第七章 その覚悟の程は①
「さて」
とある宿にて。
オオクニは、ドスンと椅子に座り直した。
「すぐに始めてもいいが、俺にはその前にやらなきゃなんねえことがあるな」
「……ユエさんのことか?」
アッシュも椅子に座り直した。ユエの方を一瞥し、
「まあ、先にオトに挨拶する方が筋か」
「ん?」
ユエが小首を傾げた。
「オトハにならユエはもう挨拶したぞ?」
「いや、それが想定外だったんだが……」
と、オオクニは呻く。
それからアッシュの方を見やり、
「おい。アッシュ」
「……何だ?」
「手を貸してくれって言ったら、手伝ってくれるか?」
「……そうだな」アッシュはあごに手をやった。「条件があるな」
「何だ?」
オオクニが眉根を寄せる。
アッシュはあごから手を離し、オオクニを見据えた。
「あんたとの決闘。あんたは一切の手加減をすんな」
「……ほう」
オオクニは双眸を細めた。
「手加減してくれじゃなく、手加減すんなってか」
「ああ。その通りだ」
アッシュは頷く。
「オトを嫁にするための戦いだ。あんたを越えなきゃ意味がねえ」
一拍おいて、
「あんたの強さはよく知っている。俺の知る中でも間違いなく最強だ。正直、今の俺でも勝算がどれほどあるかも分かんねえ。だが、それでもだ」
アッシュは拳を固めてかざした。
「本気のあんたじゃなきゃ意味がねえ。そもそも俺があんたの立場なら、こんな大一番で度量も覇気も見せられねえような男に大切な娘を預けられるかってんだ」
そして、
「俺は勝つ。最強のあんたに勝ってオトを俺の女にする」
アッシュは力強くそう宣言した。
数秒の間。
「……ふん」
オオクニは鼻を鳴らした。
数瞬遅れて、ユエの方は「おお~」と手を叩いていた。
「流石はオトハの男だな。オオクニ相手にここまで吠えた奴は初めてだ」
と、腕を組んで感心したように言うユエ。
「まあ、心意気だけは認めてやるさ」
オオクニは皮肉気に笑う。
「確かにそんなヘタレにオトは任せられねえ。お前の言う通りだ」
それから「ふむ」と顎髭に擦り、
「いいだろう。元よりこの件で手加減する気は一切ねえ。決闘の日時はまた後日にでも決めりゃあいいが……」
そこでオオクニはボリボリと頭を掻いた。
「そこまで覚悟を決めてるお前に、俺の問題で手を貸せって言うのも情けねえな」
「いや、それは別件と考えてもいいぜ。団長」
アッシュは指を組んで言う。
「手加減云々以前に協力はするさ。けど、もうユエさん自身からオトにはバレちまってるんだし、後は団長がオトに紹介するだけなんじゃねえか?」
「まあ、確かにそうなんだが……」
オオクニは渋面を浮かべた。
「俺としてはオトの反感とかも覚悟の上でユエを嫁にしたんだが、後妻と娘を引き合わせるというのはどうしても気まずいもんだろ?」
「それは分からなくもねえが……」
アッシュは何とも言えない顔をした。
自分も一夫多妻の件を切り出すには内心で気後れしていなかったとは言えない。
とはいえ、
「引き合わせるも何ももう会っちまってるしな。まあ、オトが困惑してんのは事実か。三歳差の継母に、いきなり弟か妹の誕生だ。寝耳に水どころじゃねえよな」
そこで苦笑いを浮かべて、
「若い嫁さんの紹介に苦労か。確かにサーシャの親父さんと同じ状況だな」
子供こそまだだが、三歳差の後妻というのは同じ状況だった。
サーシャの父親も同様に悩んでいるのかも知れない。
――と、そんなことを考えていたら、
「あン? 俺とおんなじって……」
不意に、オオクニが興味深そうにアッシュに目を向けた。
「おいおい。この国は俺やアランみたく若い嫁さんで悩んでんのがまだいんのか?」
そんなことを言った。
アッシュは「え?」と目を瞬かせた。
「アランってアラン=フラムのことか? 団長、サーシャの親父さんを知ってんのか?」
「……は?」
今度はオオクニの方が目を瞬かせた。
「おい。まさか今のってアラン本人の話だったのか? つうかアッシュ、お前、アランと知り合いだったのか?」
「いや、それは俺の台詞なんだが、まあ、実のところ、サーシャの親父さんとはまだ知り合ってねえだよな……」
アランには悉く面会を回避されている。
従って未来の義父とはまだ知り合ってはいないことになるのだが、まさかオオクニの方に面識があるとは思ってもいなかった。
サーシャの父・アランと、アリシアの父・ガハルドは《黒陽社》の社長であるゴドーと知り合いだった件もある。 話によると、学生時代の友人らしく、二人ともゴドーの裏の顔を知らないようだが、オオクニとまで知り合いとなると、どうも奇妙な運命を持っているような感じがした。
「一体どういう知り合いなんだ?」
アッシュが神妙な声でそう尋ねると、オオクニからは「ただの酒飲みのツレだ」とシンプルな答えが返ってきた。
酒の席で偶然にもアランとガハルドと出会ったらしい。
そこでアランも後妻について相当に悩んでいたことを聞いたそうだ。
(……いや、こりゃあ何の偶然だよ……)
アッシュは思わず頬を強張らせた。
若い後妻を愛娘に引き合わせなければならい気まずい状況。
その上、愛娘が求婚――しかも同じ男――されているところまで、アランとオオクニは同じだったということだ。
「何か凄いこんがらがってるな」
と、ユエが率直な感想を告げた。
「……いや、身もふたもねえな」
オオクニも何とも言えない顔をしている。
一方で、
「ま、まあ、とりあえずだ」
アッシュは少し動揺しつつも告げた。
「ここはもう一つずつ解決していくしかなさそうだよな……」




