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第八章 妖しの《星》⑦

「ふふ、では共に逝きましょうか。《天架麗人》」



 恍惚をした表情でカテリーナは告げる。

 それはとても死を前にした者の顔ではなかった。

 その姿が、状況を窺っていたアリシア達の背筋に悪寒を走らせる。



「あ、姐さん! やべえ! 逃げろ!」


「教官! 早く脱出を!」



 と、エドワード達が青ざめた顔で呼び掛け、



『オトハさん! 今行きます!』


『うん。引き剥がす!』



 一方、アリシア達は、彼女達の乗る《ユニコス》で広場のほぼ中央で動かない二機に近付こうとする。それに対し、眉をしかめたのはカテリーナだった。



「それはやめてくれますか。その非力な機体では土台無理ですよ。アリシアさんはどうでもいいですが、《金色聖女》に死なれては困りますし」


『うっさいわね、おばさん! やってみないと分からないでしょう!』


『……いや。この女の言う通りだ。近付くなエイシス』



 と、気炎を吐くアリシアを止めたのは、オトハの声だった。

 淡々としたその声音に、動揺の色はなかった。



「あら。一緒に死んでくださる気になったのですか」


『そんな訳があるはずもないだろう。カテリーナ=ハリス』



 と、そこで一度間を開け、オトハは通告した。



『お前は私を舐めすぎだ』


「……えっ?」



 カテリーナは一瞬眉根を寄せた――その瞬間だった。

 いきなり《羅刹》の尾も含めた四肢が両断されたのだ。カテリーナは驚愕で目を見開いた。《鬼刃》は刀を動かしていない。いや、愛機の腹部に深々と突き刺しているのだから動かしようもない。だというのに――。


 言葉もないカテリーナをよそに、オトハは苦笑を浮かべた。



『終わらせると言ったはずだ。エイシス達の行動は私も予想外だったが、私は私で何の策も用意していないとでも思っていたのか?』



 クラインといい、私はそんな考えなしに見えるのか。

 そう続けて、オトハは溜息をついた。

 今や腹部に刺された刀のみで支えられる《羅刹》。

 その操縦席でカテリーナが呻いた。



「……一体何をしたのですか。《天架麗人》……」


『なに。簡単な話だ。剣戟の最中にコツコツと恒力の刃を構築しておいたのさ。この上なく鋭くて丈夫なやつをな』



 オトハとて闇雲に剣戟を繰り返していた訳ではない。

 密かに、宙空に不意打ち用の恒力の刃を準備しておいたのだ。尋常ではない恒力を注ぎ込んだ刃。よくて数分しか持たないが、その切れ味は名刀にも劣らない。

 それこそ《羅刹》の四肢さえ容易く両断するほどに。



「……あなたは小細工を弄しないと噂で聞いていたのですが……」


『ふん。私だって小細工はするぞ。苦手なだけで』



 カテリーナの怨念じみた声に、オトハは苦笑を浮かべて返した。

 そして《鬼刃》が愛刀「崋山」を手放した。直後、支えを失った《羅刹》は音を立てて地面に落下する。操縦席の中でカテリーナが呻き声を上げた。



『……「崋山」はくれてやる。煉獄に持っていけ』


「……ええ。そうします。ありがたく頂戴しますよ」



 もはや、愛機を残して逃げるような無様な真似はしない。

 オトハは一瞬だけカテリーナを一瞥した後、《鬼刃》を後退させた。

 恐らくあと数秒後には《羅刹》は爆発するだろう。

 傍観していたアリシア達は緊張から声も出せず、オトハはただ黙って強敵の最後を見届けようとした――その時。



『やれやれ。やっぱりそんな状況になっていましたか』



 突如、上空からそんな声が届いてくる。続けて銀の戦鎚を持つ藍色の半人半獣の鎧機兵が広場に音もなく降り立った。大破した《羅刹》の丁度真横の位置だ。

 いきなり現れた異形の鎧機兵にアリシア達は目を丸くする。

 そして、それはオトハと、カテリーナさえも同様だ。



「ボ、ボルド様! ダ、ダメです! お逃げください! ここは!」


『ええ、大体状況は分かっていますよ。ですので少しばかり手荒になりますが、許してくださいね。カテリーナさん』



 ボルドがそう言うなり、《地妖星》がその左手をカテリーナに向けた。



「――――え」



 唖然とした声を上げるカテリーナ。《地妖星》の手は彼女の華奢な身体を掴み、《羅刹》からやや強引に引きずり出した。



「え? え?」



 未だ状況が分からずカテリーナは困惑していた。

 そんな彼女をよそに、《地妖星》は戦鎚の石突を《羅刹》の残骸に突き立て、さらには力任せに放り投げた。

 十セージル、二十セージル……。

 打ち上げられた《羅刹》はどんどん上昇する。そして――。


 ――ゴウンッ!


