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3分クッキング!こころのレシピ♪ 『みいちゃんの願いごと』

作者: 角本尚彦

3分であなたの心をクッキング!

心のパテシエ♪角本尚彦があなたに贈る、

聖書をベースにした、極上スイーツ・短編ノベルです。









【聖書 イザヤ書43章4節】

「わたしの目には、

あなたは高価で尊い。

わたしはあなたを愛している。」







心のスイーツ・レシピ 3


『みいちゃんの願いごと』


「ママ、見て。あの子、はだし裸足だよ」

今年、小学校に入学したばかりのちさき千咲が、ずいぶん大人びた口調でボソリと言った。正面がガラス張りのエレベーターから一望に見渡せるショッピングモールの吹き抜けホール。倉田陽子は、娘の千咲が見ている方向をのぞき込んでみた。満員で各駅停車のエレベーターが二階にさしかかった時、ホール中央のクリスマスツリーのてっぺんに金色に輝く、千咲の背丈ぐらいの大きな星が、スウーっと目の前をさえぎった。陽子は千咲の目線までしゃがんでさらに覗き込んで見た。本当だ。千咲の言う通り、同年代らしき小さな女の子が、大勢の買い物客にまぎれて、歩いていた。外は雪がちらついているほど寒いのに、ジャンパーも着ないで、ひとり雑踏の中を素足で歩いている。

「まあ、何で裸足なのかしら」

周りを見渡しても、保護者らしき人は見当たらない。

「迷子かしらねえ」

クリスマス商戦で、どのお店の活気もピークに達していた。一階に到着して扉が開くやいなや、われ先にエレベーターを出ようとする他の人々を押し分けて、裸足の少女のいた方向に二人で小走りに向かった。その騒然とした人ごみで、一度はぐれたら、二度と会えないぞ、と少し心配になった陽子は、千咲のもみじのような手をギュッと握った。

クリスマスツリーをじっと眺めている、裸足の少女がそこにはいた。陽子は、そっと近づき、しゃがみ込んで、明るく声をかけてみた。少女は鼻水をすすりながら袖でぬぐった。鼻と口の間が真っ赤にただれていて、痛々しい。しかし、それ以上に泥で真っ黒に汚れ、赤く腫れている彼女の素足を見て、思わず陽子はブルっと震えた。


その少女に名前を尋ねると、「みいちゃん」と名乗った。

「お父さんとお母さんはどこ?」

みいちゃんは、うつむいて弱々しく震える声で答えた。

「みいちゃんねぇ、お父さんのところに、もう帰れないの」

陽子は、少女の肩にやさしく手をかけて、周囲を見回してみた。

「大丈夫よ。一緒にお父さん探しましょうね」

すると、女の子は両手のこぶしをギュッと握りしめ、陽子の手を振り払ったかと思うと急に走り出した。ちいちゃな足音がペタペタッと遠ざかっていく。

「あ、ちょっと待って……」

追いかけようとした陽子の、両手に抱えていた買い物袋の一方が、すれ違う通行人の一人にぶつかった。

「あ、すいません……」

再び目を上げると、もうそこに少女の姿はない。忙しく往来する人と人との間をしばらく捜すが、目で追っていたら、船酔いのような目まいがしてくる。その日は、どこも行列で目的の店にもなかなかたどり着けず、予定の買い物を済ませる前に、既に疲れ果ててしまった。陽子は、深く大きなため息をつきながら、あの少女がなぜ裸足だったのか、その理由をあれこれ考えていた。



「ヤッター! わたし、これが欲しかったの!」

千咲は、目当ての真っ赤なブーツを見つけ、目を輝かせた。

そのニュージーランド製のムートン・ブーツには、白い雪の結晶をデザインしたししゅう刺繍が施されてた。それは、陽子が今まで履いたことのあるどのブーツよりも高価だった。

「もっと、普段でも履ける靴にしたら。あの花柄のピンクとか、どう……?」

店内に大音量で流れるクリスマスソングが、陽子の声を空しくかき消した。 千咲は聞こえなかったのか、聞こえないふりをしたのか、新品のブーツを試着したまま、レジの方に向かって小走りに走っていった。

