第八章 かくして舞台は整った②
「……ということになっているんだ」
休日の夜。とあるバーにて。
アランはガハルドを連れだして現状を語った。
ちなみに偶然ここで合流することになったオオクニもいる。
「……おま、それ……」
流石にガハルドも言葉を失っていた。
シェーラのことはすでに知っていたが、まさか親友に、四十を超えてからここまで盛大なモテ期が訪れていたとは。
「……すげえな」
オオクニは正直に感想を言った。
「一気に三人の美女にガチの求婚をされた訳だ」
あごに手をやり、
「しかも全員が二十代。いぶし銀全開だな。モテるなアラン」
「……やめてくれ」
アランはカウンターに突っ伏した。
「何がいぶし銀だ。とんだポンコツだよ。まさかアンとキャロが俺なんかにそんな想いを持ってくれてるなんて考えもしなかった」
言って、果実ジュースを一気に飲み干す。
アランは酒に滅法弱い。
精神的にも弱っている時に飲酒すれば潰れるのは分かっていたので自粛していた。
まあ、その結果、素面で現実と向き合わなければならないのだが。
「……お前、それでどうするんだ?」
ガハルドが神妙な声で問う。
「三人の内、誰を選ぶんだ?」
「それはシェーラに決まっている」
アランは即答する。
「俺の妻はシェーラだ。ただ、アンとキャロを傷つけたくはないんだ」
彼女たちはアランにとって部下であり、あの子たちが学生の頃から知っている。
間違いなく大切な相手だった。
「だから、どうやって断ればいいのか悩んでいるんだよ」
「……まあ、お前らしいか」
ガハルドは苦笑した。
「しかし、それならそれではっきり言えばいいだけだろ?」
「まあ、そうなんだが……」
と、アランが渋面を浮かべた時、
「なあ、ところでよ」
オオクニがくいとグラスを呷って尋ねる。
「アランの本命は分かるが、そのアンジェラとキャロラインって娘か? その娘らはお前さんの目から見てどうなんだ? 『友人』でも『部下』でもなく『女』としてだ」
「……それは……」
アランはオオクニの方に目をやった。
オオクニは、コトンとグラスをカウンターに置いた。
「潔いのはお前さんの美徳だな。けどよ、『友人』や『部下』だからってのを理由で断るのは相手にとって辛いぞ。『男』としての言葉で振ってやれよ」
「…………」
アランは黙り込む。
「オオクニ殿。それは正論だと思うが」
ガハルドもオオクニの方を見やる。
「すでにアランは妻と考えている女性がいる。理由としてはそれで充分じゃないか?」
「……ああ。そっか」
オオクニは苦笑を零した。
「あいつの話を聞いたせいかな。ちょいと思考が片寄ってたか。そうだよな。お前さんたちは一夫一妻が基本なんだな」
「「…………は」」
アランとガハルドは目を瞬かせてオオクニを見据える。
オオクニはバーテンダーに新しい酒を注文した後、皮肉気に笑った。
「世界は広い。一夫多妻が主流の国もあんのさ」
バーテンダーから新しいグラスを受け取り、オオクニはくいとグラスを呷る。
「そういった国では既婚者だろうが、本気で求婚されることもある。そんな相手に自分には嫁さんがいるからなんて理由になんねえよ」
オオクニは、カランとグラスの氷を揺らした。
「自分や相手の立場とか事情とかじゃねえ。相手がどんな人間なのか。それを知って考えた上で断るんだ」
「……そういうものなのか」
ガハルドはあごに手をやった。
「実はこの国でも男爵位以上ならば一夫多妻も認められている。まあ、この国は島国ゆえに他国からの侵略は免れていたが、とある理由で戦死者が多かった。結果、後継者がおらず断絶になった家も少なくはないからな」
「ああ。それも一夫多妻が主流な国のあるあるだな」
オオクニは苦笑を浮かべた。
「一夫多妻が主流な国は子育ての考え方も違うからな。そもそも父親と母親。たった二人だけでガキを育てようってのが相当に厳しんだよ。しかも、最低でもどっちかは働かなきゃ食っていけねえ。一人だけを想う純愛は美徳でもあるがリスクもあんのさ。ただ、どんな生き方であっても重要なのは――」
オオクニはアランを指差した。
「愛ってのは貫くもんだ。一人を一途に愛するのは素晴らしいさ。疑いもねえ。だが、すべてを愛するってのにも覚悟がいんだよ」
まあ、俺はあいつのその覚悟ってのを見定めようと思ってんだがな。
苦笑のまま、オオクニは小さくそう呟いた。
「けど、せっかく一夫多妻が認められてんだろ? 何ならいっそ三人とも嫁にする覚悟を見せるのもありじゃねえか?」
「……俺は男爵位を持っていない。だからそもそも無理だ」
アランは嘆息した。
「まあ、シェーラのフォクス家は侯爵位、キャロのゴドス家は伯爵位、アンのダレン家は男爵位を持っているけどな」
「……考えれば、全員爵位持ちの家の令嬢というのは凄いな」
ガハルドが何とも言えない顔をした。
「歴史の長さ以外では全員格上だな」
「うっせえよ。フラム家を舐めんなよ」
ブスっとアランが言う。
「男爵位までなら購入も出来る。その気になればダレン家とは同格だ」
「なんだ。なら問題ねえじゃねえか」
オオクニが、ニヒヒと笑ってアランの背中を叩いた。
「全員嫁に貰っちまえよ。それも男気だ。後継者問題だって確実に解決するぞ」
「……いや、あのな」
アランは半眼をオオクニに見せた。
「そもそもサーシャの話だと、今回俺は景品みたいな扱いなんだぞ。それに」
一拍おいて、アランはガハルドに目をやった。
ガハルドには、アランの考えていることが分かった。
「……ああ~」
と、天を仰ぐ。そして、
「「ゴドーみたくなりたくはないな」」
二人は声を揃えて悪友の名前を呟くのだった。
実に十一人も嫁がいるという悪友である。
しかし、当然ながらオオクニはその人物を知らない。
「いや。誰だよ。そいつ」
「いるんだよ。俺たちの連れに一夫多妻をしている奴が」
と、アランが言い、
「まあ、あいつは次元が違うけどな。嫁さんの数も」
ガハルドが肩を竦めた。
「へえ。そうなのか。どんな奴なんだ?」
と、オオクニが尋ねた時だった。
――カラン、コロン。
不意にバーのドアベルが鳴った。
来店者だ。
バーテンダー、アランたちもドアの方に目をやる。
そこにいたのは意外な人物だった。




