エピローグ
その日。
やや早い朝。シェーラ=フォクスは一人、墓所に来ていた。
服装は騎士服だ。戦うための服である。その手には花束を携えている。
シェーラは墓所の中を進む。
そうして一つの墓の前で足を止めた。
十字型の石碑。
エレナ=フラムの墓だった。
「………」
シェーラは無言で膝を折り、花束を添えた。
それから両手を重ねて、静かに祈る。
シェーラはずっと瞳を閉じていた。
どれほど経っただろうか。
ややあって、シェーラは瞼を上げて立ち上がった。
「……エレナさん」
シェーラは亡き女性に語り掛ける。
「想定外なことが起きているのであります」
シェーラは嘆息した。
アランの妻が眠る地。ここにはシェーラは何度も訪れていた。
それこそアランと結ばれる前からだ。
そして何かがある度に、シェーラは彼女に語り掛けていた。
「エレナさん。ここに来て、アランがモテオーラを発揮しているのであります」
それも結構な本音の吐露だった。
「実のところ、アランがモテるのは知っていたのであります」
胸に片手を当てて、シェーラは言葉を続ける。
「アランは何だかんだで人たらしですから。だから、きっと密かに潜んだ恋敵とかは想定していました」
けれど、と続けて、
「まさか婚約もしたこのタイミングで出てくるとは思わなかったのであります」
シェーラは嘆息した。
元々、前回ここに来た時に墓前に語ったのはサーシャについてのことだった。
エレナの娘であり、シェーラにとっては義娘となる少女。
どんなタイミングで再婚を伝えればいいのか。
果たして義母として受け入れてくれるか。
そんな不安をずっと抱いていた。
しかし、それもすべて吹き飛んでしまった。
「……サーシャさんが比較的に受け入れてくれたのは良かったのですが……」
ある意味、それ以上の問題が発生してしまったのだ。
「まさか、白鳥の君・キャロライン=ゴドスと、獅子王・アンジェラ=ダレンが名乗りを上げるなんて想定外なのであります」
しかも、何故か彼女たちとは仕合をする方向になってしまっていた。
二人とも名のある上級騎士だ。決して弱者ではない。
師・ラゴウ=ホオズキの指導を受けて、格段に実力を上げたシェーラではあるが、それでも油断できるような相手ではない。
むしろ長期戦に不利という弱点も抱えてしまった以上、敗北も充分にあり得た。
「……シェーラにとっては」
小さく嘆息して、シェーラは語る。
「サーシャさんとのあの決勝戦が最大の決戦だと思っていました。まさか、ここで最終戦が勃発するなんて想定外であります」
しかも二連戦だ。
きっと苦戦は免れない。
だが、それでも――。
「ここで逃げる訳にはいかないのであります」
シェーラは、エレナの墓を見つめた。
「シェーラはアランを愛しています。その想いは本気です。誰にも負けるつもりはありません。ただ、だからこそ……」
一拍おいて、
「彼女たちの本気も分かるのです。シェーラは逃げる訳にはいかないのであります。アランの妻として、彼女たちの想いを正面から受け止めるのであります」
そこで「そもそも」とシェーラは苦笑を浮かべた。
「シェーラは負けず嫌いなのであります。あの日、サーシャさんには負けてしまいましたが、だからもう負けるのはご免なのであります。だからエレナさん」
そして、シェーラはエレナの墓前にて誓う。
「シェーラはもう負けませんから。あなたと同じアランの妻として」
◆
同時刻。
とあるホテルの食堂の一席にて。
二人の美女がモーニングセットを注文していた。
ユエとオトハである。
ユエは一心不乱に朝食をとっているが、オトハは無言だった。
ユエをまじまじと見つめて、
(こいつが私の義母になるのか……)
そう考えると、何とも言えない気持ちになる。
ユエのことは嫌いではない。
ただ、やはり気まずさのようなものを抱いてしまう。
ユエとオトハが並んでいる時、果たして母娘だと思う人間が何人いるだろうか。
家族だと告げれば、ほとんどは姉妹だと思うはず。ユエの方が年上ではあるのだが、下手をすれば、オトハの方が姉だと思われるような気がする。
(恋愛は自由だ。それに私ももう大人だ。父親の再婚に口出す気はないが……)
複雑な気分は拭えない。
すると、
「ん? オトハ?」
自分の分の朝食を食べ終えたユエが口を開いた。
「何だ? 食べないのか?」
「ああ。食欲がな」とオトハが答えると、ユエは「ならユエがもらうぞ」と言ってオトハの分の
モーニングセットの皿を自分の元に置いた。
再び食事を始めるユエ。オトハが「よく食べるな」と呟くと、
「ん。だって二人分だしな」
ユエはそう答えた。
(ああ。そうだった。弟か妹もいるんだった……)
オトハはますます気まずくなった。
しかし、それは今さらだ。
父の再婚も、弟妹の誕生も祝福するつもりだった。
今日、ここに訪れたのは完全な別件なのである。
アッシュからあんな話を聞いた以上、父の元に訪ねずにはいられなかったのだ。
「ユエ」
オトハは問う。
「父はまだなのか?」
「ん。多分もうじき来ると思うぞ」
と、ユエがそう返した時、彼女はスンと鼻を鳴らした。
「お。言ってる傍から来たみたいだぞ」
彼女は食事を止めて振り返った。
「オオクニ~」
そして大きく手を振った。
オトハも彼女の視線の先に目をやった。
そこには確かに父がいた。
白髪の混じった黒髪に顎髭。《黒蛇》の団服でもある黒い革服の上に、白いファーの着いた黒いコートを羽織っている。
最後に会った時と、ほとんど変わらない父の姿だった。
まあ、状況においては、父も、自分の方もかなり変ってしまったのだが。
「……父さま」
「……おう」
父はユエの隣の席に腰を降ろした。
そして、少し気まずげな様子で父はこう尋ねる。
「久しぶりだな、オト。元気だったか?」
第18部〈了〉
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