的中する。こちらがどれだけ対策を施しても、アレの言葉は現実になる。
「えぇ?むしろ私が能力者じゃないかって?いやいやいや、それはないよ。確かに、私の予感は……と言うか虫の知らせはバカみたいに当たるけど、それはあくまでも予想であって事実ではない。私だって人間だから間違えることもあるし、外れることもある。たまたま君が、君たちがその現場に居合わせていないだけで、私は完璧な人間じゃないんだよ」
ーー完璧な人間じゃない
そのフレーズがアレの、保真の口癖だった。
名字も、住所も不明。そもそも、この都市に住んでいるのかも解らないし、その外見から本当は他所からの密航者なのかもしれない。言い出したらキリがないほど謎に包まれたアレは、常に黒色のかなり薄めのコートに身を包み、長すぎる黒のマフラー(両端に大きめの白の逆さ十字が縫い付けられている、一目で高価なものだと解る代物だ)を一巻きにしたスタイルで現れる。故意に脱色しているのか、遺伝なのか、服装とは異なる雪のように白い髪は、男の僕でも羨むようなキューティクルさだ。その上にはこれまた黒のキャップ。明らかに喪服とは別のスタイルなのに、初めてあった時、僕を含めた同僚の間では葬儀屋ではないかと言われていた。
死神の様な葬儀屋。
いっそ、葬儀屋ならアレの行く後ろに死人が積み上がっても納得はいった。道理にかなった納得は出来た。だが、実際は葬儀屋よりも更に厄介な奴だった。
「私が行く後ろに死人が積み上がる?そりゃ、そうでしょう。何て言ったって私は探偵。古来より、探偵の行く先は例えどんなに平和な所であっても事件が起こる。むしろ、探偵が事件を呼んでいるのではなく、事件が探偵を呼んでいる。そして、事件に呼ばれる人間だからこそ、探偵になるのです。所謂、選ばれた人間ですよ、私は」
ーー大体、葬儀屋なら前に積み上がるでしょう?
最近では、事件と言うよりあなた方に呼ばれている気がします。と、皮肉を口にしたアレを割と本気でどついたことは、記憶に新しい。
選ばれた人間
いくら特別だと言っても、そんなものに選ばれたくなんて無い。むしろ選ばれなくて良かった。僕は、幸福者だ。
なんにしろ、アレは事件に呼ばれて僕達の元にやって来る。そして、殆ど手遅れに近い状態になってから解決していくのだ。
この場合の手遅れは、僕達特殊警察の手に負えない、事件が時効に成ったと同じ扱いになる場合だ。僕達は人間、相手は能力者。アレがやって来る前は、多くの事件がお蔵入りとなっていた。遺族へのアフターケアをするだけが特定警察の仕事となり、その度に世間から役立たず扱いを受ていたが、甘んじて受け止めた。受け止めざる負えなかった。
能力がない代わりに普通の生活が送れる人間
特殊な能力がある代わりに存在を徹底的に監理される人間
どちらの方が生きやすいかなんて、僕には解らない。人によって考えはそれぞれだろう。
ただ、そういう存在に僕は少なからず憧れている。幼い子供が正義の味方に憧れを抱くように、町を破壊しまくる怪獣に格好良さを抱くように、周りとは違う何かを持つ人間に憧れている。それこそ、アレの言い方を借りると選ばれた人間だ。良いも悪いもなく、リスクも考えずに憧れるだけ。成りたいとは思わない。ましてや、変わって欲しいだなんて微塵も思っていない。
外野で見ているだけで、いい。
そんな理由だけで、この職に就いた。だから、世間からなんと言われようが幸せだった。
世界は異能力者と非異能力者とで溢れ反っているし、職場はお蔵入りになった事件で溢れ反っている。他にもクレームや始末書が山のようにあるがそれはそれ。山は崩して後輩に押し付ければいい(という、僕の先輩の受け売り)。
異能力者のリストやプロフィールも厳重に監理しなくてはならない。
そんな多忙な僕の元に救世主の如く現れたのが保真。アレのお陰で多くの仕事が片付いた。とても有難い事のはずなのに、僕達はアレを好きにはなれない。礼や感謝を伝えるが、正直な所、アレの存在は違和感でしかない。タイミングが良すぎるのだ。
物語の正義の味方同様、手遅れになる一歩手前でしかやってこない。必殺技も出し惜しむ。リアルの人間がそんな事をしてなんの得になる。
まるで、わざとらしく感謝されに来ているような、そんな様にこの目には写るのだ。
絶望的なタイミングでその手を差し伸べ、絶妙なタイミングでトドメを刺す。一度だけ、アレにありったけの皮肉を込めて「何故正義の味方は最後の最後まで必殺技を出さないのだろう」と聞いたことがある。その時、アレは飄々とした態度で僕に答えた。
「全く、勤務時間中に何かと思えば。出勤前にテレビアニメでもみたんですか?確か今日は日曜日でしたもんね。何はともあれ、えっと、『何故正義の味方はすぐに必殺技を出さないか?』でしたっけ?そりゃ勿論、制作者側の尺稼ぎなんじゃないですか?大抵のアニメ番組は1つの話に約30分の尺が与えられていますからね。戦闘メインの物語で、いきなり必殺技ぶちかまして平和が訪れましたー。なんて回になったら視聴率駄々下がりでしょうに。派手な戦闘シーンもきらびやかな変身シーンもある程度の時間稼ぎになるでしょうしね。あぁ、別に全国で放送されている戦闘・変身アニメを蔑ろにしているわけではないんです。むしろ、そう言うアニメ大好きです。現にこの私も朝に二本立てで見てきましたからね」
ーーそれに、そう言う話しも全く無いわけでは無いですよ。あくまで、今話した事は私の予想です。
結局、僕のアレに当てた皮肉は1ビットも伝わることもなく知りたくもない番組事情を聞かせられるだけに終った。
驚くほど皮肉屋で、自分に向けられたそれには鈍感。容姿端麗、八方美人。そして、遅れてやってくる僕達のアンチヒーロー。
それがアレ、保真だ。