 突然、夜空で開く真紅の爆炎。《羅刹》が遂に自爆したのだ。

 その衝撃は地上にまで押し寄せた。《鬼刃》と《ユニコス》は咄嗟に身構え、生身のエドワード達は耳を押さえてしゃがみこんだ。

 そして《地妖星》はカテリーナを爆風から守るように両手で抱え込んでいた。

 そうして数秒後、ようやく爆風も収まった。



『……いやはや、自爆は初めて見ましたが、想像以上の破壊力ですね。半径十セージルという情報は完全に間違っています』



 ボルドは苦笑を浮かべつつ、愛機の腕の中に納まった女性を見やる。

 常ならば冷静沈着な彼女が、今はただ呆然としていた。



「な、何故、ボルド様がここに……」



 そう呟くカテリーナに、ボルドはふふっと笑って冗談を口にする。



『なに。虫の知らせですよ。私の大切な「奥さん」に危機が迫っているってね』


「お、奥さん……?」


『ええ。この国では私達は「新婚夫婦」です。なら、私が大切な「リーナさん」の危機に駆けつけないはずもないでしょう』


「ボルド様ぁ……」



 カテリーナが片手で胸元を押させ、陶然とした声を上げた。

 どうも予想とかなり違う反応に、ボルドは少し頬を引きつらせた。



『えっと、あの、カテリーナさん? ですから、その「ボルド様」というのはやめてくれませんか。面映ゆいですし』



 しかし、カテリーナはいやいやと首を振るだけだった。

 そんな二人に、言葉をかけたのはオトハだった。



『……悪ふざけはそこまでにしてもらおう』



 凛としたその声は殺気立っている。

 ボルドは目を細めて《鬼刃》を見据えた。



『これはタチバナさん。相も変わらず《鬼刃》は美しいですね』


『……下らん世辞もいい。貴様、クラインはどうした……』



 何故、《地妖星》がここにいるのか。

 最悪の考えがどうしても脳裏をよぎる。

 しかし、対するボルドの返答は、実にあっけらかんとしたものだった。



『どうしたも何も、結局今回も決着はつきませんでした。どうも私とクラインさんは、そういう星の下にでも生まれたのでしょうかねえ』



 オトハは眉をしかめた。信じてもいいのだろうか。

 いや、この男は無駄なうそはつかない。額面通りと取るべきか。



『……そうか。それで貴様は帰るついでに部下を拾いにきた、と?』


『ええ。まさにその通りですよ』



 と、気軽に答えるボルド。オトハは不快そうに唇をかむ。

 恐らく今、《地妖星》の中でこの男はにこにこと笑っているに違いない。



『随分と部下思いなことだな。犯罪組織の大幹部が』



 ふん、と鼻を鳴らすオトハ。同時に《鬼刃》が拳を構えた。刀を失ったのは痛いが、無手での闘法も心得ている。いつでも戦うことは出来た。

 オトハの殺気に、周囲にいたアリシア達もようやくハッとして動き出す。



「お、おいロック!」


「分かっている! 俺達は離れるぞ!」


『オトハさん! 加勢します!』



 エドワード、ロックは森の奥に避難し、《ユニコス》は双剣を構える。

 しかし、ボルドの方にその気はないようで――。



『ああ、待ってください。ここにはカテリーナさんの回収に来ただけです。すぐにお暇しますよ。クラインさんにもそう告げていますし』



 そう言った途端、《地妖星》が勢いよく前足を上げた。

 何かの攻撃か! 咄嗟に大きく間合いを取る《鬼刃》と《ユニコス》。

 しかし、《地妖星》は何の攻撃もしてこなかった。前足をそのまま地面に叩きつけると、後方へ向けて凄まじい大跳躍をしたのである。



『ッ!? 正気か貴様! 海に落ちるぞ!』



 オトハが目を見開き、唖然とした叫びを上げた。

 右手に戦鎚。左手にカテリーナを抱えた《地妖星》は森を飛び越え、夜の海へと向かっていたのだ。鎧機兵は陸上用。水には浮かない。このままでは沈むだけだ。


 だが――《地妖星》は違った。


 当然のように水上に着水したのである。森の隙間から、その光景を目の当たりにしたオトハ達は言葉を失った。しかも、まるで地面の上のように走り出すではないか。

 最も早く正気に返ったのはオトハだった。



『――ッ! しまった! 構築系か!』



 遠目かつ、星明かりで輝く水上だったため判断が遅れたが、彼女の「銀嶺の瞳」でよく見れば、海面上に恒力の膜が張ってある。《地妖星》はその上を疾走しているのだ。

 オトハは追撃を考えた。構築系は彼女の十八番だ。同じことは当然できる。



『くッ! 追うぞ! 《鬼刃》!』


『ダメ! 待ってオトハさん!』



 しかし、一歩踏み出した《鬼刃》をユーリィが止めた。



『何故止める、エマリア!』


『あんなの失敗したら死ぬ。追うなら命懸けになる』



 ユーリィの声は厳しかった。何がなんでもオトハを止める気だった。

 その決意を感じ取り、オトハは苦々しい表情を一瞬浮かべるが、すぐに大きく息を吐いて脱力した。ユーリィの指摘は実に正しい。

 海上を鎧機兵で疾走するなど、正気の沙汰ではない。

