第三章 荒ぶる者たち➂
アンジェラ=ダレンと、キャロライン=ゴドス。
共に二十八歳。
同時期に騎士学校で青春を過ごした騎士たちだ。
彼女たちの世代にとって二人はとても有名人だった。
二人揃って学年最優秀の証である『十傑』に選ばれる才能。
そしてタイプこそ違うが、二人揃って見目麗しい。
アンジェラは武勇で有名なダレン男爵家の令嬢。
キャロラインは最古の名門の一つ。ゴドス伯爵家の令嬢。
豪快な性格のアンジェラに、優雅で中性的なキャロライン。
校内において男女問わずに二人は慕われていた。
二人とも将来を期待されていた。
ただ、二人は仲が悪いことでも有名だった。
ライバル関係でもあったが、何より性格面で相性が悪かったようだった。
二人は何かにつけてはぶつかり合っていた。それも互いに派閥が出来るほどに人気があったため、ぶつかるたびに周囲も巻き込んでいた。
『あン? また出しゃばる気かよ。ゴドス』
『それはこちらの台詞だよ。ダレン』
と、意見が食い違うたびに険悪な様子だった。そしてその状況になると、それぞれの派閥のメンバーが集まってくるのである。野次馬もうじゃうじゃとだ。
当時の講師陣の悩みの種だった。
二人とも優秀。将来を期待されていたことは紛れもない事実ではあるが、二人揃って影響力が大きすぎることが問題だった。
――将来有望。しかし混ぜるな危険。
その一文が騎士団に提出した二人の内申書の備考に記されていたことは、責任者と担当者以外知らないことだった。
二人は騎士になっても変わらない。
誰もがそう思っていた。
しかし、そんな彼女たちの意識を変えることが起きたのである。
――《大暴走》である。
およそ十年に一度のアティス王国特有の大災厄。
暴走した魔獣たちによる各町村、そして王都に至るまでの襲撃だ。
アンジェラとキャロラインは過去最大にして、《業蛇》が討伐された今となっては恐らく最後だと考えられている《大暴走》を経験した。
当時、二人はまだ騎士候補生だった。
そのため、他の候補生たちと共に予備戦力として控えていたのだが、そのような余力のあるような戦況ではなかった。
学生である候補生たちも戦場に立たざるを得なかった。
それは悪夢のような世界だった。
候補生といえども魔獣との実戦経験はある。
ましてや《大暴走》とぶつかる可能性のあった世代だ。
近隣での森や草原などで魔獣相手の実戦形式の講習には学校も力を入れていた。
しかし、そんなものは何の役にも立たないと思い知ってしまった。
そこらの魔獣と狂気を孕んだ魔獣はまるで違う。
候補生たちは次々と魔獣の餌食になっていった。
正規の騎士たちが傍にいなかった訳ではない。
主な任務は魔獣の誘導。極力戦闘は控えるように厳命されていた。
だが、本物の実戦を前に候補生たちは浮足立ってしまっていた。
中には逃げ出した者や、または功に焦って暴走してしまった者も多くいた。
結果、候補生たちの部隊は瞬く間に瓦解した。
魔獣の大波に呑みこまれる中、アンジェラとキャロラインは必死に抵抗した。
しかし、どれほど才能があっても災厄の前では無力だった。
そうして。
最初に救われたのはアンジェラの方だった。
『――く、来るなあッ!』
膝を破壊されて座り込む愛機。斧だけを振って囲む魔獣たちを払う。
だが、それも無駄な抵抗だ。
魔獣の数は小型から大型まで様々だったが、五十頭以上いた。
斧は奪われ、愛機の腕も砕かれ、胸部装甲もこじ開けられた。
『―――あ』
アンジェラは大粒の涙を零してそれを見上げた。
自分を喰らおうとする魔獣のアギトだ。
けれど、その牙がアンジェラの体を貫くことはなかった。
一機の鎧機兵がその魔獣の首を断ったからだ。
その騎士の機体は片腕を失い、胸部装甲を半壊されるほどの損傷を受けるが、その場の魔獣たちを単騎で掃討した。
そして、
『大丈夫か?』
未だ涙を零すアンジェラへと手を差し伸べてくれた。
今の時代には珍しい鎧を着た騎士だった。
兜も被っていたようだが、それは操縦席の後方に落ちていた。胸部装甲が半壊した際に落としたのだろう。
額から血を流しつつも、彼は優しく微笑んでくれていた。
アンジェラを安心させるためだった。
アンジェラは泣きながら彼の手を取った。
次に救われたのは、キャロラインだった。
アンジェラを安全地帯にまで運ぶ途中で見つけたのだ。
キャロラインは茫然自失になっていた。
胸部装甲を失い、両脚が砕けて大破した愛機。
脱出することもなく、愛機の操縦棍を握りしめたまま硬直していた。
『もう大丈夫だ』
キャロラインに彼が優しく声を掛ける。
キャロラインは虚ろな眼差しで顔を上げるが、
『まだ、ぼく、戦わないと、みんな死んで……』
キャロラインはそんな呟きを繰り返している。
周囲には大破した機体が散乱していた。
その多くは候補生たちの鎧機兵。中には正規の騎士の機体も数機ある。数多くの魔獣の骸もあって相打ちになったようだ。
彼は周囲に敵の姿をないことを確認してから、数秒、仲間たちに黙祷。そして横たわるキャロラインの愛機の上に降りた。
『もう大丈夫。君は頑張った。後は俺に任せてくれ』
彼は震えるキャロラインの手を取ってそう告げる。
キャロラインはボロボロと涙を零した。
そして声を上げて彼に抱き着いた。
優しい眼差しで、彼はキャロラインの頭を撫で続けた。
その後、キャロラインは彼の操縦席にいたアンジェラとも抱きしめ合った。
彼女たちは涙を零して、互いの命の鼓動を感じとっていた。
そうして彼は二人を避難場所にまで送り届けた。
その後も彼は戦い続けて実に三十人もの人間を救ったそうだ。
アンジェラたちは大きな負傷こそなかったが、もう戦うことは出来なかった。
完全に心が折れてしまったのである。
それは他の生き残った候補生たちもそうだった。
避難場所で彼女たちは膝を抱えてうずくまっていた。
魔獣の暴走はもう抑えられない。
誰もが絶望してそう思っていた。
そんな時だった。
――彼女が戦場に現れたのは。
銀色の髪をたなびかせて、長剣を振るう聖女。
鎧機兵も使わずに次々と魔獣を葬り去っていく。
外壁の上からアンジェラたちはその姿に魅入っていた。
その戦闘は三日三晩続いた。
最後の巨大な魔獣を屠り、彼女は力尽きた。
アンジェラもキャロラインも居ても立ってもいられず聖女の元へと向かった。
騎士たちも騎士候補生たちも駆け出した。
そして、その光景を目に焼き付けることになる。
光と成って消えていく聖女の姿。
そして、
『うあああアァうああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアァ―――ッ!!』
その光を抱いて両膝をつき、慟哭を上げる騎士の姿だった。
アンジェラたちを助けてくれた鎧の騎士だった。
後になって知る。
光と成った彼女が彼の妻であったことを。
恩人の悲痛な叫びを前にして、アンジェラたちは何も出来なかった。
今はただ静かに。
この光景を記憶に刻んでいた――。




