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第八章 妖しの《星》④

 ――ギンッ!


 甲高い音を立て、刀とレイピアが交差し弾かれる。

 続けて下段から斬り上げた刀をレイピアは横に払い、頭部を狙って繰り出された刺突を紫紺の鎧機兵は首を横に振って回避する。同時に刀が袈裟斬りに走った。

 それを真紅の鎧機兵・《羅刹》はレイピアで受け止める。一瞬のつば迫り合いの後、《羅刹》が後方に跳んだ。しかし、対峙する紫紺の鎧機兵・《鬼刃》は逃さない。

 瞬時に《天架》を直線状に構築。滑走して間合いを潰す。そして上段からの斬撃を《羅刹》の肩めがけて繰り出した!



『――ふっ!』



 小さく呼気を吐くカテリーナ。直後、《羅刹》の足元から雷音が轟く。

 足の裏から恒力を噴出し加速する《黄道法》の放出系闘技――《雷歩》だ。《羅刹》はさらに後方へ跳ぶ。《鬼刃》の刃は虚空を切り、代わりに大地を割った。

 砂煙が濛々と舞い上がり、《鬼刃》は刀を地面から引き抜いた。



(――チィ、この女……)



 オトハは内心で舌打ちする。

 先程からこんな攻防の繰り返しだ。少し圧され始めるとすぐさま間合いを広げる。勝ちはないが負けもない、明らかに時間稼ぎを目的にした戦術。

 苛立ちから、思わず歯を軋ませる。



(……厄介な)



 はっきり言えば《鬼刃》は《羅刹》より格上の機体だ。速度も膂力も上回る。恒力値も一万ジン以上の差がある。しかし、だからといって強引に攻め入るのは危険だった。

 煩雑な攻撃は隙に繋がる。カテリーナ=ハリスはそれを見逃さないだろう。

 ここは油断なく攻撃し、戦況が崩れるのを持つしかなかった。


 しかし――。



(……クライン。それにフラム……)



 オトハは下唇をかむ。そして、ちらりと起動させている《万天図》を確認する。

 少し離れた場所に輝く二つの光点。その恒力値は共に三万五千ジンを越えている。

 間違いなく《朱天》と《地妖星》が激突しているのだろう。

 別行動をとる時、アッシュには撤退すると告げたが、今や状況は変わった。

 カテリーナ=ハリスがここにいる以上、この女を早々に戦闘不能にし、アッシュの所に戻って加勢するのがベストだ。さすれば《九妖星》の一角を落とせるかもしれない。

 それに、何よりもサーシャのことが気になる。

 救出する前に戦闘に入った可能性も捨てきれないのだ。



(……くそ、状況が分からん)



 オトハは焦りを抱くが、まずは眼前の敵を倒さねばどうしようもない。

 《鬼刃》は一歩踏み出すと、刀を下段に構えた。




『……あの女、完全に時間稼ぎをする気満々ね』



 そこは広場を囲う森の中。二機の戦闘を見据えつつ、菫色の鎧機兵・《ユニコス》に乗ったアリシアが苦々しい口調でそう語る。



「確かにな。防御主体の剣捌きに、不利になるとすぐ離れる……。露骨なまでの逃げの姿勢だ。まあ、教官相手にあそこまで食い下がれるだけでも脱帽ものだが……」



 《ユニコス》の傍ら、腕を組んで唸るロック。

 すると、その隣に立つエドワードが首を傾げた。



「けど、なんでだ? あのババア、教官に勝てないのは分かってんだろ? なら、とっとと逃げりゃあいいじゃねえか」



 あの《鬼刃》相手では逃走することも難しいかもしれないが、《羅刹》は《雷歩》が使える。逃げ切れる可能性はゼロではない。

 しかし、それでもカテリーナがこの場に留まる理由は――。



『多分、あの女はボルド=グレッグのために時間を稼いでいる』


『まあ、そうよね。これを見る限り……』



 ユーリィ、続いてアリシアがそう呟いた。

 ロックが眉をひそめて「どういう意味だ?」と尋ねる。



『今、《万天図》を起動させているんだけど、ここから少し離れた場所――《シーザー》が停泊していた辺りで三万超えの恒力値が二つ対峙しているのよ』



 と、答えるアリシアに、エドワードがすっとんきょうな声を上げた。



「はあ!? 三万超えが二つ!? なんだよそれ!?」


「……いや、なるほど。そういうことか」

 

