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第五章 笑う男②

「うわあ、ここって眺めのいい場所だね」



 眼前に広がる光景に、サーシャが感嘆の声をもらす。

 ホテルに隣接する雑木林。そこを五分ほど進んで抜けた先に、その高台はあった。

 切り立った崖の上に、転落防止用の木製の柵があるだけのシンプルな場所ではあるが、ここからなら海が一望できる。


 ――結局、リーナの提案に対し、サーシャ達はすぐには回答できなかった。


 会ったばかりの人にそこまで甘えていいものかと思ったのだ。

 そこでリーナは、



『そうですね。では一度、《シーザー》の姿を見てみてはどうでしょうか?』



 と、さらに提案した。

 サーシャ達は一瞬迷うが、どうせ今日の予定はまだ決まっていない。何よりアッシュ達がまだ来る気配がなかったということで、リーナの提案に乗ったのである。

 

 そして現在。



「……ほう。あれが《シーザー》か」



 ロックが感心するように呟く。



「おお~、予想よりでけえな。それに帆がねえってのもホントだったんだな」



 柵に身を乗り出して、エドワードも声を上げる。その眼差しは興味津々だ。

 高台から遥か先。眼下には港に停泊する一隻の鉄甲船の姿があった。帆のない純白の船体。遊覧船・《シーザー》だ。あの船は昼と夜に一度ずつ遊覧するらしい。その準備をしているのか、今は何やら人の出入りが激しかった。



「けど、噂通りの綺麗な船ね……」



 アリシアは宝石でも見るような瞳で嘆息した。サーシャもコクコクと頷いている。

 すると、リーナがサーシャの後ろにすっと近付き、



「ふふっ。気に入られましたか?」



 と、少年少女達に尋ねる。全員の視線がリーナへと向いた。



「はい!」 



 サーシャが満面の笑みで答える。が、すぐに、



「けど、本当にご一緒してもいいんですか?」



 少し眉根を寄せて尋ね返す。やはり甘えすぎな気がする。

 しかし、リーナの方はただ微笑みを浮かべて、



「いえいえ、気にしないでください。すでにチケットあるんです。だったら、一人も八人も変わりませんわ」


「しかし、そんな大人数では流石にご迷惑をかけてしまう気が……」



 と、真面目なロックが呟くが、彼の相棒の少年は肩をすくめて、



「おいおい、ロックよ。リーナさんは一人じゃあつまらないから、俺らを誘ってくれてんだぜ。ここはご好意に甘えとくべきだろ」



 そんな調子のいい事を言う。すでにエドワードはその気になっているようだ。

 アリシアは少年達のやりとりに、ふっと苦笑を浮かべ、



「まあ、オニキスの言うことも一理あるわね。けど、見るものも見たし、まずは一旦ホテルに戻ってから、アッシュさんとオトハさんに聞いてみましょう。結論はそれからでもいいですかリーナさん?」


