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【第18部まで完結】クライン工房へようこそ!  作者: 雨宮ソウスケ
第18部

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第八章 かくして舞台は整った④

 彼女の白き姿は、とても月夜に映える。

 夜を吸い込むような白のイブニングドレス。

 大きく開かれた背中からは、負けずと白い白磁の肌が見えていた。

 まさに純白の乙女だった。

 唯一、赤い唇が、なお彼女の美しさを際立てていた。


 ――キャロライン=ゴドス。

 普段の彼女は男装を好む。私服でもだ。そのため、付き合いの長いアランでさえ、こうして着飾った彼女の姿は初めて見た。

 驚きつつも、アランは思わず魅入っていた。

 すると、


「そ、その、アランさん……」


 キャロラインが少し頬を赤らめて視線を逸らした。


「まじまじと見つめられると、少し照れるかな?」


「あ、ああ。すまない」


 アランは謝罪した。


「少し驚いたんだ。とても綺麗だぞ。キャロ」


「……そ、そう」


 キャロラインは視線を逸らしたまま、口元を片手で抑えた。

 その首筋も耳も朱を帯びていた。


「それは良かった。ぼくは普段ドレスアップなんてしないから不安だったんだ。本気で着飾ったらアンの方がスタイルいいし、ぼくは貧相な感じがするかなって思って」


「いや、そんなことはないだろ」


 良くも悪くも、根が真っ直ぐなアランは言う。


「確かにアンがドレスアップすれば綺麗なのは間違いないだろうが、だからといってキャロが劣るものか。ただタイプが違うだけだ。アンが太陽ならキャロは月だ。正直、今の君は《夜の女神》かと思うほどだったぞ」


「……そ、そう……」


 キャロラインは、思わず背中を向けた。

 頭から湯気でも出そうなほどに白い肌が火照っている。


「も、もう。アランさんはそういったところは直球だなあ」


 大きく息を吐き出して、再びアランの方に振り返る。

 そして、


「アランさん」


 彼女は微笑んで願う。


「ぼくと踊ってくれますか?」


「……私は……」


 アランは一瞬言葉を詰まらすが、


「……ああ。喜んで」


 そう返して、彼女に手を差し伸べた。

 奇しくも、戦火の中で初めて出会ったあの日のように。

 そしてあの日と同じく、キャロラインは彼の手を取った。

 アランは彼女を抱き寄せてダンスを始める。

 音楽もない。

 夜を天蓋とした静かなダンス。

 二人は互いを見つめて踊り続けた。

 ややあって、それも終わりを迎える。

 互いの手を掴んだまま、二人はダンスを終えた。

 夜の公園に沈黙が降りる。

 そして、


「キャロ。私は……」


 アランは双眸を細めた。

 キャロライン=ゴドス。ゴドス伯爵家の令嬢。

 その性格は冷静沈着で知られている。ある意味で非情であるとも騎士団内では噂されることもあるが、そんなことはない。

 仲間の負担を減らすためにこそ、彼女は常に冷静でいるのだ。

 本当の彼女は冗談が好きでよく笑う女性だった。

 アランはその笑顔を何度も見てきたものだ。ただ、その笑顔を見せる相手が、アランとアンジェラだけであると知らなかっただけだ。

 全く気付いていなかっただけだ。


「……アランさん」


 キャロラインは微笑んだ。


「ぼくの気持ちはもう知っているんでしょう?」


「……ああ」


 アランは渋面を浮かべつつ、首肯した。


「すまない。私はつくづく愚鈍だな」


「そこはぼくも――ぼくとアンも悪かったと思うよ」


 キャロラインは、アランの手を強く握り直して、苦笑を浮かべた。


「二人してとことん臆病者だったから。戦う勇気がなかったんだ。だけど」


 彼女は真っ直ぐアランの顔を見据えた。


「……もう逃げないよ。ぼくは戦う。そして勝つ」


 一拍おいて、


「シェーラ=フォクスにも。エレナ=フラムにもだ」


「……キャロ」


「今夜はその決意表明だよ」


 キャロラインは再び微笑んだ。


「ぼくにとっても、アンにとってもね」


「キャロ……」


 アランは渋面のままだ。


「私はそんな大層な男ではない。特別なところなど一つもない。それこそどこにでもいるような男だ。君やアンにそこまで想われるほど……」


「ダメだよ。自分を卑下するのはやめて」


 キャロラインは、少し怒ったような表情を見せた。


「それはあなたを選んだエレナさんやシェーラさんにも失礼だよ。もっと自覚して。ぼくたちにとって、あなたは誰よりも大切で特別な人なのさ」


「……キャロ」


 アランは言葉を詰まらせた。

 キャロラインは彼の手を離して、少しずつ下がっていく。


「ぼくは勝つよ。あなたの妻の座を諦めない」


 月光の下で、彼女はドレスを翻した。


「ぼくの全身全霊を見せてあげる。覚悟しててね。アランさん」


 そう告げて、キャロラインは去っていった。

 アランは一人、高台の公園に残った。


(……俺は……)


 夜空を見上げる。


(……どうすればいいんだ)


 アンジャラとキャロライン。

 彼女たちの覚悟を。

 想いの強さを、まじまじと見せつけられた。

 ――彼女たちを傷つけたくない。

 アランが抱くそんな感情など、むしろ非礼に当たるほどだ。


(俺はシェーラを愛している)


 その想いに嘘偽りはない。

 すでにシェーラがいるから、彼女たちの想いに応えられない。

 それは美徳ではある。

 しかし、それは彼女たちの想いを拒否する理由にはなりえないのだ。

 ある意味で非情であり、彼女たちのことを何も見ていないと宣言するものだ。

 断るのならば、倫理や美徳などではない。

 一人の男として、彼女たちの想いを断ることが筋なのである。


「……だが……」


 アランは呻く。

 彼女たちを否定するところなど、どこにあるというのか。


「……教えてくれ。俺は、どうすればいいんだ」


 アランは空を見つめて問う。

 しかし、満天の星空が答えてくれることはなかった――。


 いずれにせよ。

 舞台は整い、決戦の時は近づいていた。







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