一人っ子の娘を甘やかせ過ぎだと、田舎の母によく小言を言われたが、そのとおりだと思った。欲しいものを何でも与えることは娘のために良くないと知りつつ、貧しくていつもボロボロの靴を履いていた自分の小さい頃を思い出すたびに、娘にだけは同じ思いは絶対にさせたくない、と思ってしまうのだ。女手独りで、懸命に育ててくれた母も今はもういない。苦労をかけたなあ、としみじみ思う。小学生だった頃、小銭をかき集めて母が買ってくれたスニーカーを、陽子は大切に履いた。サイズが小さくなっても我慢して、足の指先を折り曲げながら履いていた時のことを思い出し、歯を噛み締めた。窮屈なスニーカーのせいで、内側にひん曲がってしまった両足の親指の、いびつな形をした哀れな爪のことを思いながら、 千咲が脱ぎ捨てた使い古しのスニーカーを拾い上げて、陽子はレジへと向かった。


すっかりと日が沈んでしまった札幌の街に、色とりどりのイルミネーションがさらに輝きを増す。路面電車に飛び乗った陽子と千咲は、最後尾の窓から何度も振り返った。おとぎの国は、次第に暗闇に包まれて、小さく遠ざかっていく。毎年必ずやって来るクリスマス。まるでキャラメルのおまけのように一緒に祝われてきた十二月二十五日の自分の誕生日が、陽子は幼い頃から嫌いだった。しかし、それも今年で四十回目ともなると、だんだんどうでもよくなってくる。

陽子は窓を開けて、外の冷たい風に顔をあてながら、さっきの裸足の〈みいちゃん〉のことを考えた。深呼吸をすると、鼻のてっぺんが赤くなり、ため息まじりに吐いた息は白くなった。





クリスマス・イブの朝、カーテンを開けると、いつかカナダのウィスラーで見た銀世界のようだった。裸足のみいちゃんのことがどうしても気になった陽子は、大通公園近くの職場に向かう途中で、昨日のモールの正面にある交番に立ち寄ってみた。特集記事の取材だと告げ、迷子の少女に関する通報がなかったかどうかを尋ねると、まもなく退職を控えているお巡りさんが、ここ数ヶ月の間にみいちゃんが何度か保護されたことがあると教えてくれた。


「あの父親は期間工ですねえ。ええ、この近所に住んでるもんですから、相談員と一緒に何度か訪問したので知ってますよ。数ヶ月おきに仕事が満期になると失業保険をもらってギャンブルに明け暮れるんですわ。この辺のパチンコ店でもしょっちゅう見かけますよ。まあ、お金もあんまり家に入れなかったみたいでねえ、かわいそうに、パートで生活を支えていた奥さんは、おそらく過労でしょう、娘を出産して間もなく入院したそうですよ。それで、まだみいちゃんが一歳半のときに死んでしまったそうでねえ。それから、六歳になるまであの子は乳児院と養護施設で育ったようです。あの酔っ払いの父親はどうしようもならんですねえ。年に一度面会に来るか来ないかだったらしいし……」

大型トラックが雪の上に残した深いわだち轍の跡に、左右へハンドルを取られながら、陽子は重いアクセルを踏んで、ゆっくりと車を走らせた。



古い住宅が密集する地域で車を降りて、お巡りさんから聞いたみいちゃんの住んでいるアパートとおぼしき、古びた二階建ての建物の階段を上った。その途中に踊り場の暗がりに、裸足の少女がいた。

「みいちゃん……!」

その場にしゃがみ込み、ぶるぶると震えていた少女の頬を触ると、熱かった。

「まあ、大変! 熱があるじゃないの」

陽子は慌てて彼女の手を引いて、アパートの二〇一号室に連れて行った。ドアを開けると、畳の上で足が立たないほど泥酔した、少女の父親がいた。部屋に充満していた酒と煙草の匂いにむせて陽子は咳き込んだ。

部屋の中は暖房もついておらず、温かい食べ物もある様子でもなかった。こんな環境で生活していたのかと、 同年代である千咲の生活環境とのギャップに陽子は絶句した。

「誰だあ、おめえは? 道子! なあんで手ぶらで戻ってきやがったんだ! 酒はどうした? 反抗ばっかりしやがって! またぶんなぐられてえのか! 父親のいうことを聞けんやつは、うちの子じゃないぞ! 出て行け!」