 オトハはグッと唇をかみしめた。

 そして徐々に遠ざかる《地妖星》の姿だけを目に焼き付ける。

 もはや誰も言葉を発しない。

 ただ、森の中に静寂だけが訪れるのだった……。



 一方、その頃――。

 そこは海が一望できる高台。奇しくもサーシャの攫われた場所である。

 今、その場には一機の鎧機兵が佇んでいた。

 異形の鎧と四本の角。鬼の如き貌を持つ漆黒の機体――《朱天》だ。

 近くの木には銀髪の少女が寄りかかる姿もあった。



「……はんっ。やっぱそのルートを選んだか」



 愛機の操縦席でアッシュは両腕を組んで笑う。

 眼下の海には、海上を走り抜ける藍色の鎧機兵がいた。



「てめえならそう逃げると思ってたぜ。ボルド=グレッグ」



 アッシュは凶悪な面構えでそう告げる。

 そして眠り続けるサーシャを一瞥した後、もう一度《地妖星》の姿を睨みつけた。



「俺の身内に手を出してただで済むと思うなよ。クソジジイ……」



 アッシュがそう呟いた途端、《朱天》がアギトを開いた。

 続けて大量の《星霊》を喰らい、四本の《朱焔》が同時に輝き始める。


 グウオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!!


 夜空を切り裂くような《朱天》の咆哮。

 そして、漆黒の全身からわずかに発光する真紅が滲み出てくる。瞬く間に真紅一色に変貌した《朱天》の身体が周囲を煌々と照らした。


 ――真紅の《朱天》。


 恒力値が七万四千ジンにまで至った、アッシュの切り札だ。



「さて、ボルド=グレッグ」



 紅く発光する《朱天》は、照準を合わせるように左手を《地妖星》に向けた。

 続けて、ズシンと左足を踏み出し、尾が地面を叩く。



「菓子折りの『お礼』だ。まあ、遠慮せずに受け取りな」



 そう告げて、アッシュはにやりと笑った。

 直後、《朱天》が右腕を大きく振りかぶる。掌には莫大な恒力が集束していた。

 そして、アッシュは「お礼」の技の名を呟く。



「――《大穿風(だいせんぷう)》――」



       ◆



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ――!!


 突如、噴き上がった巨大な水柱に、カテリーナは目を丸くしていた。

 大量の水飛沫に全身が呑み込まれる。流石の《地妖星》も、突然の事態に対処しきれないようだ。大きくバランスを崩し、危うく海中に沈んでしまうところだった。

 カテリーナは心配げな瞳で藍色の機体を見上げ――絶句した。



「ボ、ボルド様!」


『ああ、大丈夫ですよ、カテリーナさん。走行には問題ありません。しかし……流石はクラインさん。最後にやってくれましたね』



 と、苦々しく(うそぶ)くボルド。彼の愛機・《地妖星》は右腕を失っていた。

 先程の途轍もない衝撃波――恐らくは放出系闘技の一種だろう――によって喰い千切られるように持っていかれたのである。



「ボルド様……」



 カテリーナは眉をハの字にして哀しげに呟く。

 ボルドが自分を助けに来てくれたことは本当に嬉しい。しかし、結局のところ、自分は何の役にも立てなかったのだ。その上、《羅刹》まで失った。

 自分の無能さにはホトホト嫌気が差す。情けなくて涙が出そうだ。

 カテリーナは吐息をもらしてから、ボルドへ謝罪する。



「……申し訳ありません。私が《天架麗人》に敗れなければ……」


『ははっ、何を言いますか。見事な働きでしたよカテリーナさん。なにせ、あのタチバナさん相手にあそこまで持ち堪えたのですから』



 結果だけ見ればかなりの出費をした上、《羅刹》は失い、愛機の右腕は粉砕された。

 何一つ得ていない敗戦だ。しかし、ボルドはとても上機嫌だった。



(ふふ、何も変わっていませんでしたね。クラインさんは)



 カテリーナにも秘密にしていた今回の本当の目的。

 彼の宿敵が未だ牙を失っていないことを確認できただけでも上出来だった。

 ともあれ、今回はここで幕引きだ。

 ボルドは優しげな眼差しをカテリーナに向けて告げる。



『ふふ、さあ、カテリーナさん。バカンスも終わりです。私達の国に帰りますか』



 カテリーナは一瞬呆けた顔をしたが、すぐに微笑を浮かべて、



「はい。承知しました。ボルド様」


『いや、カテリーナさん。ですから、その「ボルド様」は……』


「仕事も滞っているかもしれません。早く帰りましょう。ボルド様」


『はあ……その呼び方、せめて職場ではやめてくださいね。お願いですから』



 何故か自分を様付けする部下に、深々と溜息をつくボルド。

 対し、カテリーナはどことなく嬉しそうだ。

 そんな二人を乗せて《地妖星》は月光が降り注ぐ海上を疾走する。


 こうして《黒陽社》の二人が起こした騒動は、幕を下ろしたのであった。

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