第七章 その覚悟の程は➂
――シン、と。
講堂内の空気は張り詰めていた。
アンジェラとキャロライン。
二人の覚悟の程がその空気を作り出していた。
そんな中、
「いや、待ってくれ」
サーシャ側では最年長であるオトハが口を開いた。
アンジェラとキャロラインを交互に見やり、
「あなたたちの話は分かった。このままでは納得いかないということも。しかし」
そこでオトハは渋面を浮かべた。
「決闘といってもどうする気なんだ? まさか二対一なのか?」
「いや。そんな真似をする気はねえよ」
アンジェラがそう答える。
「それは流石に卑怯だろ」
「……なら、バトルロイヤルをするの、ですか?」
と、お姫さまであるルカが結構おっかない単語を口にした。
花婿を賭けての花嫁たちのバトルロイヤル。
何とも泥沼化しそうな状況だった。
「いえ。殿下」
ルカの問いには、キャロラインが答えた。
「それでは同じことです。戦術を鑑みれば、私とアンジェラの二人でまずシェーラ氏を潰すことになります。あまりにシェーラ氏に不利でしょう」
一拍おいて、
「我々としては一対一を、期間を空けて二回と考えております」
「……まあ、それが一番フェアかしら」
と、アリシアが頬に手を当てて小首を傾げていた。
すると、
「い、いや! ちょっと待って!」
サーシャが慌てて両手を振り出した。
「えっと、整理すると、シェーラさんはお父さまと両想いで、アンジェラさんとキャロラインさんは片想いなんですよね? なら決闘は意味がなくないですか? 言ってみればお父さまの気持ちは決まっている訳で……」
少し気まずそうにアンジェラとキャロラインを見つめて言うサーシャ。
一方、二人は、
「それでもさ。サーシャちゃん」
まずアンジェラが肩を竦めて語る。
「あたしらが見たいのは、その小娘の覚悟なのさ」
真っ直ぐな眼差しでシェーラを見据える。
獅子王の眼光に、シェーラは少しだけ息を呑んだ。
「そして彼女の度量だよ」
次にキャロラインが答える。
「正直に言えば、彼女はまだ騎士になったばかりの小娘だ。果たしてシェーラ=フォクスとは、かのエレナ=フラムに並ぶほどの女性なのか。亡き聖女さまを見据えて鍛錬し続けてきたぼくらとしては、それを見極めずにはいられないのさ」
「……それは……」
シェーラは言葉を詰まらせた。
彼女は『エレナ=フラム』という女性を知らない。
その名を知っていても、その人物像を人伝に聞いたことがあっても、その最期の光景だけはもう見ることは出来ない。
愛する人の心に、今なお強く焼き付いているであろうその光景を。
「あんたは、本当にアランさんのすべてを受け入れられるのか?」
アンジェラはシェーラに問う。
「あの人の心の中に今も住むエレナ=フラムごとな」
「…………」
シェーラは何も答えられなかった。
すると、
「言葉で答えなくてもいいよ」
キャロラインが双眸を細めて言う。
「ただ、見せて欲しい。なにせ、ぼくらは騎士なんだ。だったら、戦いの中でこそ君の覚悟の程を知りたいんだ」
「…………」
シェーラは沈黙する。
サーシャも、アリシアたちも口を閉ざしていた。
緊張感とは少し違う重い空気が漂う。
と、その時だった。
「け、けど……」
ルカが重い口を開いた。
「それだと、お二人には、何のメリットもない、です」
アンジェラとキャロラインを見つめて言う。
「お二人は、シェーラさんの覚悟を見るだけ、です。お二人のずっと抱いていた気持ちはどこに行くの、ですか?」
「それもまたひと区切りですよ」
アンジェラが少し苦笑を浮かべて王女殿下に答える。
「あたしはきっぱり気持ちを切り替えるつもりです。実は騎士団を辞めて旅に出てみようかと思っているんですよ」
「あ。それいいね」
アンジェラを見つめてキャロラインが微笑む。
「ぼくも付き合うよ。女二人旅だ」
「おう。いいぜ。キャロ」
アンジェラもキャロラインを見つめてニカっと笑った。
「それはそれで楽しい旅になりそうだしな」
「もしかすると、また同じ人を好きになるかもね」
悪戯っぽく瞳を細めてそう告げるキャロラインに、
「はは。あり得そうだ。あたしらってそこら辺は似てるからな」
朗らかに笑って返すアンジェラ。
そんな二人の様子に、シェーラはますます言葉が出せずにいた。
(シェ、シェーラは……)
喉を軽く鳴らすシェーラ。
彼女たちは自分に覚悟を見せろと言う。
アラン=フラムのすべてを受け入れる覚悟を。
しかし、自分に果たして彼女たち以上の覚悟があるのだろうか。
結果的とはいえ、酒の力に頼ったような愚かな自分に――。
(……シェーラは……)
強く拳を固めた。
どうしても言葉が出てこなかった。
――と。
「……お二人の決意は分かり、ました」
そんな中、ルカが言う。
全員がルカに注目した。
「ですが、やはりお二人にはメリットがないと思う、のです。それも愛だと思いますが、愛はもっと強欲でいいって私は思って、います。だから」
そこで王女さまはポンと手を打った。
シェーラと、アンジェラとキャロライン。
それから未だ困惑している様子のサーシャを見やり、
「私から一つ提案があり、ます」
そう告げるのだった。
そうして――。