いきなり飛んできた茶筒が、陽子の足に当たった。

悪態をつく父親におびえて、みいちゃんは陽子の足に抱きついてきた。

〈こんなひど酷い所に、この子を置いておけないわ!〉

怒りに震えた陽子は、自分のダウンジャケットを脱いでみいちゃんに掛けながら、足元に転がっていた茶筒を思いっきり蹴り返した。

「ぎゃあ!」

父親のおでこに命中し、ほうじ茶の茶葉が6畳のたたみ一面に飛び散った。陽子は、小さい頃に友達に誘われて通っていた日曜学校で、いつか聞いたことのある聖書の物語を思い出した。羊飼いの少年ダビデが投げた小石が、悪しき巨人ゴリアテの額の真ん中に命中し、一撃で打ち倒したという、あの物語だ。陽子は、靴箱にみいちゃんのものらしき小さな靴を見つけて拾い上げ、一緒にその場を立ち去った。

階段の踊り場で、陽子はみいちゃんにさっきの靴を履かせようとした。しかし、何度試しても、サイズが小さすぎて入らない。

「新しい靴も買ってもらえなかったのね……」

みいちゃんが、なぜいつも裸足なのか、その理由がわかった陽子は、白のニット帽を力任せに脱いだ。まるで、幼い頃の自分が目の前に現れたようで、涙が溢れてきた。タイムスリップしたかのような不思議な感覚に襲われながら、熱で憔悴しきったみいちゃんを抱きかかえて、陽子は病院へと急いだ。






クリスマスの夜。陽子と千咲が窓の外を覗くと、降り続けた雪が、玄関の足跡も、道路の自動車の通った跡も、すっかり覆い消してしまっていた。夫の慶介が、お客さんを車で連れて戻ってくる予定の時間をとっくに過ぎているが、まだ現れない。

陽子が学生時代に、一年間だけカナダへ語学留学をしたときの、ホームステイ先のベントレイご夫婦が、時計台ギャラリーでの写真展の仕事で来日していた。今回、通訳兼取材で一緒に仕事をした陽子は、彼らを倉田家の食卓に招待したのだ。二十年ぶりにホストファミリーと、家族も一緒に祝うことができるクリスマスに、胸を躍らせながら、料理にも腕を振るった。


倉田家のリビングにあるクリスマスツリーのキャンドルが、窓の外に積もった雪を照らし、星色に輝いている。病院で点滴を打ってもらったみいちゃんは、一日中、ぐっすりと眠りに眠って、起きた頃には熱もすっかり下がっていた。パジャマ姿で、寝室から起きてきた彼女に、おなかすいた?、と陽子はやさしく声をかけた。

みいちゃんが、返事をする間もなく、

「ハイ、ハラヘッター!」

そう言いながら、入ってきたのはベントレイ夫妻だった。慶介と一緒にサンタクロースの赤い帽子をかぶってダイニングルームに現れた。

「チムニー煙突がなかったノデ、玄関から来まシター」

本物のサンタさんが現れたかと、みいちゃんは驚いて目を真ん丸くした。最近、銀婚式を迎えたカナダ人夫婦の、その愛に溢れた眼差しは二十年前と少しも変わっていない。たった一年間の留学だったが、まるで本当の娘のように可愛がってくれたあの日々のことが、陽子は懐かしかった。

当時、慶介は写真を学ぶために、ベントレイ夫妻をちょうど訪れていた。その年のクリスマス会で偶然に出会った陽子に、慶介は一目惚れだった。帰国後に結婚し、子供まで授かったことを、不思議な感覚で思い返す二人は、恋のキューピットであるベントレイ夫妻との再会を心から喜んだ。食卓のご馳走を食べながら、陽子の誕生会もお祝いした。しばし思い出ばなしに色とりどりの花が咲いたクリスマスの夜となった。


みいちゃんは、静かにモグモグとご馳走を食べていた。まるで、笑顔を忘れてしまったかのように、カンザスからおとぎの国へと迷い込んできたドロシーのように、不安そうな表情だった。その様子をじっと見つめていたサム・ベントレイは、サンタクロースのような白く長いあごひげを手でなでながら、静かに祈るような表情で宙を見つめた。そしてみいちゃんに、そっと尋ねた。

「みいちゃんは、サンタさんに、どんなプレゼントをお願いしたのかな?」

シナモンのほのかな香りを放つ、キャンドルの火が揺れた。みいちゃんの欲しいものをクリスマスプレゼントとして買ってあげたい、と心から思っていた陽子は、耳をすませていた。

「……みいちゃんねえ。神様にお祈りしたの。園に帰れますようにって。園にはご飯もあるし、おやつもでるの。友達がいて楽しいところなの。お父さんのところには、もう帰れないから、神様に〈園に帰れますように〉ってお願いしたの。ねえ、お願い、みいちゃん、園に戻りたい。ねえ、お願い、園に戻れるように、先生にお願いして!」

