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第六章 少女の行方②

 その部屋の中は、ずっと静寂で包まれていた。

 時刻は午後七時。部屋の名前は415号室。ホテルの男子部屋だ。

 今、その部屋には四人の少年少女がいた。

 腕を組み、瞑想するように瞳を閉じて壁にもたれるロック。

 眉間にしわを刻みつけたまま、机の上に肘をつくエドワード。

 そして、寄り添うようにベッドに座るアリシアとユーリィの四人だ。

 昨日までなら、そろそろ夕食のためにラウンジへ向かうところなのだが、今は誰も動こうとしない。ただ無言で出かけている二人を待っていた。


 そして――。


 ガチャリ、とドアが開く。

 全員の視線が跳ね上がるようにドアに集まった。



「……待たせたな」



 と言って、部屋に入って来たのは、険しい表情のアッシュだった。

 彼の後ろには同じような表情のオトハもいる。



「アッシュさん!」



 アリシアが白髪の青年の名を呼ぶ。

 それを切っ掛けに全員がアッシュとオトハの元に集まった。



「師匠! 騎士団に協力は頼めたんですか!」


「そうだよ! 第三騎士団はいつ動いてくれんだよ!」



 ロックとエドワードが声を震わせて問う。

 アッシュとオトハは、今までこの街に常駐している第三騎士団の詰め所に出向いていたのだ。目的はサーシャ捜索の依頼である。

 アッシュは一度息を吐いて答える。



「まあ、少し落ち着け。まず騎士団だが……」



 そこで微かに眉根を寄せて、



「今はサーシャの捜索に割ける人員がないそうだ」


「「――はあッ!?」」



 少年達が揃えて声を上げる。

 ユーリィは目を見開き、アリシアは露骨に柳眉を逆立てていた。



「それ、どういうことなんですか! 人が一人攫われたのに、この街の第三騎士団はそんなお役所仕事なんですか!」



 アリシアが吠える。

 彼女の父は第三騎士団の団長だ。こんな体たらくは許せなかった。

 しかし、アッシュはかぶりを振り、



「いや、そういう訳じゃねえよ。純粋に人手が足りないそうだ。話を聞いてくれた騎士のおっさんはすぐさま早馬をラズンに出してくれたよ」


「……え? それってどういう?」



 アリシアが怪訝な表情を浮かべた。

 すると、アッシュの隣に立っていたオトハが口を開く。



「なんでも、今日は街中で十三件も盗難事件があったらしい。それもほぼ同時にな。犯人達は馬に乗って街を出たそうだ。騎士団の大半がそいつらを追っている」


「そのせいで今、街の門は封鎖されているし、詰め所はほぼ無人だ」



 と、アッシュが言葉を続ける。

 ロックがグッと唇をかみしめた。



「それでは騎士団の応援は……」


「全く期待できねえな。いくら早馬を出してくれても、ラズンからだと到着は早くて半日後だろう。はっきり言ってそれじゃあ遅すぎる」


「……サーシャ……」



 アリシアが辛そうに顔を歪めて親友の名を呟く。

 その時、今まで沈黙していたユーリィが口を開いた。



「……ねえ、アッシュ。その十三件の盗難事件って……」



 そこでユーリィは躊躇いがちに視線を伏せる。

 アッシュは苦笑を浮かべた。



「ああ。多分、ボルドの野郎が裏で手を引いているんだろうな」


「……え?」



 アリシアが唖然とした声を上げた。

 ロック、エドワードも驚きで目を剥いている。



「素直に捉えるなら騎士団の動きを封じるのと、後は陽動、か?」



 オトハが腕を組んで、そう推測する。確かにその可能性は高い。

 しかし、アッシュはすぐには答えず、あごに手を当てて、



「……いや。これはアピールだ」



 かつて幾度も死合った男の性格からはっきりと断ずる。

 オトハは眉根を寄せた。他のメンバーも似たような仕種をしていた。



「わざわざ選択肢を一つにしてくれたんだよ。あの野郎……」



 言って、アッシュは獰猛に歯を見せた。

 要するに取り返せるものならばご自由に。といったところか。



(舐めきってくれてんな。ならいいさ。今度こそ塵に変えてやる)



