エピローグ
――『ドランの大樹海』の大調査。
王家の後ろ盾の元、円塔都市・ボレストンが主体となった大イベントは、結果的に言えば失敗に終わってしまった。
謎の復活を遂げた《業蛇》。
さらには、突如、現れた大魔獣たち。
調べれば調べるほどに今回の事件は謎だらけだった。
しかしながら、失敗したのはあくまで第一回目だ。
二ヶ月に渡って徹底した調査の結果、蘇った《業蛇》も含めて固有種はすでに全滅していると、王家が結論付けたからだ。
まだしばらく様子は見るが、いずれは第二回も行われるとのことだった。
ボレストンの住人たちはホッと胸を撫でおろしたらしい。
そして、失敗に見えた第一回でも大きな成果を上げた者が二人いた。
一人はサンク=ハシブルである。
王女殿下の護衛の失敗ということで処分を危惧されていた彼だが、無事に帰還したルカが不問であると強く命じたことと、固有種討伐という戦果もあり、三ヶ月減給と一週間の謹慎で済むことになった。生真面目なサンクとしては、むしろ罰が軽すぎると逆に不満だったようだが、王家の命では従うしかなかった。
そうして、サンクは謹慎明けに堂々と報告した。
ジェシーとエイミー。ビレル家の姉妹。
彼の幼馴染でもある二人を妻に娶ると、同僚、世間、両家の父母に伝えたのだ。
これはちょっとした騒動になった。
そして賛否両論はあったが、サンクが元より得ている一夫多妻の権利。自力で勝ち取った固有種討伐の名誉。ハシブル侯爵家の財力。何よりも、三人の強い意志から周囲も受け入れ、最終的には祝福を受けることになった。
彼らの結婚式は実に盛大なモノだった。
それこそ、ちょっとしたお祭り騒ぎになったほどだ。
『俺も続くぞ!』『おうともさ!』
酔っ払ってそんな台詞を吐く野郎どもが多かったのが印象的だった。
ともあれ、サンクたちは新婚旅行で現在、王都を留守にしていたりする。
そして成果を上げた人物。
もう一人は、無論アッシュである。
アッシュの果たした戦果はサンクの比ではなかった。
――《業蛇》と《泰君》。
二体の大魔獣の討伐。
さらには《泰君》の体内から見つかった莫大な財宝。
それは国家予算クラスとも言えた。
実際に手にした時、アッシュもルカも思わず頬を引きつらせたぐらいの量だ。
こんなモノを腹に抱えながら、あれだけの動きをしていたのかと思うと、改めてあの象は怪物だったとアッシュはしみじみ思った。
ともあれ、今は国庫に保管されているが、それはアッシュ名義の財産となった。
嫁さんたちや、これから生まれる子供を幸せにできるだけの財力を手に入れるという、アッシュの元々の目的は果たしたと言える。
そしてもう一つの目的もだ。
二体の大魔獣。特に《業蛇》の討伐を大きく評価され、アッシュはアティス王家から男爵位を授けられることになったのである。
本来、アッシュはこういったことを嫌って辞退することが多いのだが、もはや男爵位はアッシュにとって必須の地位だったため、授与されることを決意した。
ただ、授与式の当日。
まじまじと興味深そうにアッシュを見る王妃さまの視線も気になったが、それ以上に温和と聞いていた王さまのちょっと鋭すぎる眼光が怖かったが、いずれにせよ、これでアッシュは男爵さまになったのである。
これですべての準備は整ったと言えた。
「……………」
クライン工房のガレージにて。
アッシュは腰に片手を当てて、静かに膝をつく相棒を見据えていた。
相棒の胸部装甲には、変わらず謎の紋章が刻まれている。
九つの宝玉が輝く太陽の紋章である。
アッシュはそれを見つめて、
「サク、オト。サーシャ……」
ふうっと息を吐く。
「レナにシャル。そんでルカとユーリィ……」
双眸を細めて、八つ目の宝玉に目をやる。
「たぶん、あれはミランシャか」
いくら鈍感なアッシュでも、ミランシャのことを大切に想っている自覚はある。
そして彼女には告白もされているのだ。
残り二つの宝玉。八つ目は間違いなくミランシャを示すモノだろう。
しかし、そこに疑問に思う。
――そう。
最後の一つ。九つ目の宝玉のことだった。
実はこれには全く心当たりがないのである。
この九つの宝玉がアッシュの大切な女性を示すのなら、もう一人、アッシュが愛する女性がいるということなのだ。
果たして誰なのか。
それとも、これから出会うことを示しているのか。
「まあ、この怪奇現象だけは分かんねえが、けどなあ……」
そこでボリボリと頭を掻く。
そしてアッシュはしみじみと嘆息した。
「嫁さん、九人は多すぎんだろ。俺」
◆
「――納得いかなァいッ!」