こらえていたものが、一気に噴き出したかのように、みいちゃんは顔をクシャクシャにして泣いた。口をへの字に曲げて、大粒の涙をボロボロとこぼした。

居場所がなく、施設に帰りたいと神様にお願いしたみいちゃんを、陽子は不憫でいとおしく思い、顔をこわばらせた。サンタの衣装を着て、みいちゃんを驚かそうと計画していた慶介も、言葉を失ってしまった。その二人の顔を、千咲は交互に見ながら、パンプキン・パイを食べる手を止めて、助けを求めるようにベントレイ夫妻の方を見た。二人は、ナプキンで口を拭かずに、青い目からこぼれる涙を拭いていた。


サム・ベントレイは赤いサンタ帽を脱いで、胸ポケットから数枚の写真を取り出した。それは、みいちゃんが今まで見たことのないほど美しく、透明に輝く〈宝石〉の写真だった。

「これは、一粒の雪の結晶デス。」

顕微鏡写真家として活動しているベントレイ夫妻が、これまで数千枚と撮影してきた、雪の結晶の写真だった。

「ミクロの世界のスノー・クリスタル(雪の結晶)は、神が創った美の奇跡デス。この地上に二つとして、同じものは存在しまセン。その時の温度や湿度、気圧によって、カタチは無限に変化するのです。一つ一つのスノー・クリスタルは、世界に一つだけの最高傑作として、神様によって創られました。天から舞い降りて来る一つのスノー・クリスタルは、あなたの手のひらに乗るまでに、ゆっくりと形づくられます。そして、手のひらの上に降り立ち、一瞬で溶けてしまうと、再び同じものが創られることはありません。そこには、神様のデザインの〈美しさ〉だけが、永遠に残るのデスネ。」

みいちゃんと千咲は一緒に、息をのんで、写真一枚一枚に写された宝石を比べてみた。本当だ、どれも似ているが違う形をしている。

サム・ベントレイが、ゆっくりと人差し指を動かすと、皆の目は、その指先を追った。

「あなたも、あなたも……」

慶介、陽子、千咲、みいちゃん、と、そこにいる一人一人を指さして、真剣なまなざしで彼はこう言った。

「……そして、あなたも、

ひとりの、〈スノー・クリスタル〉なのデス。

この地上に同じものは二つとして存在しない、

あなたは神の最高傑作です。

あなたの存在そのものが、

神様の奇跡なのデス。」

一瞬、静まり返り、心地よく暖かな静寂が、一同を包んだ。


千咲が椅子から降り、立ち上がって言った。

「みいちゃん、ここにずうっといたらいいじゃない。私のお部屋で一緒に寝ればいいわ。わたしの洋服も靴も全部あげるから。わたしがみいちゃんのお友だちになるから。お母さんの作ったおいしいご飯も食べられるし、ママの手作りのチョコレートチップ入りブラウニーも食べられるから。どこにも行かないで、ここにいたらいいじゃない。ねぇ、ママ、パパ……。みいちゃんは、ずっと、ここにいていいよね?」

今まで見たことのない千咲の真剣なまなざしと、みいちゃんを思いやる気持ちに、できる限り応えてあげたいと、陽子と慶介は見つめ合いながらそう思った。

「これ、みいちゃんに」

そう言って千咲は、赤くラッピングされた箱を手渡した。みいちゃんが、ぎこちなくそれを開けると、中には、千咲がどうしても欲しくて買ってもらった、あの赤いブーツが入っていた。思いがけないクリスマス・プレゼント。そこに込められた千咲の優しさに触れたみいちゃんは、口元を緩ませた。初めて見せた、六歳の少女らしい、無垢な笑顔につられて、その場にいた皆も一緒に微笑んだ。慶介は立ち上がり、おもむろに仕事用の一眼レフカメラを取り出して、いつの間にか成長していた娘の頼もしい姿をフィルムに収めようと、シャッターを押した。しかし、涙でファインダーが曇り見えなくなる。すると、今度は陽子が、そのカメラを慶介の手から取り、千咲とみいちゃんを一つのフレームに入れて、シャッターを押した。その喜びの時が、いつまでも残るようにと、繰り返し押し続けた。どこからともなく、外で誰かがクリスマスキャロルを歌っている声が、静かに近づいて来た。

