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第四章 邂逅④

 ホテルの四階。階段へ続く廊下にて。

 オトハは満面の笑顔を浮かべてユーリィの頭をポンポン叩いていた。



「エマリア。そんなに怒るな。クラインも悪気はなかったんだ」


「うるさい。黙れ。黒毛女」



 バシッとオトハの手を払うユーリィ。が、オトハは気にせず再びポンポンと叩く。

 ユーリィは歩きながら、忙しくオトハの手を払い続ける。



「あなたの頭カラッポなの? アッシュのやったことは完全なセクハラ。あっさり許すあなたが変なの。天罰いる?」


「ま、まあ、あれは事故のようなものだしな。私はあの程度気にはしないぞ」


「……じゃあ、オニキスさんとかが同じことをしても?」


「ん? その時は首を飛ばすぞ」


「…………」



 当然とばかりに告げるオトハに、ユーリィは無言になる。

 アッシュは、そんな二人の後ろに少し離れた位置で眺めていた。



(やれやれ。本当に何があったんだ?)



 そんなことを考えつつ、両腕を組んで黙々と二人についていく。

 結局あの後。何一つ説明されず、困惑したままアッシュは二十分近くも例の「抱っこ」でユーリィを宥め続けることになった。

 そして徐々に泣きやんでくるユーリィ。すると、今度はオトハの様子が変になった。

 最初は何やらもじもじしていたのだが、時々、うふふと笑いだすのだ。

 が、すぐにかぶりを振る。そしてまたもじもじ。次はうふふ。それの繰り返しだ。

 オトハとは長い付き合いなのだが、ここまで挙動不審な彼女は初めてだ。アッシュは冷や汗を流す。何か悪い物でも食べたのだろうか。

 まあ、そんな心配をよそに、最終的にオトハはご機嫌になったのだが。


 ともあれ、ようやくユーリィも落ち着き、アッシュ達は部屋を出ることにした。

 そして繰り広げられる目の前の光景。もはや意味不明である。

 と、悩んでいる内にも三人は階段を降りて、一階のラウンジに着いた。



(さて。メットさん達は……)



 アッシュは丸テーブルが密集するラウンジを見渡した……が、



「あれ? メットさん達はどこだ?」



 まばらに人はいるが、どこにもサーシャ達の姿がない。



「? おかしいな。さっきまではあの席にいたのだが……」



 オトハが中央辺りのテーブルを指差す。そこに人はいなかった。



「……待ち切れずにどこかに行った?」



 ユーリィが首を傾げる。



「いや、まだ今日の予定も決めていないんだ。流石にそれはないだろう」



 オトハがあごに手を当てながら、ユーリィに答えた。

 と、その時だった。



「失礼します。415号室のクライン様でしょうか?」


「……ん?」



 不意に名前を呼ばれ、アッシュは振り向いた。



「クラインは俺だが……」



 そこには、ロビーで受付嬢を担当する店員の一人がいた。

 彼女は深々と一礼すると、



「実は、アリシア=エイシス様から言伝を承っております」


「言伝? アリシアから?」



 アッシュは眉をひそめた。が、それには構わず店員は淡々と告げる。



「はい。エイシス様は十分程前に、お連れ様とご一緒にお出かけになられました」


「出かけた……って、どこに?」



 アッシュがそう尋ねると、店員はラウンジの窓――その奥の景色を片手で示し、



「あの雑木林の方面。海が一望できる高台へ行かれるそうです。なんでも下見ということで。三十分ほどで戻られるそうです。皆様にはお食事でもして待っていて欲しいと仰っていました。以上が言伝でございます」


「ふ~ん。そっか。ありがとな、店員さん」



 アッシュが笑みを浮かべて感謝を述べると、店員は「いえ。それでは失礼します」と言ってロビーに戻っていった。



「あいつら……下見とはどういう意味だ?」



 オトハが眉根を寄せて呟く。朝の時点ではそんな話は聞いていない。

 ユーリィも首を傾げて、



「私達がいない間に、メットさん達の間で何か提案があったのかも」


「う~ん、そうかもな。けど、考えても仕方がねえし、とりあえず朝飯にしようぜ。どうやらじきに戻ってくるらしいしな」



 そう言って、アッシュは空いているテーブルの席に着く。

 ユーリィとオトハは一瞬だけ顔を見合すが、すぐに後に続いた。

 そして三人は近くのウエイトレスを呼び、それぞれ食事を注文する。


 オトハとユーリィは、朝食メニューであるトーストセット。トーストと目玉焼き。そしてサラダ。食後にコーヒーがつく定番のセットだ。

 一方、アッシュは朝から大盛りのパスタだ。痩身の割に彼は結構な大食漢で、このぐらい食わないと食った気にならないらしい。


 そうしてしばらくして注文品が届き、アッシュ達は食事をとった。

 少々遅めの朝食のためか、三人とも食が進み、瞬く間に皿を平らげる。


 そして――。



「しかし、メットさん達、少し遅せえな」



 空になった皿を片付けるウエイトレスに軽く礼をし、アッシュがそう告げる。



「そうだな。そろそろ三十分。あいつらが出かけてからは四十分か……」



 オトハが運ばれてきたホットコーヒーを手に取りながら答える。

 すでに予定の時間より十分遅れている。



「……今日はみんな遅刻してばかり」



 ぶすっと呟くユーリィ。彼女の手にはアイスコーヒーが握られていた。

 暗に、愛娘に責められ、アッシュは苦笑いを浮かべる。



「ああ、悪かったよユーリィ。まあ、今後は頑張って起きるよ」


「ほう? クラインさんは朝が弱いんですか?」


「いや、たまにな――」



 不意に会話に入ってきた声に、アッシュは硬直する。

 オトハ、ユーリィも唖然としていた。



「いけませんねえ。寝坊は感心しませんよ」



 その声はさらに続く。



「ましてや団体行動。バカンスとはいえ他人に迷惑をかけてはいけません」



 アッシュの真後ろのテーブル。そこに座る男がふふっと笑った。

 かなり派手な柄シャツに、茶系統のハーフパンツ。完全に観光客の風体をした四十代の小柄な男性。糸のように細い眼が特徴的な男だった。



「き、貴様はッ!」 



 ガタンッと椅子を倒し、オトハが常に帯刀している小太刀の柄に手をかける。

 ――が、



「待て! オトッ!」



 アッシュが鋭い声で制止をかける。

 オトハは視線だけは男から離さずアッシュに問う。



「何故止める、クラインッ! こいつはッ!」


「……今はまだ手を出すな。それよりユーリィを頼む」



 言われ、オトハはハッとする。

 見るとユーリィは目を見開き、微かに震えていた。



「……エマリア」



 オトハはユーリィの傍に寄ると、ゆっくりと立たせてギュッと抱きしめる。

 その様子を、男は優しげな眼差しで見つめて、



「ふふ、まるで母親ですねタチバナさん。クラインさんの奥さんのようですよ」


「……貴様に言われても、嬉しくも何ともないな」



 オトハは男を睨みつける。

 だが、射抜くような眼光を前にしても、男はくつくつと笑うだけだ。



「……てめえ、一体何の用だ?」



 身体を反転させ、椅子に座ったままアッシュが問う。

 すると、男はテーブルの上で指を組み、



「いえ、ただあなたと旧交を温めにきただけですよ。しかしまあ……」



 そこで懐かしむように目尻を下げ、



「いやはや、お久しぶりです。クラインさん」



 ――《黒陽社》第5支部・支部長。

 ボルド=グレッグは、親しげに笑った。

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