第六章 結婚したくば――➂
その時、講堂は緊張に包まれていた。
講堂内の人数自体は多くない。
実質的にはアリシア、ルカ、オトハと、残り二人だけだ。
いつもよく一緒にいるエドワードとロックは、ある意味で戦友とも言えるライザー=チェンバー騎士に会いに行っていた。
アリシアたちは誰一人喋らない。
ただその残る二人の様子に注目していた。
サーシャとシェーラである。
「「…………」」
最初に挨拶こそ交わしたが、以降は二人ともだんまりだ。
互いに気まずそうに時折視線を泳がせている。
明らかに話し出す機会を失っていた。
(……うわあ、気まず)
そんな二人を見ながら、アリシアは内心で呻いた。
きっと、ルカとオトハも同じ気分だろう。
如実に二人とも表情に表れている。
(けど、二人がこうして並んでいると……)
アリシアは困ったように眉をひそめた。
(やっぱり姉妹にしか見えないわね)
なにせたった三歳差だ。
もしシェーラが制服を着ていたら騎士候補生と言っても違和感がない。
(まあ、恋愛は自由だけど、アランおじさまも思い切ったものだわ)
それがアリシアの率直な感想だ。
しかし、改めてシェーラを見えると、幼い頃の記憶にあるサーシャの母・エレナとはあまり似ていない女性だった。
アリシアの知るサーシャの父は内面を重んじる人物だ。
きっと、彼女の内面にこそ惹かれたのだろう。
(そういう意味ではサーシャと相性は悪くないと思うんだけど……)
アリシアはそう思うが、いかんせん会話が始まらない。
二人ともずっとお見合いをしていて、アリシアたちは、ただそれを気まずい気分で見物している状況だった。
どうにか切り出せないか。
幼馴染兼親友のためにもアリシアが打開策を考えていると、
「あ、あの……」
シェーラが遂に動き出した。
自身の胸に片手を当てて大きく息を吸い、
「も、もしかして、サーシャさんはもうすべてご存じでありますか?」
元々実直な性格の女性だ。まさに直球で問いかけてきた。
アリシアもルカも、オトハさえ――実のところ、一番他人事ではない心境――も思わず顔を強張らせた。
当然ながら問われたサーシャ本人もだ。
しかし、サーシャは大きく深呼吸を繰り返して、
「……はい」
サーシャも実直な性格だ。
隠すことなく頷いた。
「父からはまだですが、ルカ――殿下からは。あと私の恋人がゴドーさんとは知り合いでそれとなくあなたのことを聞いていたそうです」
「え? ゴドーおじさまから?」
シェーラは少し驚いた表情を見せた。
が、すぐに表情を少し柔らかくして、
「ゴドーおじさまはシェーラの恩人なのです。今回の件、あの方には本当にお世話になったのであります」
(……うわあ、本当にあのおじさんがキューピットだったんだ……)
隣で話を聞くアリシアは複雑な表情をした。
しかし、妙に納得もする。
あの破天荒なおじさんなら実にやらかしそうな暗躍だった。
一方、オトハはもっと複雑な気分だった。なにせ、アリシアも知らない『ゴドー』という男の裏の素性も知っているからだ。
とは言え、今はそれも関係ない。
今はサーシャとシェーラのある意味で初対面の時間なのだ。
数秒の沈黙の後、
「……その」
サーシャは顔を上げて問う。
「シェーラさんはとてもお若いです。まだ二十歳だとお聞きしてます。それなのにいいんですか? 本当にここで将来の相手を決めてしまって」
「そのことに一切迷いはないのです」
シェーラは即答した。
「それこそあの人と出会った頃から。けど、シェーラは知っていました。あの人の中の『エレナ=フラム』がどれほど大きい存在なのかを」
「…………」
サーシャは静かにシェーラの言葉を聞く。
「シェーラは必死でした。彼女に負けたくない。ずっとそう思っていました。自分自身を必死に磨き続けました。そうして今はこう思っています」
一拍おいて、シェーラは言う。
「彼女が愛しい人を託せると思えるように。彼女に恥じない妻になろうと」
「…………」
サーシャは無言だ。
母譲りの琥珀色の眼差しで目の前の女性を見つめている。
「……シェーラは。サーシャさん。私は」
シェーラもサーシャを見つめ返した。
今度は目を逸らすことはない。
「あなたのお父さまの恋人です。婚約者です。サーシャさん」
そこで一呼吸入れて、
「私とアランの結婚を認めていただけませんか?」
「…………」
サーシャは答えない。
当然だが、アリシアたちも無言だ。三人とも静かに状況を見守っていた。
そうして講堂に沈黙が降りる。
十秒、二十秒が経ったか。
サーシャはゆっくりと瞳を閉じた。
閉じたのは一瞬のことだ。琥珀の瞳はすぐに開かれる。
そして、
「……シェーラさん」
サーシャは、まるで亡き母の代わりのように口を開いた。
「私はあなたを――」
だが、いよいよ返答を言いかけた時だった。
「……少し待ってくれないか」
不意にその声が割り込んできたのは。
サーシャたち――シェーラも驚いて声の方へと視線を向ける。
その声は講堂の入り口からだった。
そうして、そこにいたのは――。