場所は変わって、王城ラスセーヌの会議室。
アリシア=エイシスは机を両手で叩いてそう叫んだ。
「なんで!? なんで私だけこの扱い!?」
バンバンッと叩き続ける。
その場にいるいつもの会議メンバー。
オトハやサーシャたちは、全員苦笑いを浮かべていた。
最近のアリシアは会合のたびに荒ぶっていた。
それも仕方がない。
彼女たちも知らない内に起きた『ドラン』での王獣闘争。
その結果、シャルロットはステージⅢへと到達した。
それはいい。
不満や嫉妬はあるが、まあ、想定通りだ。
だがしかし、アリシアにとって想定外がルカだった。
『わ、私はステージⅡになり、ました』
と、恥じらいながらそう告げたのである。
『ステージⅠ』――アッシュに、失いたくないほどに大切に想われている。
『ステージⅡ』――アッシュに、離さないと断言される。
『ステージⅢ』――アッシュに、しっかりと愛される。
すなわち、ルカはアッシュに自分の女宣言をされたというのである。
『いやいや。それはきっとルカの勘違いじゃないの?』
と、最初はアリシアも否定していたが、
『…………』
ルカは無言で視線を逸らし、自分の唇を隠した。
その恥じらいに満ちた仕草に、アリシアは言葉を呑んだ。
どうやら事実らしい。
結果、ステージⅢはオトハ、サクヤ、サーシャ、レナ、シャルロット。
ステージⅠからⅡの中間ほどにいるのが、ユーリィとミランシャ。
そしてルカがステージⅡとなった。
ステージⅠは、アリシア一人だけとなったのである。
アリシアが不満を抱くのも当然だった。
「なんで私だけ進展イベントがないのよ!」
思わずそう叫んでしまう。
サーシャたちは、やはり苦笑するしかなかった。
「まあ、このままでは正直エイシスは不遇過ぎるな」
と、オトハが腕を組んで言う。
隣に座るシャルロットも「ええ」と頷いた。
「恐らく、もうじき、サクヤさまとレナさまも旅からご帰還されることでしょう。そして皇国に一度帰国されているミランシャさまも」
一拍おいて。
「すでに、ステージⅢのサクヤさまとレナさまはともかく、ミランシャさまが帰国中というアドバンテージがあった中、アリシアさまだけ全く進展がないのは、いささか以上に可哀そうに思います」
と、はっきりと告げる。
アリシアは「はうゥ……」と両手を机の上について頭を垂れる。
「ミランシャさんかぁ……」
サーシャが頬に手を当てて呟く。
「ミランシャさん、もう告白済みだし、戻ってきたらすぐにアッシュと結ばれそう」
「いや」
その呟きにオトハは苦笑を浮かべつつ、かぶりを振った。
「あいつは活発ではあるが意外と奥手だしな。案外、最後の一線で勇気が出せず踏み切れんかもしれんぞ」
「うん。私もそう思う」
と、ユーリィも頷く。
「け、けど、仮面さんは……」
そこで、ルカは顔を真っ赤にして告げる。
「お、狼さん、ですから……」
「「「「………………」」」」
その台詞に、ステージⅢ到達者たちは少し視線を逸らして沈黙した。
全員の耳が赤いのはもはやご愛敬だ。
「と、ともかくよ!」
バンッとアリシアが机を叩く。
「協力してよ! 私にも進展イベント用意して!」
そんなことを言う。
完全に切羽詰まった顔だ。
「アッシュさん、もう男爵位取っちゃったし、財力だって充分でしょう! ここで誰かが正式にお嫁さんになったら私のハードルってもっと高くなっちゃうのよ!」
「それは確かにな」「そうかも……」
と、オトハとサーシャが呟く。
「仕方がない」
ユーリィが言う。
「勇気が出せないヘタレなアリシアさんのためにみんなで知恵を出そう」
この提案には、苦笑を浮かべつつも全員が頷くのだった。
こうして。
未来の花嫁たちの会談は白熱する。
何はともあれ。
今日も晴天。
トラブルは多々あれど、平和な国の平和な日々が続くのであった――。
第17部、第2シーズン〈了〉
読者のみなさま。
本作を第17部まで読んでいただき、誠にありがとうございます!
本作ですが、これにて第2シーズン完了となりました。
第3シーズンも書きたいとは思っていますが、モチベーションがどうにも下がってしまっている感じがしますので、ここでリフレッシュのために一旦筆休みして充電期間とさせていただこうと思います。
よろしければ感想やブックマーク、広告の少し下の「☆☆☆☆☆」ポイントで応援していただけると、とても嬉しいです!
それが充電になります。何卒よろしくお願いいたします。m(__)m
本作をこれからもよろしくお願いいたします。
雨宮ソウスケ




