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第六章 少女の行方③

「さて。それじゃあ、作戦会議といきましょうか」



 全員が部屋に入るなり、いきなりアリシアがそんなことを言い出した。

 ユーリィ、エドワード、ロックの三人はキョトンとした表情で目を瞬かせる。



「……? 作戦会議だと? 何を言っているんだ、エイシス?」



 ロックが眉をしかめて尋ねると、



「当然、サーシャを救出する作戦会議よ」



 アリシアがやや慎ましい胸を張って堂々と告げる。

 ユーリィが訝しげな表情で小首を傾げた。



「何をする気なの? アリシアさん」


「はあ? お前さっき師匠達に『待ってる』って返事したばかりじゃねえか」



 と、呆れたような口調で告げるエドワード。

 アリシアはふふんと鼻を鳴らした。



「アッシュさんの前よ。私だってしおらしくなるわ。けど、サーシャが攫われたのよ。ただ待つなんて出来る訳ないじゃない。私達にも何か出来ることはあるはずよ」


「いや、その気持ちは分かるがな……」



 ロックが困惑した声を上げる。



「……危ないことをするとアッシュが怒る」



 ユーリィが渋面を浮かべて告げる。

 そしてエドワードもアリシアの制止に入った。



「そうだぞ! 余計な事をすりゃあ、後で師匠に怒られんぞ!」


「大丈夫よ。ユーリィちゃんが目一杯甘えながら謝って……後はそうね。オニキスが塵にでもなっとけば、アッシュさんはきっと許してくれるわ」


「……まあ、確かにそうかもしれんな」



 アリシアの説得力抜群な台詞に、ロックが腕を組んで呻いた。

 ユーリィも「なるほど」と納得している。

 一人、エドワードだけは「待て! お前、今さらりと俺に死ねって……」とわめいていたが、アリシアはふっと苦笑して、



「まあ、冗談はここまでにして」



 と、前置きし、



「……アッシュさん達が私達を心配してくれる気持ちは理解できるのよ。けど、サーシャは私の前で攫われたのよ。やっぱり私はこのままじっとなんてしていられない」



 そこでアリシアは悔しげに眉をひそめた。



「だけど、私一人じゃあどうしようもないのよ。アッシュさん達には後で私が全責任をとって謝るわ。危険な真似も出来るだけ避ける。だから、みんなには悪いと思うけど、どうか手伝って欲しいの」



 そう言って、アリシアは深く頭を下げた。

 三人は互いに目配せする。アリシアの気持ちは痛いぐらいよく分かる。

 ただこのまま待つだけの状況に苦痛を感じていたのは彼らも同じだった。


 シン、とした空気が部屋に流れる。

 

 アリシアを除く三人は、しばし考え込むように沈黙を続けた。

 そして数十秒後、最初に口を開いたのはロックだった。



「……頭を上げろ、エイシス。俺達も気持ちは同じだ」

 


