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第八章 妖しの《星》②

『……あなたと直接お会いするのは初めてですね。《天架麗人》』



 真紅の機体・《羅刹》が振り返り、カテリーナがそう告げた。



『ああ、そうだな。だが、お前の噂はよく聞くぞ。ボルド=グレッグの懐刀』



 と呟くように返して、紫紺の鎧機兵・《鬼刃》が刀を下段に構えた。

 同時にオトハは右目の眼帯を取り外す。その下にあるのは銀色の瞳。「銀嶺の瞳」と呼ばれる不可視の恒力を見ることのできる特殊な瞳だ。

 久しぶりに両目となったオトハは、ちらりと地面に横たわる教え子達の機体に視線を向けて声をかける。



『……オニキス、ハルト。動けるか?』



 すると、両機はギギギと四肢をわずかに動かして、



『む、無理っす。仰向けになってるせいで胸部装甲さえ開かないっす』


『右に同じくです。申し訳ありません。教官』



 と、少年達が呻くように答えてくる。オトハは嘆息してから、今度はアリシアとユーリィが乗る《ユニコス》の方へ視線を向けた。



『エイシス。この女の相手は私がする。お前はハルトとオニキスを救出して離れていろ』



 淡々とした口調で指示を出す。



『オ、オトハさん……』



 アリシアは一瞬自分も加勢しようかと考えたが、すぐに思い直す。

 敵との実力差は明白だ。自分が加勢しても足手まといにしかならないだろう。

 《ユニコス》は《羅刹》を警戒しながら、二機へと近付いていく。



『ほら、あなた達。今立たせるから……』


『悪りい。エイシス。助かる』


『すまん。くそ、ほとんど役に立てなかったな……』



 と、肩を落としたような口調で謝る二人に、アリシアはかぶりを振った。



『ううん。私の判断ミスよ。甘く見過ぎてた。挑発すべきじゃなかったわ』


『……判断ミスなら私もそう。正直、予想以上に強かった』



 と、ユーリィが呟く。

 本音を言えば、三機がかりなら何とかなるかもと甘く見ていたのだ。

 そんな教え子達を、オトハは鋭く叱責する。



『おしゃべりは後だ、お前達。敵の前だぞ』



 アリシアはハッとするなり、慌てて二人の少年の救出にかかる。

 二機の鎧機兵を順番に立たせ、胸部装甲を開けるようにした。エドワード達はそれぞれの機体から脱出する。そして木々の間に向かって走り出した。



「姐さん! やっちゃってください!」


「教官! ご武運を!」



 一瞬だけ振り向き、エドワードとロックは声援を送る。アリシアとユーリィが乗る《ユニコス》も、生身の少年達を守るように移動しながら、木々の後ろに退避した。

 それを見届けて、オトハは完全に意識を敵のみに集中させる。



『……何故、あいつらが撤退するのを待った?』


『ふふ、あの子達を殺すのはボルド様の意志に反します。何よりあなたが怖いですから』



 と、告げるカテリーナ。しかし、その口調には恐怖ではない感情が宿っていた。

 その感情の名をあえて挙げるならば――歓喜か。



『知っていますか《天架麗人》。これは以前、ボルド様からお聞きした話なのですが、「強者」という人種は大体二種類に分かれるそうですよ』


『……ほう。興味深そうな話だな』



 そう返しながら、オトハの乗る《鬼刃》はわずかに間合いを詰めた。

 互いの距離はおよそ六セージルか。

 カテリーナは、《鬼刃》の動きに気付きつつも会話を続ける。



『一つは、自分より弱い者を圧倒的な力で踏みにじって快楽を得るタイプ。まあ、恥ずかしながら我が社に多いタイプですわね』



 うちの者達は血の気が多くて困ります、と頬に手を当て呟くカテリーナ。



『そしてもう一つなのですが、自分より強い者に挑んで高揚を得るタイプだそうです。ふふ、どうやら私は後者のようですね。少し高揚しています』



 言って、カテリーナは笑みを深めた。

 オトハは眉をしかめて舌打ちする。少しばかり理解できるところが実に腹ただしい。



『……ふん。中々のご高説だが、そろそろおしゃべりにも飽きたな』


『ええ、そうですね。恋愛話ならばともかく女同士でする話ではありませんね』



 いたずらっぽい口調で語るカテリーナ。

 しかし、その眼差しはこの上なく鋭かった。



『では――参ります!』 



 そう宣言するなり、カテリーナの愛機・《羅刹》は動いた。

 ロックの機体を襲った閃光の、数倍の規模の銀閃が繰り出される!

