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第七章 開戦①

 時刻は午後八時。空に月と星が輝く頃。

 アッシュ達から遅れること三十分。アリシア達四人は森の中で身を潜めていた。

 繁みの隙間からは遊覧船・《シーザー》が停泊する姿が確認できる。が、その他にも港にたむろしている人影も見える。



「……どうやらここで当たりみたいだけど、やっぱり見張りがいるのね」



 アリシアの声は心なしか小声だった。この繁みは港からかなり離れているので、まず声を聞かれる心配はないだろうが、やはり緊張は隠せない。

 それは他のメンバーも同様のようで。



「人数は十七、八人か。それに鎧機兵が九……いや、十機だな」



 ロックが神妙な声で呻き、隣で片膝をつくエドワードが首を傾げた。



「けど、ここで見張りをしてるってことは、あいつらは《黒陽社》なんだろ? まだ師匠達はここに来てねえのか?」


「……違う。あいつらは《黒陽社》じゃない」



 エドワードの問いに、アリシアの隣に屈んで座るユーリィが答えた。



「全然統率がとれてない。多分お金で雇われただけのごろつきだと思う。《黒陽社》の連中は平社員でもあそこまで質は低くない」


「……まあ、確かにそうよね。あんな連中が相手なら、アッシュさんやオトハさんが警戒する訳ないか。それに一応警備しているつもりなんでしょうけど、何人かは堂々とお酒を呑んでるみたいだし」