 続いてエドワードが苦笑いをした。



「ったく。しゃねえなあ」



 結局、少年二人はアリシアに賛同した。

 級友の少女が、みすみす目の前で攫われたのだ。

 騎士を目指す少年としては、やはり大人しくなどしていられなかった。



「……ありがとう。二人とも」



 アリシアは顔を上げると、ロックとエドワードに礼を述べる。

 そして、沈黙を続けていた最後の一人。

 ユーリィは小さく嘆息すると、



「分かった。私も協力する。私も付いて行く」



 そう協力を申し出た。

 アリシア達は目を丸くした。



「ユーリィちゃん、それは……」



 そして、アリシアは躊躇うように口籠った。

 ユーリィは騎士候補生でもなんでもない。ただの一般人だ。

 アリシアとしてはユーリィだけは部屋に残して行くつもりだったのだが……。



「私も付いて行く」



 ユーリィがアリシアの瞳を見据えて、はっきりと告げる。

 有無を言わせない口調だ。



「私はこの中で唯一ボルド=グレッグを知っている。少しは役に立つと思う」



 敵を知っているのと知らないのでは、状況がまるで違う。

 少しでも危険を回避するため、こればかりはユーリィも譲れなかった。

 思わず沈黙する騎士候補生達。


 すると、ユーリィは少しだけ破顔して――。



「みんなで無事に帰ってアッシュに怒られよう」



 そんなことを言われて、アリシア達は思わず苦笑をこぼした。

 ――その通りだ。サーシャも含めて全員で帰るのだ。

 彼らの決意は今固まった。



「んじゃあ、頑張るっきゃねえか」


「ああ、そうだな」


「ガンバろ。みんな」



 と、三者三様の声を上げるユーリィ達。

 アリシアは目を細めて微かな笑みを浮かべた。



「……ありがとう。みんな」



 そして万感の想いを込めて、改めて礼を述べる。

 ロックは少し頬を赤くして頭をかき、ユーリィは微かに笑みを浮かべる。

 エドワードは肩をすくめた後、ふとアリシアに尋ねた。



「けど、実際どうすんだよ? 師匠は、なんか居場所が分かったみたいな言い方してたけど、詳しくは聞かなかったじゃねえか」


「うん。それなんだけどね」



 アリシアがあごに手を当てて俯いた。

 何やら考え込んでいるようだ。三人はただ黙って様子を見守る。

 そしてしばらくして――。



「……さっき、アッシュさんは『選択肢を一つにしてくれた』って言ってたわ」



 アリシアがようやく口を開く。

 ロックが腕を組みつつ、眉をしかめた。



「確かにそんなことを言っていたな。どういう意味だったんだ?」



 一番アッシュと近しいユーリィに視線を向けるが、彼女は首を傾げるだけだった。

 そんな二人をよそに、アリシアはぽつぽつと語り出す。



「……この街、ラッセルは海岸沿いにある街よ。ここから外に出るには二つ方法があるんだけど、それって何か分かる?」



 アリシアの問いかけには、エドワードが答えた。



「そりゃあ、門から出るか、後は海から船でも使うかだな」



 アリシアはこくんと頷く。



「その通りよ。要は陸路か海路ってこと。そして今、その一つ陸路が封鎖されている。二つの選択肢が一つになっているのよ」



 何かに気付いたのか、ロックが目を剥いた。



「……ッ! そうか、なら敵には……」


「ええ。海路しか逃走ルートがない状況なのよ」



 アリシアが腕を組み、そう断言する。

 対し、エドワードが訝しげな顔をして首を捻った。



「……? なんでだ? 師匠の話だと門が封鎖されたのは盗難事件のせいだろ。敵はそいつらの黒幕なんだろ? なんで自分から逃走ルートを一つ潰したんだ?」



 至極真っ当な意見だった。この状況は明らかに墓穴を掘ったようにしか思えない。

 すると、ユーリィが俯きながら、ぽつりと口を開いた。



「……もしかすると、ボルド=グレッグの本当の狙いはアッシュかもしれない」


「どういうこと? ユーリィちゃん」



 アリシアが尋ねると、ユーリィは顔を上げて、



「アッシュとあの男は今まで何度か戦ったことがあるの。けど、いつも何かしらの邪魔が入って決着がついたことがないの。だから……」


「今こそ雌雄を決する、か」



 ロックがユーリィの言葉を継ぐ。



「けど、ユーリィちゃん。それっていくらなんでもリスクが高すぎするんじゃない? だってオトハさんもいるのよ?」



 アリシアの疑問に、ユーリィはかぶりを振った。



「あの男はあまり気にしないと思う。どんな障害があっても今自分が一番したいことを優先させる。どこまでも自分の欲望に従う、そういう男だから……」


「……なにそれ。まるでガキみたいなおっさんね」



 アリシアが呆れ果てた声で呟く。

 エドワードとロックも同意見なのだろう。呆れた表情を見せていた。

 しかし、ユーリィだけは違っていた。



「……昔、アッシュが言ってた。あの男は恐ろしいって」


「……恐ろしい? アッシュさんが?」



 アリシアが目を見開いて反芻する。



「あの男の心には善悪の葛藤がないんだって。仲間のために身を呈することもあれば、何の躊躇いもなく人を殺すこともある。あの男はどちらの行動にも迷いがないの。心の中に善への呵責もなければ悪への陶酔もない。状況次第で簡単に反転する。あまりにも異常過ぎて、時々あの男が本当に人間なのかも疑うって……」



 ユーリィの説明に、アリシア達は言葉を失った。

 空色の髪の少女はさらに言葉を続ける。



「私もアッシュも他の支部長をもう一人だけ知っている。絵に描いたような残虐非道な男だけど、そいつの方が百倍マシだって。ボルドは善良なスタンスから何の前触れもなく悪逆な対応を取るから……それが怖いって」


「「「…………」」」



 アリシア達は沈黙していた。

 しばし静寂が部屋の中に訪れる。



(……そんな奴にサーシャが……)



 アリシアはキュッと唇をかむ。そして面を上げた。



「想像以上にヤバい状況なのね」


「……けどよ。海路っていっても、この街は一応港町でもある訳だし、漁船とかは無数にあんぜ? 奴ら一体どの船を使って逃げる気なんだよ?」



 エドワードの問いに、アリシアはふっと苦笑する。



「そんなの簡単じゃない」


「……? どういうことだ、エイシス。目星がついているのか?」



 今度はロックが問う。ユーリィも小首を傾げていた。

 アリシアは困惑する仲間達に告げる。



「まず、そのボルドって奴はアッシュさんと決着をつけたいと考えている、と前提に置くわよ。なら、アッシュさんが迷わないように海路の方も分かりやすいものを使うわ」


「分かりやすい海路?」



 ユーリィが怪訝な表情を浮かべる。



「それって灯台とか、何か目立つような場所から出航するってこと?」



 その問いに対し、アリシアは長い髪を揺らして首を横に振った。

 その可能性もありそうだが、恐らく違うだろう。この街はリゾート地だ。目立つスポットならいくつもある。まだ選択肢が多い。それでは辿り着けない場合も考えられる。



「……多分、目立つ場所じゃないわ。目立つ船で出航する気なのよ」



 その可能性が一番高い。アリシアはそう睨んでいた。



「目立つ、船だと?」


「お、おい! それってまさか!」



 ロックとエドワードが驚愕で目を見開いていた。

 一方、「その船」を直接見ていないユーリィだけは半信半疑の顔をしていた。

 そして、アリシアは神妙な面持ちで彼女の推測を告げた。



「遊覧船、《シーザー》……。奴らはあの鉄甲船を強奪してこの街から――いえ、この国から脱出する気なのよ」

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