 しかし、それらの刺突はことごとく空を切った。

 刺突の射線上には、すでに《鬼刃》はいなかったからだ。



『――遅い。私の《鬼刃》は《七星》最速だぞ。遠距離攻撃が容易く当たると思うなよ』


『ッ!』



 カテリーナが目を見開く。その声を真後ろから聞こえてきたのだ。

 しかし、瞬きをする間に動揺は消え失せる。

 即座に機体を反転させ、振り向きざま斬撃を放つ。


 ――ギインッ!


 甲高い音が鳴った。《鬼刃》が刀で横一文字を受け止めたのである。

 ギリギリ、とつば迫り合いをする《鬼刃》と《羅刹》。

 カテリーナがふっと笑う。



『凄いですね。今のが噂に聞く高速移動――《天架》ですか?』


 《黄道法》の構築系闘技――《天架(てんか)》。

 宙空や地面に恒力のレールを構築し、その上を滑走する高速移動の闘技。オトハの二つ名の由来ともなった得意技だ。



『ああ、その通りだ。しかし、お前も面白い闘技を使う……』



 そう告げて、オトハは敵機のレイピアを見据えた。

 その剣は細みの刀身でありながら、鋼鉄さえ切り裂く《鬼刃》の持つ刀「崋山」と互角にせめぎ合っている――ように見えるが、そうではない。

 よく見れば「崋山」の刀身はレイピアと触れ合っていない。宙空で止まっているのだ。

 他者が見れば、きっと奇術か魔術のように思うだろう。

 しかし、オトハの「銀嶺の瞳」はその実態を正しく捉えていた。



『……刀身から常に恒力を噴き出して見えない刃にしているのか。実質的には細剣ではなく、不可視の大剣といったところか』



 オトハの洞察にカテリーナは苦笑を浮かべた。



『あらあら。あっさりと見抜いてくれますね。初見だと、大抵の方が間合いを掴めず困惑してくれるのですが……』



 不可視の刃を刀身に纏い、または切っ先から撃ち出す。

 《黄道法》の放出系闘技――《無光刃(むこうじん)》と呼ばれる技だった。

 対し、オトハは鼻を鳴らして笑う。



『ふん。私の右目は物こそ見えないが、恒力だけは見えるんでな。はっきり言って不可視の刃も意味はないぞ』


『有名な「銀嶺の瞳」ですか? 何とも才能豊かでうらやましいですこと!』



 そう吐き捨て、《羅刹》は間合いを外した。

 《鬼刃》の恒力値は三万七千ジン。つば迫り合いなどいつまでもしていられない。

 そして体勢を立て直すなり、今度は無数の斬撃を繰り出す!



『ふん。私相手に斬り合いを望むか!』



 オトハは不敵な笑みを浮かべ、《鬼刃》が主の意志に応える。

 紫紺の鎧機兵は《羅刹》が放った斬撃と同数の斬撃を繰り出した。

 そして、息を呑むような剣戟が始まった。

 袈裟斬り。横一文字。刺突。無数の煌めきの中、絶え間なく金属音が鳴り響いた。

 互いに一歩も引かず、ただ剣と刀だけをぶつけ合う。まるで根比べのようだ。



『中々やるな! カテリーナ=ハリス!』


『ええ、あなたも中々……と言いたい所ですが、化け物ですね! あなたは!』



 互角に見える剣戟も、徐々に差が開きつつあった。

 このままでは敗北は必至。しかし、カテリーナは笑みを崩さない。

 何の問題などない。自分がここで《天架麗人》を足止めすれば、その分、彼女の愛しい人は存分に《双金葬守》と「遊ぶ」ことが出来る。



(だから、あなたにはもう少し付き合ってもらいます!)



 カテリーナの無言の気迫に応え、《羅刹》は渾身の剣戟を放った。

 ギイィン、と一際高い音を奏でて《鬼刃》の刀がわずかに弾かれた。

 その一瞬の隙に《羅刹》は再び間合いを取り直す。

 オトハはクッと舌打ちし、カテリーナは笑う。



『ふふっ、どうしました? 折角の勝機を逃しましたよ』



 カテリーナは挑発する。別に勝てなくてもいい。自分の限界を見極め、喰らいついていけばいいのだ。それだけで彼の遊び時間は増えていくのだから。



『まだまだこれからですよ。存分に戯れましょうか。《天架麗人》』



 そう言って、再び間合いを詰める《羅刹》。

 ――ただ、愛する男のために。それが彼女の「欲望」。

 そのためだけに、カテリーナ=ハリスは剣を振るうのだった。

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