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第七章 開戦④

(……やれやれ。私としたことが)



 カテリーナ=ハリスは少し後悔していた。

 たとえ聞くに堪えないような禁句だらけの暴言を浴びせられたとしても、少々短慮だったかもしれない。そもそもあの少女の言う「おばさん」は的外れだ。

 自分はまだ二十五歳。まだまだ若い。とても若い。むしろボルドと二十歳も離れているため、彼に中々「女」として見てもらえず困っているぐらいだ。


 ……強がりではない。断じて。



(まったく。あんな子供の戯言にムキになるなんて……私も未熟ですね)



 しかし、改めて状況を鑑みると、そこまで悪い判断でもない。

 カテリーナは恒力値を精査する《万天図》を起動させると、眼前で身構える三機の恒力値をちらりと見やる。右から順に三千九百ジン。四千五百ジン。そして四千百ジン。

 どの機体も、皇国では精々中級程度の機体だった。



(……私の《羅刹》の恒力値はおよそ二万四千ジン。三機合わせても二倍近い差があるというのに、よく挑む気になりますね)



 これには少し呆れてしまう。カテリーナの愛機・《羅刹》は腹部に二つのA級《星導石》を内蔵した《九妖星》に次ぐ性能を持つ機体だ。

 いくら恒力値だけが戦力を決める訳ではないといっても、流石に差がありすぎる。



(ですが好都合。ボルド様なら《七星》が二人相手でも簡単に敗れることなど考えられませんし、何よりここで《金色聖女》を捕えればきっと喜んで下さるはず)



 さらに言えば、人質としても利用できる。

 慌てて援護に向かうよりも、こちらの方が断然効果的だった。

 そう考えを改め、カテリーナは妖艶に笑う。



『ふふっ、ではみなさん。お手合わせといきましょうか』




 一方、アリシア達は緊張していた。

 話を聞く限り、相手の実力は《七星》に次ぐものらしい。オトハの教え子である彼女達に、その凄まじさが分からないはずもない。

 だが、それでも彼女達は騎士候補生なのだ。無法者相手に引く訳にはいかない。

 三機は互いの顔を見合わせた。



『おっしゃああ! いくぜババア!』



 そして最初に気勢を上げたのはエドワードだった。

 愛機・《アルゴス》が真直ぐ槍を突き出して突進する。



『……口の悪い坊やですね』



 カテリーナが不愉快そうに呟く。同時に《羅刹》がレイピアをすっとかざした。

 鋭く光る切っ先は《アルゴス》の右肩に向いている。

 だが、当の《アルゴス》は気にかけない。多少の損傷は元より覚悟の上だ。それにあの細い剣で愛機の装甲を貫けるとも思えなかった。

 エドワードはさらに気炎を吐き、緑色の鎧機兵は刺突を繰り出した。



『くたばれババア!』


『本当に口が悪い。おしおきです』



 と、明らかに青筋を浮かべているであろうカテリーナの呟きに、《羅刹》が応えた。

 槍の穂先をすり抜けるように躱し、銀の閃光を解き放つ!



『ぐおッ!?』



 エドワードが驚愕の声を上げる。

 大して警戒していなかったレイピアの切っ先が、容易く愛機の装甲を貫いたのだ。肩当てからバチンッと火花が散った。

 困惑しながらも《アルゴス》は大きく後ろへと跳ぶ――が、



『遅い。隙だらけですよ』



 《羅刹》のレイピアの切っ先がゆらりと円を描き、直後、三つの銀閃が煌めいた。



『う、うわあ!?』



 《アルゴス》の右腕、右膝、そして左大腿部が容赦なく銀閃に貫かれる。

 エドワードは驚愕で目を剥いた。この間合いはレイピアの届く距離ではない。だというのに貫かれたのだ。驚くのも無理もない。

 そして瞬く間に四肢を壊された《アルゴス》は崩れ落ち、ズズンと倒れ込んだ。



『エ、エド!』



 ロックが目を見開いて友人の名を呼ぶ。

 そして彼の愛機・《シアン》が横たわる《アルゴス》に近付こうとする――が、



『ハルトさん、正面から近付いちゃダメ! その女は多分剣から集束させた恒力を撃ち出しているの! 間合いは関係ない。貫かれる!』



 アリシアの《ユニコス》に同乗するユーリィが咄嗟に制止の声を上げた。



『な、なんだと!』



 忠告され、慌てて足を止める《シアン》。しかし、わずかに遅かった。

 カテリーナが笑みをこぼす。



『ふふっ、流石は《双金葬守》の養女ですね。中々の洞察力ですよ《金色聖女》』



 言って、《羅刹》は再び銀閃を煌めかせた。

 今度は無数の連撃だ。


 ――ガガガガガガガガガガッ!