 そう呟き、アリシアが苦笑をこぼした。

 石造りの港にたむろしている連中は、前方を照らすランタンと警棒を持って周囲を行ったり来たりしている。だが、その足取りはふらふらで形だけの巡回だ。



「……どうも鎧機兵の動きも怪しいよな。時々立ち止まったり、ふらついてんぞ」



 エドワードが目を細めて、何機かの鎧機兵を観察する。

 どうやら操手も、機体の中で酒を摂取している可能性が高そうだ。

 その時、ロックがふと話を戻す。



「しかし、エイシス。さっきエドが言っていた話の続きだが、連中がまだここにいるということは、師匠達はここに来ていないのか?」


「う~ん。それなんだけどさ……」



 アリシアは頬に手を当てつつ答える。



「多分、もう《シーザー》に潜入しているんじゃないかしら。あの連中すっごく隙だらけだし、あの二人ならあっさり忍び込めそうでしょう?」



 その推測に他の三人は妙に納得した。言われてみれば連中と戦う意味などない。



「じゃあ、俺らはどうするよ? いくら酔っ払い相手でもあの人数じゃあ気付かれないように忍び込むのはしんどいぜ」



 エドワードの指摘に、アリシアは眉を寄せる。

 彼の言うことはもっともだ。元々彼らは潜入訓練など受けたこともないし、ユーリィに至っては戦闘訓練さえ受けたことがない一般人だ。



「…………」



 アリシアは無言になってしばし考え込む。

 エドワード達はリーダーである少女を信じて指示を待った。

 そして数十秒後。



「……よし。方針を決めたわ」



 アリシアが小さく頷いて呟く。

 それから繁みの前で並んでしゃがむ三人に視線を向けた。



「私達は鎧機兵を使ってあいつらを(おび)き出すわ」


「……? どうして連中を? わざわざ関わらなくてもいいと思う」



 小首を傾げて問うユーリィに、アリシアは不敵な笑みを浮かべた。



「あいつらってさ。多分ボルドっていうおっさんがダメ元で配備した連中だと思うの。まあ、何かの幸運でアッシュさん達を見つけたらOKぐらいの感覚でね」


「まあ、奴らの態度を見る限り期待できるとしたらその程度か」



 ロックが苦笑いを浮かべた。

 敵ながら少し同情してしまうような質の低さだ。



「うん。だからね。あえてあいつらには騒いでもらおうと思うの」


「それって……もしかして警報の誤作動みたいなことをする気なの?」



 ユーリィが再度尋ねると、アリシアは満足げに頷いた。

 奴らの役目はアッシュ及びオトハを見つけ出し、声を上げて騒ぐことだ。

 しかし、あえて対象外の人物を見つけさせ無意味に騒がせる。

 そうすることでアッシュ達の援護になるはず。

 アリシアはそう考えたのだ。



「うん。話が早いわね。ユーリィちゃん」



 本音を言えば、自らの手でサーシャを救い出したい。

 さらに言えば、あの好き勝手にしてくれたメガネ女をぶちのめしたい。

 アリシアは、それらの想いをグッと抑え込んで語る。



「それにもし、まだアッシュさん達が潜入していないのなら隙にもなるしね。これが私達に出来るベストだと思う」


「……なるほどな」



 と呟き、ロックが首肯する。



「俺は賛同だ。正直、俺達が師匠達の戦場にいても足手まといにしかならんからな。俺達にも出来ることを考えれば、それが最善だろう」



 そう告げて、ロックはエドワードとユーリィの方へ視線を向けた。



「まあ、俺も賛成だな。酔っ払いのごろつきレベルなら俺らでも何とかなりそうだしな」



 と、まずエドワードが賛同し、



「……私はそもそも戦闘には役に立たない。アリシアさん達に従う」



 続いて、ユーリィがそう告げる。

 全員の賛同を得て、アリシアが力強く頷く。



「ありがとう。みんな」



 改めて礼を言うアリシアに、全員が照れくさそうに頬をかいた。

 そして、エドワードが口を開く。



「けど、具体的にはどうする気なんだ?」


「うん。それなんだけど、ここに来る途中、森の中に少し大きな広場があったじゃない」



 言われ、三人は記憶を辿る。

 確かに思い当たる場所があった。木々の隙間から遠くに海岸が見える場所だ。何かしらの建物でも造るつもりなのか、広く伐採された人工の広場だった。

 アリシアは説明を続ける。



「ここからはそこそこ離れているし、そこに奴らを誘き出そうと思うの」



 彼女の作戦はシンプルだった。

 まずアリシアが、彼女の愛機・《ユニコス》に乗ってわざと奴らに発見される。

 次に、離しすぎないように奴らを広場まで誘導し、そこで全機――すなわち《ユニコス》に加え、エドワードの《アルゴス》、ロックの《シアン》で迎え撃つ。

 数的に見れば、十機対三機と圧倒的に不利だが、アリシア達は仮にも騎士候補生だ。酔っぱらったごろつきが操る鎧機兵など敵ではない。

 鎧機兵さえ潰してしまえば、残った人間達は一目散に逃げ出すだろう。生身で鎧機兵に立ち向かうことなど出来ないし、命を賭けるほどの覚悟も忠誠心もないはずだ。

 後は、そのまま姿をくらませてしまえば陽動としては完璧である。


 そして概要を語り終えてから、アリシアは仲間達に尋ねる。



「まあ、こんな感じなのを考えたんだけど、何か提案はある?」


「……私はどうすればいいの?」



 ユーリィが首を傾げて問うた。

 自身で告げた通り彼女は戦力外だ。今の作戦の中にも入っていない。

 すると、アリシアはまじまじと二人の少年を見据えてから、



「う~ん。ユーリィちゃんは悪いけど、私と一緒に《ユニコス》に乗ってくれる? 流石に男の人と二人乗りは嫌でしょう」


「うん。ハルトさんは体が大きくて狭そうだし、オニキスさんは死んでもイヤ」


「ユ、ユーリィさん!? 俺、何もしないっすよ!?」



 混じりッ気なしに嫌われている台詞に、エドワードが悲鳴を上げる。



「……諦めろエド。そもそも師匠と約束した三セージルルールを忘れたのか? 師匠もある程度は見逃してくれているようだが、流石に鎧機兵に二人乗りしたと知れば――」



 問答無用で塵にされるぞ、と締めるロック。

 エドワードは言葉もなかった。

 アリシアはそんな少年達に苦笑をこぼしつつ、話を続ける。



「ともあれ、何か異存はない? なければ実行に移したいんだけど……」


「ああ、俺に異存はない」


「……俺にもねえよ」



 力強い口調で答えるロックと、がっくりと肩を落として同意するエドワード。

 ユーリィは言葉には出さず、ただ頷いていた。



「じゃあ、作戦決行ね。ハルト、オニキスは先に広場に行って鎧機兵を喚んでおいて。出来れば不意打ちがベストだから、最初は木々の間に隠れておいてね」



 そこでアリシアは一度視線を《シーザー》の方へ向ける。

 視線の先では、未だ緊張感の欠片もないごろつきどもがたむろしていた。



「……決行は十五分後にするわ。二人とも頼りにしているわよ」


「おうよ! 任せておきな!」


「了解だ。エイシス、妹さんも気をつけてな」



 そう言って、二人の少年は森の奥へと消えていった。

 彼らの姿を見届けた後、アリシアは再び《シーザー》に目をやった。

 夜の闇に映える、美しい純白の船体。

 だが、その実態は銀の姫君を捕える魔王の城か。



「……見てなさいよ、メガネ女。サーシャは必ず取り返すから」



 そう呟き、アリシアは隣に座るユーリィの手をギュッと握りしめるのだった。

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