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【第18部まで完結】クライン工房へようこそ!  作者: 雨宮ソウスケ
第18部

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幕間一 もう一人の父

 ……ザザザ。

 大海原を船が進む。

 大型の鉄甲船だ。《星導石》を動力にする外洋を渡る貨物船である。

 風を気にすることもなく、船は波を切っていく。

 とある島に向かうその航海は順調だった。

 ここ数日は天気も快晴。

 雨が降って海が荒れる様子もない。

 しかし、海における危険は嵐だけではない。

 魔獣もまた危険の一つだった。

 そして今まさにその危険が迫っていた。


「……くそ」


 甲板に複数いる船員の一人が舌打ちする。


「……完全に狙われてるな」


 別の船員が呟いた。

 彼らの視線は遠い海面に集まっていた。

 ――ザザンッ!

 海面が膨れ上がり、それが姿を現す。

 それは巨大な海蛇だった。

 蒼い鱗で覆われた二十セージルはある巨体。

 海の魔獣――《蒼蛇(ソウダ)》だ。

 海の魔獣は陸の魔獣よりも巨大なモノが多い。固有種でなくとも二十セージル超えは多くいて、ずっとこの船と並んで泳ぐあの魔獣もその一体だった。

 海面を浮き沈みしながら泳いでいる。


「もう二十分近くも付きまとっているな」


 船員の一人が苦々しい口調で呟いた。

 完全にこの船を獲物として認識しているようだ。

 まだ襲ってこないのは攻撃のタイミングを見計らっているところか。


「やっぱ戦闘になりそうだな」


 船員の一人が呟く。

 これだけの大型の貨物船には砲台も用意されている。

 船体から突き出した砲身も《蒼蛇》の方へと向けられていた。


「ああ。けどよ」


 別の船員が甲板へと目をやった。

 そこには二機の鎧機兵がいた。

 槍を装備した機体だ。

 魔獣や海賊の襲撃に備えての傭兵たちの機体だった。

 しかし、甲板で戦闘できる機体の数は限られている。

 迎撃は二機が限界だった。


「接近戦になったら損害は免れないだろうな」


「そこはプロに任せようぜ」


 船員たちがそんなことを話していた時だった。


『――あんたら』


 傭兵の鎧機兵がおもむろに声を掛けて来た。


『そろそろ来るぞ。船内に避難してくれ』


「――ッ! ああ! 分かった!」


 船員たちが頷く。

 同時に《蒼蛇》が海中に潜った。

 海面に映る影が大きく弧を描いて行き先を変えた。

 この船に向かって真っ直ぐ進んでいる。

 ――ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 砲撃が開始された!

 次々と海面に着弾して水柱が打ち上げられる。

 だが、《蒼蛇》は全く速度を落とさない。

 海中で巨体を唸らせながら接近してくる。流石は海の魔獣。凄まじい速さである。砲弾がとらえきれないでいた。

 船員たちは慌てて船内に避難していった。

 そうして、

 ――ザッパァンッ!

