第八章 かくして舞台は整った①
「……ということになっているんです」
翌日。クライン工房の一階にて。
早朝から訪れたサーシャは、クライン工房の住人たちであるアッシュ、ユーリィ、シャルロット――ついでにゴーレム九号もいる――に事情を告げた。
この場にはオトハもいるのだが、彼女はすでに事情を聞いているので二回目だ。
来訪者のサーシャも含めて、アッシュたちは作業机の近くで、それぞれ丸い椅子を持ちだして座っていた。
アッシュも、ユーリィも、シャルロットも流石に驚いていた。
そうして、
「えっと……」
ユーリィが口を開く。
「メットさんのお父さんってそんなにモテてるの?」
「……そうみたい」
娘としては複雑な想いで苦笑を零すサーシャ。
「まさかこのタイミングで三人も現れるなんて思わなかったけど」
膝の上に置いたヘルムを見やり、小さく嘆息する。
「……それで」
シャルロットが眉根を寄せて問う。
「三人の決闘が決まったことまではお聞きしましたが、ルールとかどうなるのです? ルカさまはどのような提案を?」
「……それは……」
サーシャは少し気まずげに言葉を詰まらせた。
すると、オトハが腕を組んでかぶりを振った。
「まあ、王女は時折とんでもない提案をあるからな」
「まさか総当たり戦? 一番勝った人がメットさんパパのお嫁さんとか?」
ユーリィがオトハを見やりそう尋ねるが、オトハは「……いや」と呟き、
「これは彼女たちにとってはフォクス嬢を見極めるための戦いだ。総当たり戦では意味はない。あくまでフォクス嬢と彼女たちの決闘だ。ただ……」
一拍おいて、
「それでは彼女たちにはメリットはないというのが王女の弁だ。彼女たちの積年の想いは昇華されることはない。だから」
オトハはそこで「むむむ」と唸り、サーシャに目をやった。
サーシャは躊躇いつつも、こくんと頷いた。
「ルカが提案したのは、逆にシェーラさんが、アンジェラさんとキャロラインさんを見極めるというものだったの」
サーシャはユーリィを見つめて言う。
「……逆に見極める?」
ユーリィと、彼女の隣に座るシャルロットも小首を傾げた。
サーシャは「うん」と頷き、
「お父さまが生涯において二人目の女性として選んだシェーラさんが二人を見極めるの。もし二人がそれぞれシャーラさんに勝ったら」
そこで小さく嘆息する。
「その日から半年間。再婚は半年間保留にして、彼女たちには、お父さまと付き合える権利を与えるの。シャーラさんも含めて半年間、親睦を深めてから、お父さまには四つの選択肢から選んでもらうのよ」
「新しい奥方に誰を望むかですか……」
シャルロットがあごに指先を置いてそう呟くが、ふと小首を傾げた。
「え? 四つ? 三つではなく四つの選択肢ですか?」
「……はい。そうです」
サーシャは首肯した。
「シェーラさんか、アンジェラさんか、キャロラインさんか。そして……」
こればかりは本当に気まずそうに言う。
「全員を選ぶかです」
「「「…………………」」」
全員が沈黙した。
何とも気まずい雰囲気だ。
特にアッシュは非常に気まずい。腕を組んで唸っていた。
まあ、九号だけは「……オオ」と手を叩いていたが。
「誰も選ばないという五つ目の選択肢もありますけど、すでにお父さまはシャーラさんを選んでいる以上、流石にそれはないと思います」
そう補足してからサーシャは言葉を続ける。
「シャーラさんたちも困惑してたけど、偶然にも最近、騎士団の中で一夫多妻婚を果たした人たちもいたから、その選択肢も含めて承諾したの」
「……流石はルカの提案……」
ユーリィは少し畏怖を抱きつつ呟いた。
元々彼女たちの一夫多妻の案を提示したのもルカだった。
この提案も必然だったかもしれない。
――と、
「……サーシャ。それは」
その時、初めてアッシュが口を開いた。
「親父さんの方にはもう話したのか?」
「うん」
サーシャはアッシュを見つめて告げる。
「お父さまには昨日の晩に告げたよ」
「それで親父さんはなんて言ったんだ?」
「流石に魂が抜けてた」
サーシャは本当に気まずそうに言う。
「アンジェラさんたちの想いを知ったのも初めてだったし。それを娘から聞かされたら流石にショックだったんだと思う」
一呼吸入れて、
「私も少し意地悪しちゃったから。お母さまのドレスを着たりして。お父さま、昨日はほとんど何も言わずに部屋に引き籠っちゃった」
「……まあ、当然そうなりますね」
シャルロットが片手を頬に、気の毒そうにそう呟く。
対し、サーシャは「けど」と告げて、
「お父さまにとってシャーラさんはもちろん、アンジェラさんたちも大切なはずだから三人とも無下には出来ないと思います」
「……もしかしてルカはそれを狙っていた?」
ユーリィが言う。
「ここでメットさんパパが全員選んだら、メットさんがアッシュのお嫁さんになるハードルは一気に下がるはずだから」
「……それはルカも少しは考えていたかも」
と、それをうすうす察していたサーシャが頷く。
「お父さまがアッシュを避けていたことは明らかだったから」
「ああ~、そこは俺の方からはっきり言っとくぞ。サーシャ」
すると、アッシュが手を突き出して声を上げた。
サーシャを含めて全員がアッシュに注目する。
「親父さんがどんな未来を選んでもサーシャの件とは無関係だぞ。俺は親父さんが納得するまで説得を続けるつもりだからな」
「……アッシュ」
サーシャはアッシュの顔を見つめた。
「サーシャは俺の女だ。必ず幸せにする。それには家族の祝福は絶対条件だからな」
「……うん。アッシュ」
愛する人の言葉にサーシャは微笑みつつ頷いた。
アッシュも頷くと、
「ああ。そうだ。それとオト」
不意にオトハの方を見やる。
オトハは「ん? なんだ?」と首を傾げた。
「私にも愛の言葉をくれるのか? 大歓迎だぞ。私もお前の女だからな」
両手を広げてそう言うと、
「当然愛してるよ。けど、悪りい。昨日、言い出す機会が無くてな」
アッシュは頬をかいて、オトハに告げる。
「実は俺も決闘することになったんだ」
一拍おいて、
「お前の親父さん。タチバナ団長とな」
唐突なその台詞に、
「「「…………え?」」」
オトハのみならず、全員がキョトンとした表情を見せるのだった。