 

 ロックは状況を察して眉間にしわを寄せた。

 ユーリィは二人の少年に淡々と告げる。



『この二つの恒力値は、間違いなくアッシュとボルド=グレッグ。あの女の目的は、多分オトハさんの足止めだと思う』


『まあ、オトハさんさえ封じれば、ボルドっておっさんがアッシュさんに勝てると思っている訳よね。それって……』



 と、ユーリィの台詞にアリシアが続いた。どこかその声は不機嫌そうだった。



「……随分と苛立っているようだな、エイシス」



 ロックがそう尋ねると、アリシアは《ユニコス》の中で肩をすくめた。



『流石にこうも眼中にないって態度をとられるとね。本当にムカつくおばさんだわ』


「……まあ、お前はともかく俺らはババアに惨敗したもんな」



 はあ、と溜息をもらすエドワード。ロックも苦虫をかみ潰したような顔をする。

 二人揃ってまたしても愛機が破壊された。手痛い出費だ。

 アリシアは、二人に対して苦笑する。



『私の《ユニコス》が無事なのは、はっきり言って運が良かっただけよ。もしオトハさんが来てなければ私も倒されていたわ』



 それは頑然とした事実だろう。きっと自分では損傷一つも付けられない。忌々しく思うが、それほどまでに実力差は開いている。

 しかし、それでも納得できないこともあるのだ。



『……舐められたままで終わるほど、私は出来た人間じゃないのよ』



 アリシアは険しい表情で広場に目をやった。

 そこでは《鬼刃》と《羅刹》が未だ攻防を繰り返している。

 互いに接近すると剣戟を交わし、拮抗が崩れ始めると《羅刹》が後退する。

 剣戟だけでなく何度もかき消えるような高速移動も行っているのだが、敵機はまるで隙を見せなかった。明らかに《鬼刃》は攻めあぐねている。

 決して《羅刹》は弱敵ではない。迂闊に力押しが出来ない状況なのだろう。



『あの女の目にはオトハさんしか映っていない。それが堪らなくムカつくのよ』



 機体越しでも分かるピリピリとしたアリシアの様子に、少年達は頬を引きつらせる。

 きっと彼女の腰を掴むユーリィも同様だろう。



「し、しかし、そうは言ってもどうする気だ? お前一機では……」



 と、ややおどおどとした口調で尋ねるロック。エドワードも彼の隣で「そ、そうだぜ、一体どうすんだよ」と壊れた人形のように繰り返し頷いていた。



『……どうするか、か』



 アリシアは眉を寄せる。確かに、自分では足手まといになってしまう……。

 彼女は再び戦場を見据えると、あごに手を当て少し考える。そして数秒後、ポンと手を叩き、後ろに座るユーリィの方へ振り向いた。



「ねえ、ユーリィちゃん。ちょっと《お願い》があるんだけどいい?」


「……《お願い》?」



 ユーリィは小首を傾げる。それは彼女の《星神》の能力を使いたいということだ。

 そのこと自体は別に構わないのだが――。



「……何か良いアイディアが思いついたの?」



 と、尋ねるユーリィに、アリシアはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 あの女のために、実に面白い嫌がらせを思いついたのだ。

 もし成功すればさぞかし驚くに違いない。

 そんなことを考えつつ、アリシアはふふっと笑って告げる。



「ええ、あのおばさんに少し童心にかえってもらおうと思ってね」

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