第六章 結婚したくば――②
場所は変わってとある宿。
アッシュはテーブル席の椅子に座ったまま、ふと気付く。
自分を凝視する獣人族の女性の視線に。
「ああ。悪りい。俺の話よりも先に言うべきだった」
思わず苦笑を浮かべて告げる。
「団長。オトから聞いたよ。結婚おめでとう。そっちの人が嫁さんか?」
アッシュは視線をユエの方に向けた。
当人のユエはキョトンとしているが、アッシュは確信していた。
なにせ、オトハから聞いた通りの容姿の女性だったからだ。
「は? ちょっと待て」
すると、オオクニは眉をひそめた。
「オトから聞いたって何だ? なんでお前が俺の再婚のことを知ってんだ?」
「……は?」
これにはアッシュも同様の表情を見せた。
それから目を瞬かせて、
「え? いや、オトはそっちの人から直に聞いたって言っていたぞ」
「はあ? おい、ユエ」
オオクニは妻の方に顔を向けた。
「どういうことだ? お前、オトと先に会ってたのか?」
「ん? 言ってなかったか?」
ユエは小首を傾げた。
「昨日、偶然オトハに会ったんだ。ユエの義娘だ。挨拶はしておいた」
「……おォい」
流石に顔を引きつらせるオオクニ。
「お前、ナイーブな話をそうあっさりと……」
「はは。オトから聞いた通りの人だな」
アッシュは笑う。
「ったくよ」
オオクニとしては頭が痛い話だった。
「オトはどんな様子だった?」
「そうだな。流石に動揺はしてたが、反対まではしてねえ雰囲気だ。ただ、団長から直接聞いた訳じゃねえからまだ納得まではいってねえかもな」
と、アッシュは語る。
オオクニは腕を組んで「そうか……」と神妙そうに呻いた。
「まあ、もう知られたとしても俺から改めて言うのが筋だな」
ボリボリと頭をかき、
「そんじゃあ紹介するが、こいつの名前はユエ。俺の新しい嫁さんだ」
「ん。よろしく」
ユエは身を乗り出して、アッシュに手を差し出した。
アッシュは彼女と握手を交わして、
「アッシュ=クラインだ。よろしくな。ユエさん」
そう挨拶する。ユエは「ん」と頷きつつ、
「ところでアッシュはオトハの男なのか? ならユエの義息子になるのか?」
そう言って小首を傾げる。
「おう。その話だ。アッシュよ」
一方、オオクニは表情を改めてアッシュを見据えた。
「色々と不出来ではあるが、こんな俺でもオトの父親だ。話してもらおうか。てめえの事情ってやつをよ」
「……ああ、そうだな」
小さく息を吐いてから、アッシュは切り出した。
「あんたは俺の恩人だ。そんなあんたに俺ははっきり言っちまえば不義理をしている。まあ、恩人の娘さんに手ぇ出してる時点でも不義理とも言えるが、それを自覚してなお譲らねえと宣言させてもらうぜ」
一拍おいて、
「俺はオトを愛している。だが、俺が惚れた相手はオトだけじゃねえ」
そう告げた。
それからアッシュは現状を包み隠さず告げた。
愛するサーシャ、シャルロット、レナ。
想いを寄せてくれているユーリィ、ルカ、ミランシャのこと。
そして亡くなったはずのサクヤのこともだ。
オオクニは静かに耳を傾けていた。ユエも夫に倣っている。
「……それが俺の現状だ。俺の本心だ」
アッシュは語り終えた。
しばらくオオクニは黙ったままだった。ユエも空気を読んで沈黙している。
アッシュはオオクニを見据えたままだ。
そして、
「……まあ、流石に意外だったが」
ようやくオオクニが口を開いた。
意外にも冷静な声だった。
「一夫多妻は文化の一つだ。それが当たり前の国だってあるしな」
「ん。そうだぞ」
ユエが頷く。
「獣人族では当たり前の慣習だ。だからオオクニはユエの姉や妹も娶るべきなんだ」
「おい。待てユエ。そんな話は初めて聞くぞ」
オオクニは半眼を妻に見せた。
「やたらと俺を自分の故郷に誘うのはそういうことか」
「ん。強い男は沢山の子を作るべき」
そう言って、ユエは自分の腹部を撫でた。
「けど、ユエ一人だと沢山産むのも子育ても大変だから」
そこでアッシュに親指を立てて告げる。
「流石ユエの義息子。よく理解している」
「いや、家族は欲しいとは思ってるが、流石にそこまでは考えてねえんだが」
アッシュは少し顔を強張らせた。
これが本物の一夫多妻主義者なのだろうか。
「人の感情はそんな考えで決まるもんじゃねえぞ」
オオクニは嘆息して妻を一瞥した。
「まあ、ガキが産まれたら挨拶には当然行くつもりだが、ともあれ」
そうして、改めてアッシュを見やる。
「アッシュ。てめえの考えは分かった」
指を組んで告げる。
「オトももう大人の女だ。一夫多妻についてはてめえらが納得してんなら、俺から文句を言うことはねえ」
「……団長」
アッシュは真剣な眼差しでオオクニを見据える。
オオクニはさらに話を続けた。
「とは言え、オトを不幸にしたらぶっ殺すけどな。けどまあ、てめえのことはよく知っている。それはそこまで心配してねえよ。けどな。アッシュよ」
不意に、ゴキンッと音が鳴った。オオクニの組んだ指の音だ。
「実のところ、てめえも一夫多妻のことは気まずいとは思っていても、俺に反対されるとは思ってねえんだろ? 最初に言った通りだ。てめえの覚悟ってのは、最初から俺から娘を奪うことに対してのみだ」
そう告げて、オオクニはおもむろと立ち上がった。
それに呼応するようにアッシュも立ち上がった。
ゆっくりと移動し、二人の男は対峙する。
そして、
「分かってんだろ。アッシュ」
「ああ。分かってるさ」
オオクニの問いかけに、アッシュは頷く。
オオクニは、拳を強く固めて、
「俺がオトを託す男に求めるのは一つだけだ」
その気になれば鋼をも撃ち抜く巨拳をアッシュの胸板に当てた。
そうして、
「強さを見せろ。アッシュ」
父たるオオクニは、眼光鋭くこう告げるのであった。
「傭兵の流儀だ。俺から娘を奪えるモノなら奪ってみせな」




