第六章 結婚したくば――①
アティス王国王立騎士学校。
かつて通った母校に、シェーラたち一団は到着した。
出迎えは、学長を筆頭とする教官たちだった。
後輩である騎士候補生たちは集会などを行う大講堂に集まっているらしい。
各愛馬を来客用の馬舎に繋ぎ、シェーラたちは懐かしき母校の中を進んでいた。
大講堂に向かうには一度校舎を通る必要があるからだ。
(あまり変わらないのであります)
学長たちの案内に従いながら、校舎内に目を向けてシェーラは思う。
まあ、シェーラが卒業したのは二年前だ。そうそう変わるはずもない。
ただ、もう少し世代が上の騎士たちにとっては、やはり懐かしいようだ。
仮にも任務中だ。私語を口にするような騎士こそいないが、自分が過ごした講堂などを通り過ぎると懐かしげに目を細める者は多くいた。
獅子王・アンジェラ=ダレンも、白鳥の君・キャロライン=ゴドスも、この時ばかりは例外ではない。学生時代を思い出しているようだった。
そうこうしている内に、大講堂に到着した。
大講堂の構造自体は、いわゆる劇場構造だった。
十段のある並べられた椅子。壇上に遠いほど段差は高くなる。
壇上には残りの教官たち。そして椅子には騎士候補生たちが座っていた。
彼らは、シェーラたちが大講堂に入ってくると同時に立ち上がった。
盛大な拍手で迎えてくれる。
シェーラたちは片手を上げて応えつつ、学長たちの案内に従って壇上に上がった。
壇上では教官の一人がシェーラにマイクを渡してきた。
シェーラは頷いて、そのマイクを受け取った。
自然と候補生たちの拍手が収まっていく。
そして、
『初めまして。騎士候補生の皆さん』
シェーラは後輩たちに向けて声を掛けた。
『私の名はシェーラ=フォクス。本視察団の団長を務める者です』
こうして。
シェーラ率いる一団の視察が始まったのである。
◆
三時間後。
シェーラは候補生たちに対し、にこやかに手を振りながら廊下を歩いていた。
視察と言っても、そこまで厳しいモノではなかった。
講義や実技の見学。さらには指導。
若き後輩たちの普段の勤勉さを確認する程度のモノだ。
現在は自由時間。
各騎士はそれぞれ行動している。
後輩たちに追加指導する者。
久しぶりに再会した教官たちと談笑する者と様々だ。
そんな中、シェーラはとある人物の所に向かっていた。
もちろん未来の義娘。サーシャの所である。
折角の機会なのだ。ここで少しでも親睦を深めておきたい。
それがシェーラの本音だった。
サーシャのクラスは、事前にアランから聞いていた。
そして勝手知ったる校舎内だ。シェーラは問題なく目的の講堂に到着した。
ただ、その講堂を前にして流石に緊張する。
一度深呼吸。
それからドアを開いた。
講堂にはほとんど人はいなかった。
それも当然だ。自由時間なのは騎士候補生たちも同様だ。
各自、憧れている、または親睦のある騎士たちの元に行っているのだろう。
しかしながら、シェーラは運が良かった。
ここには目的の人物がいたからだ。
サーシャである。傍にはエイシス団長のご息女であるアリシア=エイシス。さらにはルカ=アティス王女殿下の姿まであった。
さらには候補生の騎士服ではなく、黒い革服を纏う女性がいた。何やら相談でもしているようなサーシャ、アリシア、ルカから少し離れて腕を組んでいる。世代はサーシャたちに近いようだが、恐らく教官だろう。
(うぐっ)
シェーラは少し頬を引きつらせた。
ルカ=アティス王女殿下。
以前、シェーラが懺悔した相手である。
ここで今さらながら思い至る。
殿下はサーシャの幼馴染でもあるという話だった。
そんな殿下に、シェーラは自分の事情を洗いざらい話していた。だったら、殿下経由でサーシャにその情報が伝わっている可能性があった。
(も、もしかして失敗してしまっているのでありますか?)
本当に、今さら思い至ってしまった。
口止めさえもしていない。
その可能性を失念するほど、あの時はテンパっていたのである。
そして、
「―――あ」
サーシャがシェーラの存在に気付いたようだった。
こちらを見る彼女から、少し気まずそうな感じが伝わってくる。
それは同時に振り向いたルカ、アリシア。そして黒い革服を着た女性も同様だった。
(うぐっ!?)
シェーラは察した。
これは何もかも伝わっていると。
思わぬ展開だった。ただ親睦を少しでも深めたくて来たというのに、いきなり本題に入らないといけないかもしれない。
(い、いえ! まだ確定した訳ではないのです!)
シェーラは緊張を隠しつつ、サーシャたちの元に近づいていった。
一歩ごとに心臓が跳ね上がるような気分だった。
そうして、
「お、お久しぶりです。サーシャさん」
「は、はい」
サーシャはこくんと頷いた。
その表情は緊張で少し強張っていた。
「お、お久しぶりです。フォクスさん」
――こうして義母と娘。
実に《夜の女神杯》決勝戦以来の再会であった。