 そう決断して、アッシュは拳を固める。

 そしてオトハに目配せし、



「……オト。大体、サーシャの居場所は分かった。手伝ってくれるか?」


「ッ! 居場所が分かったのか! ならば当然手伝うが……」



 と、答えるオトハ。アッシュは頷き、



「詳しくは道中で話す。今は急ぐぞ」



 そう言って、彼女と共に部屋を出ようとした――が、



「ま、待って下さい! アッシュさん!」



 アリシアがアッシュの手を掴んで止める。



「サーシャの居場所が分かったって本当なんですか! だったら私も!」


「そ、そうっすよ! 俺達も行くっす!」


「級友をこのままにしておけません」



 アリシア、エドワード、ロックの順にそう告げる。

 そして最後にユーリィがアッシュの上着の裾を掴んだ。

 上目遣いの眼差しは「私も行く」と静かに訴えかけていた。

 アッシュは嘆息しつつ、ユーリィの頭に手を置き、



「あのな。気持ちは分かるが、確実に戦闘になる場所にお前らを連れていけるか」


「……そうだな。なにせ、相手はボルド=グレッグ。かの《九妖星》の一人だしな」



 オトハが忌々しげな口調でそう吐き捨てる。

 アリシア達は訝しげに眉根を寄せた。聞き慣れない名称を聞いたからだ。



「あの、教官。その『クヨウセイ』とは?」



 ロックがオトハに問う。

 すると、オトハは神妙な面持ちを浮かべた。



「……《九妖星》か。それはな。《黒陽社》における最高戦士に与えられる称号らしい。ふざけたことに私達《七星》に対抗するために、あつらえた称号だそうだ」


「ッ! それって、敵には今《七星》クラスの人間がいるってことですか!」



 と、目を剥くアリシアに、今度はアッシュが答える。



「……ああ。どうも連中はキャリアアップに『戦闘力』って項目があるらしくてな。他の支部長や本部長とやらを全員知ってる訳じゃねえが、少なくともボルド=グレッグは俺やオトハと同格の実力を持っている」


「さらに言えば、お前達が会ったカテリーナ=ハリスも鎧機兵を扱えば、それに次ぐ実力があるらしいぞ」



 と、オトハが補足する。

 アリシア達は言葉もなかった。事態は想像以上に深刻だったのだ。

 アッシュはユーリィの頭から手を離し、言葉を続ける。



「だから、お前らを連れていく訳にはいかねえ。流石に危険すぎる」


「で、でもッ!」



 なお言い募ろうとするアリシアに、アッシュはかぶりを振る。



「アリシア。サーシャを心配するお前の気持ちはよく分かる。けど、ここは俺達を信じて待っていてくれ」



 言って、アッシュはアリシアの頭に手を置いた。

 アリシアが少し動揺する。アッシュの癖。他の女の子にするところはよく見ていたが、自分にされたのは初めてだった。

 ……頭を撫でられるなどいつ以来だろうか。



「アリシア。分かってくれるか」



 優しいアッシュの声。彼が自分を――自分達を心配してくれているのがはっきりと伝わってくる。アリシアはしばし迷うが、こくんと頷いた。

 リーダー格のアリシアが納得した以上、ユーリィとエドワード達も渋々承諾した。

 アッシュは、そんな彼らにふっと笑う。



「まあ、ゆっくり待っていてくれ。とっととサーシャを連れて帰って来るさ」


「私達は《七星》だぞ。《九妖星》が相手だろうが、二人もいて遅れをとっては沽券に関わる。フラムは必ず救出する」



 オトハが不敵な笑みを見せてそう告げる。



「……お願いします。師匠、教官」


「フラムのこと、頼むッす!」



 姿勢を正して頭を下げるロックとエドワード。



「アッシュ」



 ユーリィに名を呼ばれ、アッシュは片膝をついた。



「メットさんを助けてあげて」



 そしてユーリィはアッシュの首にしがみついた。

 アッシュはユーリィを抱きしめ、頭をポンポンと叩く。



「もちろんだ」



 言って、ユーリィから離れた。

 そしてオトハの顔を見やり、



「おし。じゃあ行くかオト」


「ああ、しかし、お前と一緒に戦場に立つのは久しぶりだな」



 どこか嬉しそうに言うオトハに、アッシュは苦笑を浮かべる。



「ったく。しっかりしてくれよオト」


「ふん。分かっているさ。私はお前と違って現役の傭兵だぞ。救出作戦など腐るほど経験している。断じて失敗しないさ」



 腰に手を当てつつ、たゆんと大きな胸を揺らして自信満々に語るオトハ。

 アッシュは再び苦笑した。



「ふふっ、そんじゃあ頼りにさせてもらうぞ、オト」



 そうやり取りして、二人は部屋を出ていった。

 残された者も全員部屋から出る。

 再び深々と頭を下げる少年達。ユーリィは無言でアッシュ達の姿を見つめていた。

 そしてアリシアは、



「……アッシュさん。オトハさん……」



 二人の背中が廊下の奥に消えるまで、その場に立ちつくすのだった。

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