〈♪さやかに、星はきらめき、み子イェス、生まれたもう。

長くも、やみじ闇路をたどり、メシヤを待てる民に。

新しき朝は来たり、栄えある日は昇る。

いざ聞け。みつか御使い歌う、たえなる、あま天つみ歌を。

めでたし、聖しこよい今宵……♪〉


雪がさらに深々と降り積もる中、皆で外へと繰り出し、歌声のする方へ歩いた。全員で一列に手をつないでツルツル固まった雪の上をそろりそろりと歩いた。

「神様の奇跡……か」

チラチラと天から降ってくる雪が、陽子の顔に落ちては溶け、また落ちては溶ける。その一粒一粒を肌で感じながら、これまでの自分の人生を思った。そして、千咲の成長や、みいちゃんとの出会いを、ただただ、感謝した。

〈色々、辛いこと悲しいこと、あったけど……。でも、全部ひっくるめてみたら、いまは最高に幸せ!〉

そう思った矢先に、陽子はステンと背中から滑って転んだ。つられて、手をつないでいた全員が雪の中に転げた。そして、皆で笑い転げた。

冷たい雪に仰向けに寝たまま、陽子は、幼かった頃を思い出した。悲しいときは、いつも雪に顔をうずめて泣いていた冬の日々が、思いがけず心によみがえって来た。ふと、〈目と鼻の先〉にある雪の一粒を、しげしげと見てみた。雪化粧をした、六角形に枝を張ったモミの木を、まるで真上から見たような、一片の透明に輝く、スノー・クリスタルが肉眼で見えることに驚いた。その星型のクリスタルは、この世のどんなものよりも美しいと思った。手のひらに取ってのせると、一瞬で溶けてしまい、一滴のしずくだけが残り、ゆっくりと流れ落ちた。


陽子は、みいちゃんがさっきお祈りしたという、神様のことを思った。そして、自分が幼い頃に家族と分かち合いたくてもできなかった色んな楽しい時間を、千咲とも、みいちゃんとも、一緒に過ごせますように、と心の中で神様に祈った。


すると、愛する家族に囲まれている今という時間も、過去の悲しみも、世界に二つと存在しない、神様が創った芸術作品だ、と思えた。

泣きながら、両手に千咲とみいちゃんを抱きしめると、再び道連れに滑って転んだ。そして、陽子は、雪の上で仰向けになったまま、次々と降り注ぐ大粒のスノー・クリスタル一つ一つを感じながら、泣き止むまで、泣いた。

皆と一緒に笑いながら、陽子の目からこぼれた涙の一粒一粒が、いつまでもキラキラと透明に輝いていた。





【本日の3分クッキング】

・図書館や書店、インターネットなどで、ウィルソン・ベントレー(Wilson A. Bentley)の写真集『スノー・クリスタル/Snow Clystal』(McGraw-Hill1931)の、雪の結晶の写真を探してみる。

・一つ一つのスノー・クリスタルが、どれだけ美しく、同じものが二つとして存在しないかを比べて確認してみる。

・あなたの存在が、スノー・クリスタルのように、美しくかけがえのない、神様の最高傑作であることを思い巡らす。

・できれば、あなたの愛する家族を誘って近隣の教会で行われるクリスマス礼拝に出席してみる。そしてそして、神様に「ありがとう」と、感謝を祈りながら、心を静めて、リラックスしたクリスマスを過ごしてみる。










【心のパテシエ♪ひとりごと】

涙は、必ず笑顔に変わる。

悲しくてつらいとき、涙は流していいんデス。

思いっきり泣いた後、

「あなたは、かけがえのない、

世界に一つだけの、最高傑作」だと、

ありのままのあなたを、

いつも変わらずに愛して、なぐさめ、励ましてくれる、

大切な存在がいることを思い出しまショ。

あなたの迎えるクリスマスが最上の喜びに溢れますようお祈りします。





心のパテシエ♪プロフィール

角 本 尚 彦 (かくもと・なおひこ)

1969年、青森県むつ市に生まれる。オレゴン

大学卒業、西南学院大学神学部神学科で、永遠

のベストセラー聖書を学ぶ。 

現在、日本バプテスト小倉キリスト教会牧師。

著書『かけ違えたボタン』『こころの貝殻』他。

妻みな子、二人の息子、元輝(3才)と拓海(1才)

の父親。

Mail: pastor_kokura@yahoo.co.jp




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― 新着の感想 ―
[一言]  おじょうずだと思ったら、すでに書籍を出していらっしゃるプロの方なのですね。  優しいお話で、みいちゃんが救われたらいいな、と思います。  この後みいちゃんはどうなるのでしょう。無事に施設に…
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