第三章 荒ぶる者たち①
ざわざわ、と。
その日。
第一騎士団内は大いに揺れていた。
「おいおい! あの話聞いたか!」
「おう! アランの話だよな!」
「相手は誰なんだ! あの堅物アランだぞ!」
「歳は幾つだ! つうか騎士なのか!」
「噂だと、酒場の未亡人とか」
「いや、やっぱ、妥当にあの二人のどっちかじゃねえのか?」
「まあ、可能性はありそうだが」
そんな声が、あちらこちらで上がっている。
一体どこから漏れたのか。
正式に発表した訳でもないのにアラン再婚の噂は広まっていた。
アランが所属している第一騎士団のみならず、第二騎士団、第三騎士団にまで伝わり始めているほどだ。
アラン自身が何気に有名人なのもある。
亡き救国の聖女の夫。
堅物だが、お人好し。
いつも鎧を着た変人。
そんな感じの話だ。
そしてアランは愛妻家でも有名だった。
だからこそ再婚の噂には多くの者が驚いた。
それを悪いという者はいない。
アランを気にかける上官や親しい同僚、慕う後輩は多い。
むしろ彼には幸せになって欲しいと願う者の方が圧倒的に多かった。
ただ、純粋にあの堅物アランを射止めた女性が気になったのだ。
相手は果たして何者なのだろうか。
どんな凄い女性なのか。
「マジで誰なんだ?」
「ああ。なにせあのアランさんだからな」
と、王城ラスセーヌの廊下でも騎士たちが話題にしていた。
第一騎士団所属のまだ若き騎士たちだ。
二人ともまだ二十代前半。直属の部下ではないが、彼らもアランにはよく世話になっていた青年たちだった。
と、その時。
――カツカツカツ。
その廊下に足音が響く。
それはサーコートを纏う赤い騎士服を着た女性騎士だった。
腰には短剣ではなく、手斧を二本左右に提げていた。
年の頃は二十代後半ぐらいだろうか。
オレンジ色の獅子の鬣のような髪が印象的な美女だった。
「………」
無言で歩く。
スタイルもまた抜群の女性だった。
歩く姿がとても美しい。
体幹まで余すことなく鍛え抜かれている証拠だ。
高身長でもあり、歩く度に大きな胸がゆさりと揺れていた。
ただ、その姿はどこか獲物を狙う女獅子を彷彿させた。
獅子に似た容姿以上に今放つ緊迫した雰囲気がそれを想像させていた。
騎士たちは、ハッとして敬礼をする。
彼女は上級騎士だった。いつもなら彼女は一度そこで立ち止まって声を掛けるのだが、今日はすれ違いざまに「……ごくろう」とだけ答えた。
若き騎士たちは固まっていた。
彼女の姿が遠ざかるまでずっと敬礼したままだった。
ピクリとも動かない。否、動けない。
そうして、
「こ、怖え……」
「……く、喰われるかと思った……」
ややあって、二人は大きく息を吐いて敬礼を下ろした。
一人が彼女の去った廊下の奥へと目をやって、
「元々おっかない印象のある人だったけど」
「ああ。顔は無表情だったが、明らかに荒れてたな」
もう一人の騎士も廊下の奥を見つめる。
ぶるるっと肩を震わせて、
「……あそこまで荒れてんのはやっぱアランさんのことだよな? 噂を聞いたのか? でも、それじゃあ噂の相手って『獅子王』の方じゃねえってことか?」
「……そうかもな。だが、そうなると」
若き騎士たちはそれぞれ腕を組んだ。
「相手は『白鳥の君』ってことか?」
「けど、あの人も相当なキワモノだぞ。凄い美人なのに」
「まあな。獅子王とは別の意味で圧が凄いんだよなあ。凄い美人なのに」
そう返した騎士は溜息をついた。
実のところ、プレッシャーになるのは決して物腰だけではない。
こう言ってはなんだが、白鳥女帝には恐ろしい噂が幾つもあるのだ。
だが、流石にそれを口にしない。
「まあ、それにしても」
話題を変えて、
「アランさんって何気にすげえ人だよな。あの二人を部下にしてんだから」
「だな。けど、あの噂ってやっぱマジなのか? あの二人の入団時、二人の癖があまりに強すぎて誰も部下に引き取りたくなかったところをアランさんが引き取ったとか」
「……あり得そうだな」
二人揃って苦笑を浮かべる。
「「あの人、マジで人がいいから」」
台詞まで揃ってしまって、二人とも目を瞬かせた。
「ははは」
「違いない」
二人して肩を竦めた。
「まあ、だから騙されやすいんだけどな」
一人が悪ふざけの口調でそう呟いた時。
「……つうか、おい」
もう一人が眉をしかめた。
そして改めて廊下の奥に目をやった。
「なんでこの時間帯に獅子王がここを通ったんだ?」
「は? 巡回じゃねえの?」
「それは上級騎士の仕事じゃないだろ。つうかこの先って――」
そこでハッとする。
「うわ」
もう一人の騎士も顔を強張らせた。
この廊下の奥にあるモノ。
そこにいるはずであろう人物に気付いたのだ。
「おい。まさか、あの人」
「ああ」
もう一人の騎士が神妙な顔で頷いた。
「もしかすると『湖の庭園』に殴り込みに行ったのかもな……」