 轟音が鳴り響き、閃光の嵐が青い鎧機兵に襲いかかる!



『ぐ、ぐおおおおおおおおおおッ!』



 咄嗟に両腕を十字に組んで《シアン》は耐えるが、青い装甲が削ぎ落とされるように砕け、金属片が四方に跳び散っていく。



『あら。意外と頑丈な機体ですね。重武装の見た目は伊達ではありませんか。では少しばかりペースを上げますね』



 カテリーナは気軽な口調でそう告げると、さらに連撃の数を増やした。

 もはや《シアン》は身動き一つさえ取れない。



『ハ、ハルト!』



 その光景を前にして、アリシアが思わず級友の身を案ずる声を上げた。

 しかし、ロックに答える余裕などあるはずもなかった。


 そして――数秒後、横殴りの銀の豪雨は止んだ。


 同時に《シアン》はズシンと両膝をつく。その機体は無残な状態だった。両腕はほぼ原形を留めず、両足も穴だらけだ。意図的に操手の乗る胴体だけは避けたのか、それ以外の部位は無数の矢で射抜かれたような状況だ。当然、戦う力など残っていない。


 《アルゴス》同様、《シアン》もまた地面に倒れ伏すのだった。



『ハ、ハルト! 生きてるの!』



 アリシアが青ざめた顔で声をかけると、青い機体からは『何とか生きているが……すまん。もう動けん』と返ってくる。

 とりあえず級友が無事でホッとするアリシア。

 対し、カテリーナの方は艶然とした笑みを浮かべる。



『ふふっ、これで残るはあなたのその機体だけですね。アリシアさん』


『……クッ!』



 アリシアは舌打ちする。

 エドワードもロックも決して弱くはないのだが、あっさりと無力化されてしまった。

 正直、見誤っていた。まさかここまで実力差があろうとは――。



(どうする……。私に勝ち目があるとしたら……)



 アリシアは歯を軋ませて思い悩む。

 幾つかの戦術は思いつくが、どれも効果は期待できなさそうだ。



(実力差を鑑みれば、それこそ捨て身ぐらいか……)



 理由は定かではないが、あの女は何故か手加減しているようだ。それならば不意打ちで《雷歩》を使えば勝機はあるかもしれない。

 しかし、その攻撃は、恐らく相打ち覚悟の特攻になる。

 自分一人ならば、それでも躊躇わないのだが……。



「……アリシアさん」



 彼女の腰を掴む少女の声に、アリシアはハッとする。

 少女――ユーリィはさらに言葉を続けた。



「……私は大丈夫。昔はよくアッシュの後ろに掴まっていた」



 そして微かな笑みを浮かべ、



「だから、アリシアさんのしたいことをすればいい」



 と、力強い言葉で背中を押してくれる。

 アリシアは一瞬唖然としていたが、すぐに笑みをこぼした。



「ユーリィちゃん。ちょっと無理するけどいい?」


「うん。覚悟の上」



 言って、少女達は笑い合う。

 そしてアリシアの愛機・《ユニコス》は双剣を身構えた。

 カテリーナがすうっと目を細めた。



『……どうやらまだ足掻くようですね』



 そう呟き、《羅刹》が油断なくレイピアを構える。

 そうして二機の間に緊迫した空気が流れた――その時だった。



『……やれやれ。それは下策だな。エイシス』


『『――ッ!』』



 突如響いたその声に、対峙していた二人は息を呑む。

 続けて、それぞれの愛機が同時に森の奥へと視線を向けた。

 森の奥からは、ズシン……ズシンと足音が響いてくる。

 そして、現れ出てきたのは――。



『まったく。その女に《雷歩》で特攻などしても通じないぞ。勝てないと判断した時は迷わず撤退しろと教えていたはずなのだが……』



 それは、鞘に納めた刀を左手に携えた機体だった。

 四角い盾のような肩当てに、大きな円輪の飾りを額につけた兜。腰回りを覆うスカートのような鎧装を持ち、胸部装甲に炎の紋章を描いた紫紺色の鎧機兵。


 その機体の名は《鬼刃》。誉れ高き《七星》の一機。

 

 アリシア、ユーリィは瞳を輝かせ、カテリーナは初めて表情に緊張を浮かべた。



『未熟者め。だが、弟子達の不始末もまた師の仕事か』



 そう言って、《鬼刃》はすらりと刀を抜く。

 そして、その操手であるオトハ=タチバナは不敵に笑った。

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