 遂にその巨体を甲板の前に現した。

 鎌首を上げて槍を構える二機の鎧機兵を睨みつけている。


「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――ッ!」


 威嚇の咆哮を上げる《蒼蛇》。

 二機と一体の魔獣は互いを警戒した。

 ――と、その時だった。

 船員たちと入れ替わるように一人の人間が甲板に現れたのだ。

 年齢は五十代後半か。白髪の混じった黒髪に顎髭。全身には黒い革服レザースーツを着て、白いファーの着いた黒いコートを羽織っている筋骨隆々の大男だ。

 腰には変わった短剣――小太刀を差していた。


 傭兵らしき男だった。

 唐突すぎる闖入者に傭兵たちも魔獣さえも呆気にとられたようだ。

 思わず動きを止めていると、大男は魔獣の前にまで移動した。

 そして、


「――おい」


 魔獣へと声を放つ。

 それだけで魔獣は震えたように見えた。

 傭兵たちも息を呑んでいる。

 本能が察していた。

 この男は格が違うと。


「そこの蛇」


 大男はさらに言葉を続ける。


「さっきからうっせえんだよ。連れが興奮していけえね。とっと失せろ」


 そこでニタリと笑う。


「かば焼きにされたくないんならな」


 魔獣は何も返さない。

 威嚇の声も上げなかった。

 ややあって、

 ……ズズズズ。

 ゆっくりと海中へと沈んでいった。

 そうして巨大な影が貨物船から去っていく。

 どうやら戦わずに覇気だけで追い払ってしまったようだ。


『お、おっさん……』『ス、スゲエな』


 傭兵たちは驚くばかりだった。

 大男は「かば焼き食い損ねたか」と笑っていた。



 そうして三十分後。

 船内の食堂にてコートの男はかば焼きを奢ってもらっていた。

 奢ってくれた相手は傭兵たちだ。


「おっさんマジですげえな!」


 少年のように瞳を輝かせて傭兵の一人が言う。

 五人組の青年たち。全員が二十代の若い傭兵団だった。


「やっぱおっさんも傭兵なのか?」


 食事をとりながら別の傭兵が尋ねる。


「ああ」


 コートの男はくいと酒を口にしながら頷いた。


「傭兵団を率いている。今はちょいと休暇中でな。連れが一人――いや二人いる」


「「「へえ~」」」


 傭兵たちは目を瞬かせた。


「つうことはあの『平和の国』でバカンスってことか?」


「まあ、それもあるんだが」


 再びかば焼きに豪快に食らいついてコートの男は答える。


「実は俺には娘がいんだよ。俺と同じく傭兵をしてんだ」


「おっさんの娘?」


 傭兵の一人が眉をひそめた。


「しかも傭兵か。偏見で言っちゃあ悪いがすっごい筋肉質な女傑っぽいな」


「けっ。そりゃあ外れだ。娘は死んだ女房似だよ。剣の腕はたつが、どっちかって言うなら華奢な部類だな。美人すぎて誰も俺の娘だと思わねえぐらいだ」


 かば焼きの串を皿に捨ててコートの男は皮肉気に笑う。


「まあ、負けず嫌いで男勝りな性格だけは俺の血かも知んねえが。そんで俺の娘がその『平和の国』とやらにいんだよ」


 一拍おいて、


「どうやら惚れた男のところに転がり込んでいるらしい」


「……うげ」


 傭兵の一人が呻いた。


「もしかして聞いちゃまずかったか? 娘さんを取り返しに行くつもりとか?」


「いや。相手の野郎は俺も知ってる。俺も認めた男だ。ただな」


 コートの男は嘆息した。


「俺の娘は男勝りの性格のせいかどうにも奥手なんだよ。同棲してなお尻込みしてる可能性があんだよ」


「……いや。娘さんって美人なんだろ? そんで同棲までしておいて手ぇ出さなかったらそれはむしろ男の方がチキンだろ」


 傭兵の一人がそう返すが、コートの男は「いや」とかぶりを振って、


「そこには色々事情があんだよ。だが、それもいつか吹っ切らねえとダメなんだろうな。まあ、俺があの島に行くのは娘がもし尻込みしてんなら『しっかりしやがれ』とそのケツを引っ叩くためだ。俺としちゃあ」


 そこで溜息をついた。


「そろそろ孫の顔の方も見てえんだよ」


「……はは」「おっさん、爺さんって雰囲気じゃねえだろ」


 何とも言えない笑い声が零れる。

 コートの男は「ふん」と鼻を鳴らして、


「それを言われると今はちょいつらいな。なにせ、もう一つ娘に伝えておかねえといけねえこともあるからな」


 そう嘯いて酒を飲み干すのであった。


 順調に船は進む。

 じきに到着する島の名は『グラム島』と言った。







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