第一章 日々これ好日➂
同時刻。
クライン工房の作業場内。
工房特有のやや薄暗い室内。大きな作業机があり、その上に置かれた工具。大規模な工具などは壁に設置されている。
他にも壁の右側には一機の鎧機兵が待機していた。
胸部装甲に描かれた炎の紋章が印象的な紫紺色の機体だった。
全高は五・三セージルほど。鎧機兵としては平均サイズである。
しかし、その鎧装が独特だった。四角い盾のような肩当てに、大きな円輪の飾りを額につけた兜。腰回りを覆う鎧装はスカートのようだ。
傍らには太刀と呼ばれる剣も立てかけられている。
オトハの愛機である《鬼刃》だった。
何気に世界最高クラスの性能を誇る一機である。
その隣には、鎧装だけが鎮座している。
金縁の黒い装甲。胸部には九つの宝玉を背負う金色に輝く太陽の紋章。頭部は四本の真紅の角を持っている。それが武人のように座っている。
クライン工房の店主の愛機の鎧装だった。
彼の愛機は、こうして普段は鎧装を取り外されていた。
そして、その本体はといえば黙々と作業をしていた。
鎧装がないため、その姿は完全に作業用のモノだった。
その形状の最大の特徴は、胸部から上がないこと。操縦席が剥き出しになっており、両腕に両足、そしてオートバランサーである竜尾を背中から生やしている。
腕は丸太よりも太く、足は大腿部やふくろはぎに当たる部位は太いが、足首は細い。基本的には異形であり、ずんぐりむっくりした印象だ。
また、動力には腹部に内蔵した《星導石》を用いて、大気に満ちる星霊を不可視のエネルギーである恒力に変換して利用している。
なお、戦闘用の方が高出力だ。
一般的に戦闘用は最低二千五百ジンから。業務用は千ジン以下だった。
彼の愛機は、本来は戦闘用だ。今は制限をかけて業務用並みに落としていた。
操縦席は乗馬姿勢に酷似している。鞍と鐙も設置した馬の背に似た操縦シートがあり、シート前方、左右側面からグリップを装着した操縦棍が突き出ていた。
この操縦棍を通じて、鎧機兵はイメージ通りに操作することが出来るのである。
熟練の操者であるほどに鎧機兵は精密な動きを可能にする。
今は別の機体の右腕を慎重に運んでいる。
操縦シートに主人を乗せてだ。
年齢は二十代前半。
黒い双眸に、痩身ながらも鍛え上げられた体躯。その上に白いつなぎを纏っている。背中には、リボンで装飾された真円の中に、ハンマーが刻印された金色の鐘――クライン工房の工房章が刺繍されていた。
そして彼にとってもっとも印象的なのは、毛先のみが黒い白髪だった。
クライン工房の主人。
アッシュ=クラインである。
彼は愛機・《朱天》と共に進み、壁の左側に移動した。
そこには別の鎧機兵があった。
右腕のない作業用の機体である。対面側にいる《鬼刃》とは違って倒れないようにしっかりと足場付きの鉄骨で補強されていた。
修理を依頼されたお客さまの機体だった。
右腕の部品の経年劣化が酷く、一度取り外して分解し、再構築し直したのがいま運んでいた右腕だった。
(おし)
アッシュは慎重に右腕を肩に装着した。
ガコンっと鋼子骨格同士がはめ込まれたことを確認する。
これで関節部の人工筋肉を繋ぎ直せば修理は終了だ。
流石にそればかりは相棒で出来ることではない。
アッシュは相棒から降りた。
すると、
「……ん」
進捗を把握して事前に工具箱を持って来てくれた少女がいた。
驚くほどに綺麗な顔立ちの少女だ。
翡翠色の瞳に、空色の髪。肩にかからない程度まで伸ばしており、毛先の部位のみ緩やかなウェーブがかかっていた。
年齢は十五歳。ただ見た目的は十二、三歳程度にも見える。
アッシュと同じ白いつなぎを着た彼女は、アッシュ以外では唯一の従業員だった。
ユーリィ=エマリア。
実質的にアッシュの養女なのだが、何だかんだあって――それはもう実に色々とあって――今やアッシュへの嫁入りを公言している少女だった。
なお、彼女は純粋な《星神》だった。
それも百年に二、三人しか生まれない《金色の星神》である。
制約付きとはいえ、あらゆる《願い》を叶えることの出来る彼女を狙う者は多い。
そんな彼女を守るためにアッシュは、身内のいないユーリィを引き取ったとも言える。
ただ、当時の想いとしてはそれだけが理由ではないが。
ともあれ、
「ありがとな。ユーリィ」
アッシュはユーリィから工具箱を受け取る。
「もう少しやったら休憩にしよう。シャルとオトにも伝えておいてくれ」
「……ん。分かった」
ユーリィは頷いた。
そうして、彼女は作業場の外へと出て行った。
確か、オトハは今、裏庭で訓練中のはずだった。
まずオトハから伝えにいったようだ。
残されたアッシュはお客さまの機体を見上げた。
人工筋肉の繋ぎ直しは面倒ではあるが、関節部は比較的に簡単だった。
二十分もしない内にひと段落着くだろう。
「さて」
肩を軽く回す。
「もうひと頑張りすっか」
そう呟いた時だった。
「アッシュさーん! いますか!」
そんな元気な声が聞こえて来た。
目をやると、作業場の入り口に二つの人影があった。
ユーリィとは入れ違いになったようだ。
「おう。いらっしゃい」
アッシュはニカっと笑う。
それは制服姿のアリシアとサーシャだった。
二人はいつものように作業場の中に入って来る。
「学校の帰りか?」
アッシュがそう尋ねると、アリシアが「はい」と答えた。
一方でサーシャの様子が少しおどおどしていることに気付く。
「……? どうした? サーシャ?」
サーシャはアッシュの愛弟子だ。
鎧機兵の操縦方法。そして体術に関しても指導している。
そして今やアッシュの愛する女性でもある。
好意に気付くまでは極めて鈍いアッシュだが、愛した女性に対しては例外だ。
その心境の変化にすぐさま気付くほどに鋭かった。
「何かあったのか?」
サーシャにそう尋ねると、
「え、えっと……」
彼女は被っていた兜を手に取って、何とも困り果てた顔をした。
「その、相談があるんです」
「そっか」
アッシュは眉根を寄せた。
「もしかして親父さんのことか? 俺ならすぐにでも挨拶を――」
「い、いえ、確かにお父さまのことではあるんですけど……」
サーシャはそう呟いて言葉を詰まらせた。
一方、アリシアは苦笑を浮かべて、
「アランおじさま、ちょっと驚くような事態になってるみたいなんです。その相談も含めて遊びに来ました」
「そうなのか?」
アッシュはアリシアの方に目をやって呟く。
「じゃあ、先に話を聞くか。納期的には充分だしな」
そう言って、鎧機兵を支える足場の一つに工具箱を置いて、
「ユーリィやオトたちも呼んでくるよ」
と、そこで、
「ああ。そうだ。言い忘れてたな」
アッシュは苦笑を浮かべて思い出した。
そして、
「クライン工房へようこそ!」
アリシアとサーシャに告げるのであった。
お日柄もよく。
今日もクライン工房は平常運転だった。




