第四章 スクランブル・サミット2①
その日。
場所は王城ラスセーヌの第三会議室。
中央に置かれた長いテーブルに彼女たちは揃っていた。
とは言え、不在の者も多く全員ではない。
この場にいて席に着くのはオトハとシャルロット、ユーリィとルカとアリシア。そしてある意味で今回の議長とも言えるサーシャである。
従って、いつもはオトハやサクヤ、またはミランシャが座ることの多い議長席に今日はサーシャが座っていた。
右席側にオトハとシャルロット。
左席側にはユーリィとルカとアリシアが座る。
コーヒーや紅茶に誰も手を付けず、ただ静寂だけが部屋を包んでいた。
そうして、
「ど、どうしよう……」
ようやくサーシャが口を開いた。
琥珀色の瞳を泳がせて、
「たった三歳差の母親が出来てしまいそうです……」
テーブルの上に置いた兜を両手で掴みつつ、ポツリと呟いた。
それから、
「えっと、別に私はお父さまの再婚を反対してるんじゃないよ? 年の差婚は自由だし、私だってアッシュとはそれなりに歳も離れてるし、亡くなったお母さまだってきっとお父さまの幸せを願っているだろうから」
まるで兜に語り掛けるようにそう告げながら、
「けど、三歳差なんだよ? これは流石に母娘じゃなくて姉妹だよ」
「……まあ、そうよね」
アリシアが苦笑を浮かべる。
「そこまで若い義母だと困惑もするわね」
言って頬杖をつくアリシア。
緊張が少し解けたか、初めて紅茶に口をつける。
「落ち着いてください。サーシャさま」
一方、シャルロットが言う。
「まだ相手が『シェーラ=フォクス』さんであると確定した訳ではありません」
「ああ、そうだな」
オトハが腕を組んで頷く。
「それはあくまでアッシュの推測だ。あの男が暗躍していたのは事実かも知れんが、それが実を結んだかは確認されてないだろう?」
「うん。その通り」
アリシアが少し冷えた紅茶を呑み干してオトハに同意する。
「私としてはむしろ『アンジェラ=ダレン』さんとか『キャロライン=ゴドス』さんとかが候補だと思うわよ。うちの親父も時々名前を挙げてたし」
「そ、そうだよね……」
サーシャがコクコクと頷く。
「実は私もそう思ってたんだ。あの人たちとは子供の頃に何回か会ってたし。お父さまの信頼する部下だって話だし」
大きな胸に片手を置き、息を吐いて、
「ま、まあ、二人とも二十八か、九ぐらいでかなり若いけど、それでも私とは一回りぐらいは違うからまだ……」
「ね。ありえそうな候補でしょ?」
アリシアが『どうだ!』と言わんばかりに笑う。
「二十八か。確かにそれぐらいなら可能性は高そうだな」
「やはりあるじさまの考えすぎだったのかも知れませんね。あの男が関わっていたということで必要以上に考えすぎてしまわれたのかと」
と、オトハとシャルロットが顔を見合わせて言う。
サーシャとアリシアも頷いていた。
――が、その一方で、
「……ルカ?」
ユーリィが隣に座るルカに視線を向けていた。
「どうしたの? さっきから挙動不審」
率直に尋ねる。
確かにルカはずっとそわそわとしていた。
ある意味、サーシャ以上に動揺しているように見える。
全員がルカに注目した。
「え、えっと、その……」
ルカはさらに動揺した。
「ルカ?」サーシャが尋ねる。「どうかしたの?」
「あ、あう。サーシャお姉ちゃん……」
ルカは両手で口を抑えた。
彼女が動揺するのも仕方ないことだ。
すでにルカは何もかも知っているのだから。
なにせ当事者に懺悔されてしまっているのである。
このことをサーシャに伝えるべきか。
別にルカは修道女でもなく懺悔に対する守秘義務はない。
そもそもあの日、彼女は黙っていてくれとは言っていなかった。
彼女もルカとサーシャの関係は知っていたはずだ。
だから、きっと隠すつもり自体がないのだろう。
いずれ知られることでもある。
(け、けど……)
ルカは悩む。と、
「……ルカ?」
アリシアが瞳を細めて直感を働かせる。
「何か知ってるの? いいえ。その顔は知っているのね」
付き合いの長い姉貴分は断言する。ルカは「はうっ」と声を詰まらせた。
全員がルカを凝視していた。
ルカは「あうゥ」と呻いて、ややあって観念した。
「じ、実は……」
そうしてあの日の懺悔を白状した。
全員が目を丸くする。
そして、
「……か、確定しちゃったよ……」
サーシャがテーブルに突っ伏してしまった。
「いや、王女さまに懺悔って……」
頬杖を突きながら、アリシアが呆れたように呟く。
「シェーラさん、だいぶテンパってるみたいね」
「と、とりあえず」
洗いざらい白状させられたルカはおどおどと補足する。
「愛する人を信じてと言っておきました」
突っ伏したサーシャ以外のメンバーは苦笑を浮かべる。
それから数瞬ほど間を空けて、
「まあ、結局、歳の差は凄いが相思相愛ということなんだな」
オトハが言う。
「そうみたいですけど、これってサーシャにも一因があるわよね」
アリシアがジト目でサーシャを見据えた。
「うん。私もそう思った」
と、ユーリィも頷く。
サーシャは「え?」と顔を上げた。
「なんで? 私、何もしてないよ?」
「……メットさん」
ユーリィもジト目でサーシャを見つめた。
「フォクスさんとメットさんパパが初めて結ばれた日。メットさんはどこにいたの?」
「え? 私? その時、私は――」
一瞬キョトンとしていたサーシャだったが、すぐに顔を真っ赤にした。
「ふわあっ!? あの日!? あの日の夜ってこと!?」
「……これはいささか運命を感じますね」
シャルロットが少し恥ずかしそうに視線を逸らして呟く。
「義母と娘。同じ日の夜にそれぞれ愛する人と初めて結ばれたということですか」
「は、はっきりと言わないでください!?」
サーシャは真っ赤の顔のまま兜を被った。
カシャンッとフェイスガードまで下ろして完全防御の構えとなる。
テーブルに再び突っ伏してプルプルと羞恥で震えていた。
オトハたちは互いの顔を見合わせた。
「とりあえず情報は確定したな」
腕を組んでオトハが言う。
「しかし、結局こればかりはサーシャの父君とシェーラ嬢の問題だからな。サーシャとしては父君が彼女を紹介するまでは何も出来ないんじゃないか?」
「まあ、そうですよね」「うん」「サーシャお姉ちゃん……」
と、アリシアとユーリィが頷き、ルカが心配そうにサーシャの名を呼んだ。シャルロットは何とも言えない微笑を浮かべている。
「……はうゥ」
兜に引き籠ったまま呻くサーシャ。
ややあって、
「まあ、ここまで若い義母では複雑な気持ちかも知れないが」
オトハは苦笑を浮かべつつ告げる。
「ここは大らかな心で父君たちを素直に祝福してやってはどうだ? なにせ、これも愛の結果なのだからな」
――と。




