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【第18部まで完結】クライン工房へようこそ!  作者: 雨宮ソウスケ
第18部

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第四章 スクランブル・サミット2②

(やれやれ。サーシャも大変だな)


 三十分後。

 オトハは一人、市街区を歩いていた。

 青果店などが並ぶ大通りである。

 他のメンバーはまだ王城に残っている。

 オトハのみが先に城を出たのだ。

 市街区で夕飯の買い出しをするためだった。

 クライン工房で家事はシャルロットの専任になっていたが、今日はユーリィも含めて相談し、オトハが夕飯の用意をすることになった。

 サーシャの相談に専念するためである。


 武骨な自分よりもシャルロットの方が力になれる。

 そう思ったからこそ、今日はオトハが夕飯の用意を受け持ったのだ。


(とは言え)


 喧騒の多い大通りを歩きながら、思わずオトハは苦笑を零す。

 オトハとしては再婚に賛成の意見を述べてみたが、それは少しばかり他人事すぎる態度だったかも知れない。


(三歳差の義母など気まずくて仕方がないだろうな)


 サーシャ本人も言っていたが、サーシャ自身は父の再婚に反対していない。

 いずれ自分も嫁ぐ――これはもう確実な未来だ――のだから、むしろ父親が一人になることを心配しているようだった。

 信頼できる使用人はいても、やはり伴侶がいる方が望ましいのだろう。

 そういう意味では今回の件は願ってもないことかも知れない。

 しかし、その義母がまさかの三歳差だ。

 サーシャが困惑するのも仕方のないことだった。

 しかもサーシャはすでに彼女と出会っている。

 剣を交えて互いのことを知っていた。


(サーシャは彼女のことを嫌っていないからな)


 オトハが見たところ、むしろ好感を抱いている。

 それはオトハも同じだ。やや自分を追い込みすぎるところはあるようだが、シェーラ=フォクスという女性はとても真っ直ぐな性格をしていると見ていた。

 少し生真面目すぎると感じるぐらいだ。

 それは事実だと思っている。

 でなければルカに懺悔などしないだろうから。


(友人としてならば何の問題もないのだろうが……)


 オトハはそう思う。

 サーシャと彼女は気が合いそうだ。

 ならば、ここは友人のような母娘関係を築くのが吉なのだろうか。


(まあ、そこはあいつらが何か良い案を出すか)


 所詮、自分は武骨な傭兵にすぎない。

 ここは同世代のアリシアたち。心遣いが巧いシャルロットに任せるべきだった。

 今ここで自分が考えるべきことは――。


「さて。今日の献立は何にするか」


 大通りにある店舗を見やり、オトハは今夜の献立を考える。

 頬に片手を当てて小首を傾げていた。

 その様子がとても武骨な傭兵のようには見えないのはご愛敬である。



       ◆



 その頃。

 同じ市街区の大通りを彼女は歩いていた。

 年の頃は二十代半ばほどか。

 腰まであるカールがかかったような黒茶色の髪。同色の瞳は鋭く勝気だ。間違いなく美女ではあるが、獣のような荒々しさもある。と言うより、彼女は獣人族だった。狼のような獣耳に尻尾を生やしている。口元には牙を覗かしていた。ただ衣服の印象は大人しい。ゆったりとした白いドレスを着ていた。

 スタイルは目を見張るほどに抜群だ。美しい容姿に獣人族という珍しさ。しかし、行き交う人々を最もギョッとさせたのは彼女が大剣を背負っていることだった。

 傭兵や騎士ならば武器を持っていてもおかしくはないのだが、今の鎧機兵が主力の時代で大剣を持つ者はまずいない。

 携帯武器はあくまで鎧機兵の召喚器。短剣のようなコンパクトなモノが多い。

 対人戦を考えるのならば槍を持つのが一般的だった。

 大剣は流石に時代遅れ。無用の長物だった。


 ドレスに大剣。

 そんな奇妙な女性が早足で歩いている。


(ユエは不愉快)


 少し頬を膨らませて彼女は思う。


(過保護。押し込めるのはよくない)


 そんな不満を抱く。

 連れが気遣うのは分かる。

 自分でも流石に自覚がある。

 だが、窮屈で仕方がないのも事実だった。

 いま連れは役所に行っている。長期滞在の手続きのためだ。

 それぐらいなら連れて行けと思う。


(全く面白くない)


 宿からこっそり抜け出したのは意趣返しだ。

 これぐらいの散歩で文句は言わせない。


(全く。全く面白くない)


 しかし、こうして散歩に出かけてもあまり気分は晴れなかった。

 どうにも体を動かさなければ落ちつかないのだ。


(敵。獲物が欲しい)


 大剣を背負う彼女はそんな物騒なことを考えていた。

 上手い具合に喧嘩を売ってくれるような相手はいないか。

 それだったら不可抗力なのに。

 そんな気分で周囲に目をやっていた。

 ――と、その時だった。


「―――あ」


 彼女は足を止めた。同時に目を瞬かせる。

 そして、


「見つけた!」


 彼女は再び走り出した。

 紙袋を手に歩く知り合いの女性を見つけたのだ。

 相手はまだ自分に気付いていないようだ。


(よし!)


 走りながら彼女は気配を消す。

 それは実に見事な体術だった。

 全力で走っているというのに全く足音がしないのである。

 そうして、


「おりゃっ!」


 背後から近づいて相手の豊かな胸を鷲掴みにした。


「はあッ!?」


 完全に不意打ちだったために相手の女性は仰天した。

 ――もみゅもみゅもみゅ。

 構わず彼女は相手の胸を揉みしだく。


「な、何をする!? いったい誰だ!?」


 相手は険しい形相で振り向いた。

 そして、


「――――は? え?」


 思わず目を見開いた。


「え? ええ!? ユエか!?」


「おう! ユエだ!」


 未だ胸を揉んでしがみつく彼女はニカっと笑った。


「うん! 相変わらず良い胸だな! オトハ!」


「はあ!? なんでお前が!?」


 手に持っていた荷物も落として相手の女性――オトハは愕然とする。

 一方、オトハにユエと呼ばれた彼女は、


「久しぶりだな! 会いに来てやったぞ!」


 そんなことを言うのであった。






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