「はい。それで構いません」



 と、リーナは笑顔で了承する――ように見えたが、



「と、お答えしたいのですが、それは少々困りますね」



 赤い眼鏡の女性は頬に手に当て、そう答えた。

 アリシアと、他の三人も眉根を寄せる。何か問題でもあるのだろうか。



「あの、リーナさん? 何かご不都合でも」



 サーシャがそう尋ねると、リーナは本当に困ったといった顔をした。

 そして彼女は一度嘆息した後、



「ええ、実は……」



 と、切り出しながらサーシャの近くに寄り、



「私、《双金葬守》とは仲が悪くて……正直、彼に嫌われているのですよ」


「……え?」



 サーシャがキョトンとした声をもらした時だった。

 トン、とリーナの手刀がサーシャの首筋を打つ。途端、少女の全身から力が抜け、リーナに倒れ込む。赤い眼鏡をかけた女性はしっかりとサーシャを抱きとめた。

 それに仰天したのは、他の三人だ。



「サ、サーシャ!? どうしたの!?」


「お、おい、どうした? 立ち眩みか?」



 状況が分からず、困惑した声を上げるアリシアとロック。

 しかし、位置的にリーナがした事が見えたエドワードだけは違う言葉を告げた。



「おいリーナさん! 何の真似だ! なんでフラムを気絶させた!」



 アリシアとロックが、ギョッとしてエドワードの方へ振り向く。

 注目されたエドワードは喉を鳴らして二人に告げる。



「今はっきり見えたんだよ。この人がフラムの首筋に一撃入れたのが……」


「な、んですって……」



 アリシアが呆然として呟く。

 ロックはエドワードに倣い、リーナを睨みつける。



「どういうことだ、リーナさん。何故そんなことをした……」



 二人の少年がじりじりと間合いを測りつつ身構えた。

 級友がいきなり気絶させられたのだ。友好的な態度がとれるはずもない。

 しかし、リーナはそんな少年達の警戒などどこ吹く風で、



「ふふっ、まあ、そんなに気を張らないでください」



 言って、気絶したサーシャを柵に寄りかからせて地面に下ろす。



「しかしダメですよ。知り合ったばかりの人間をすぐに信用するのは。まあ、昼間であり人数も多い。多少気が緩むのも分からなくはありませんが……」



 そんな忠告じみた台詞を呟きつつ。

 リーナはロック達の方へと振り向き、深々と頭を下げた。



「まずは謝罪を。申し訳ありません。私、実はうそを申しておりました」


「……う、そ?」



 未だ呆然としたままのアリシアが反芻する。

 すると、リーナはにっこりと微笑み、



「はい。私の名はリーナではありません。まあ、愛称ではあるのですが……」



 そこで再び頭を下げ、彼女は改めて名乗る。



「私の本名はカテリーナ=ハリスと申します。以後お見知りおきを」


「お前の本名なんてどうでもいいんだよ! 答えろ! お前は何もんなんだよ! フラムを一体どうする気だ!」



 エドワードが気炎を吐く。同時にいつでも跳びかかれるように足に力を込めると、ロックに目配せした。ロックは軽く頷き、自身も強く地を踏みつける。



「エドの言う通りだ。答えろ、ハリスとやら。返答次第ではただでは済まさんぞ」


「そ、そうよ! サーシャをどうするつもりなの!」



 と、ようやくアリシアも状況に追いつき、身構えた。

 そんな臨戦態勢の三人に対し、カテリーナは少し困った笑みを浮かべた。

 そして、おもむろに頬に手を当てて――。



「う~ん、そうですね。説明するのも少し面倒そうですし……私が《黒陽社》の社員、と言えば通じますか?」


「「「――なッ!?」」」



 アリシア達は目を剥いた。

 その名は知っている。ほんの数十分前。彼らが話していた物語に出てきた名称だ。

 罪なき少年を無残に殺した《神隠し》の集団。それが《黒陽社》だった。



「う、うそだろ……なんで《神隠し》がこんな所に……」



 エドワードが困惑の声を上げる。アリシア、ロックも眉根を寄せていた。

 彼らにしてみれば、まるでお伽話に登場する悪い魔女がいきなり現実に現れたようなものだ。困惑するのも無理はない。

 しかし、カテリーナはアリシア達の動揺には構わず、



「ああ、知っているんですね。それは良かった。おかげで説明が省けました。なら私の目的も分かるでしょう?」



 と、自分の都合だけを語る。

 アリシアは歯をギシリと軋ませた。



「ふざけるな! 《神隠し》がサーシャに何の用よ! サーシャは《星神》じゃないのよ!」



 と、怒号を上げる少女に、カテリーナは小首を傾げた。

 そして少ししてから、ポンと手を叩き、



「ああ、なるほど。あなた達は我々の全容までは知らないのですね」



 そう呟いた後、アリシアに友好的な笑みを向けて説明し始める。



「《神隠し》と言っても、別に私達は《星神》だけを攫っている訳ではありません。それだけでは商売として苦しいので。需要があれば普通の人も攫います。それに……」



 カテリーナはいたずらっぽく笑みを深めた。



「何より最近のハーフの売れ行きは凄いんですよ。《星神》に次ぐ人気商品なんです」


「「「ッ!」」」



 三人の身体が震えた。同時に悟る。

 今ここでこの女を止めなければサーシャは――。

 自然と三人の拳がグッと固くなる。

 それを見るなり、カテリーナは眉根を寄せて、



「……皆さん、どうやらやる気のようですね」



 子供のいたずらを咎めるような口調で告げる。



「当然でしょ! このメガネ女!」


「……フラムをみすみす渡しはせん」


「そう言うこった! ここは三人がかりでボコらせてもらうぜ!」



 と、意気込む少年少女達に、カテリーナはやれやれとかぶりを振った。



「困りましたね。他の支部長の方々はともかく、私の愛しいボルド様は無関係な人間を傷つけることを良しとはされない方なのですが……」



 まあ、仕方がありませんか、と言葉を締めるカテリーナ。

 振りかかる火の粉は払わなければならない。ボルドとて自分が危機だったと言えばきっと許してくれるはず。殺さない限り問題はないだろう。

 そう判断したカテリーナは、すうっと目を細め、身体の力を抜いていく。

 そして赤い眼鏡の美女は、無造作に一歩踏み出した。



「では。軽くお手合わせしましょうか」

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