第七章 勝利を掴め⑥
『――フッ!』
零れ落ちる呼気。
シャルロットの操る《アトス》は大剣を巨馬の前脚に叩きつけた!
しかし、巨馬はいななきを上げるが、怯むようなことはない。
やはりすでに捨て身か、すかさず片方の前脚で《アトス》を蹴り上げようとする。
《アトス》は横に跳躍する。
暴風と共に蹄が《アトス》の横を通り抜けた。
『お嬢ちゃん! 離れろ!』
ハックが叫ぶ。
それに従ってシャルロットは《アトス》を加速させる。
巨馬の胴体の下を《アトス》は通り過ぎた。
同時に《穿風》と《飛刃》が巨馬に叩きつけられる。
――ヒヒイイィンッ!
血と共にいななきを上げる巨馬。
だが、やはり倒れない。
ここまで負傷していても固有種の体躯は城砦にも等しい。
遠距離攻撃では牽制程度にしかならないようだ。
巨馬は双眸を赤く輝かせてハックの機体へと突進する。
『――ちィ!』
ハックは舌打ちして愛機を後退させる。
仲間たちは《穿風》や《飛刃》で援護するが、巨馬はお構いなしだ。
このままハックの機体を踏み潰す勢いだったが、
『――させません!』
――ズシンッ!
シャルロットが操る《アトス》が大剣を巨馬の脚に叩きつけた!
ぐらり、と。
巨馬がバランスを崩した。
走っていたからではない。今の一撃が先程とは違うからだ。
――《黄道法》の構築系闘技・《重天剣》。
大剣の刀身に恒力で創った帯を幾重にも重ねて、剣の自重を数倍にまで上げる剣の速度で叩きつける超重量の一撃。
シャルロットの切り札である。
さしもの巨馬も走行中に喰らってはバランスを崩すのも当然だった。
『――クッ!』
だが、《アトス》の方に衝撃がない訳ではない。
途方もない巨木が振り子のように揺れる中に剣撃を叩きこんだのだ。
その反動は凄まじい。
巨馬がバランスを崩すのと同時に大剣が吹き飛んでいく。
ギリギリのタイミングで手を離さなければ両腕ごと持っていかれたかもしれない。
《アトス》は武器を失った。
――が。
『今です!』
シャルロットはそう叫び、《アトス》を離脱させた。
直後、《穿風》が巨馬の横腹に叩きこまれる!
ハックたち三機による一斉砲撃だ。全機武器まで捨てて両腕で《穿風》を繰り出している。そこに《アトス》も加わり、四機による連撃になる。
――ドドドドドッドドドドドッッ!
絶え間なく響く轟音。
砲撃は巨馬の左側面に集中していた。
遠距離攻撃は牽制程度にしかならない。だが、ここまで圧倒的な手数では反撃や回避もままならかった。巨馬は追いやられていった。
――そう。徐々に大樹の傍へと。
(……流石だ)
その光景を大樹の枝の上からサンクは見据えていた。
高さにして五十セージルは超えているだろうか。
断崖絶壁のような幹を必死によじ登り、サンクの《バルゥ》はどうにかこの場所にまで辿り着いていた。
大樹といえども、枝に鎧機兵が立てるのは驚きだった。
やはりこの森はスケールが違っていた。
おかげに今回の作戦が成り立つ訳だ。
「……よし」
サンクは愛機に斧槍を握らせた。
チャンスはまさに一度きりだ。
狙いは巨馬の死角。頭上である。
サンクはここから巨馬の死角に奇襲をかけるつもりだった。
あまりにも危険な賭けだが、恐らく、ここまでしなければあの巨馬に止めを刺すことは出来ない。それは全員の認識だった。
賭けるのはサンクとジェシーの命だけではない。
全員の命を懸けた一撃なのだ。
そこまで信じてくれたハックとシャルロットたちに心から感謝する。
そうしていよいよ巨馬がこの大樹の幹まで追いやられた。
「……よし」
サンクは強く操縦棍を握った。
「ジェシー。行くぜ」
「……うん」
背中のジェシーに声を掛けて《バルゥ》は跳躍した。
斧槍を両手で構え、落下する先は巨馬の頭部だ。
そして――。
――ズンッッ!
斧槍が巨馬の頭部に突き刺さる!
巨馬は双眸を見開いた。
斧槍は分厚い頭蓋を貫いた。
ぐらりと巨躯が傾くが、それでも四本の脚で踏ん張ろうとする。
意識がまだある。脳にまで届いていない証だ。
サンクの《バルゥ》は巨馬の頭部の上で、突き刺さった斧槍を片手で掴んでいた。
『――エイミーッ!』
そして叫ぶ!
『オレの剣を!』
『うんッ!』
エイミーの《スライガー》は大剣を振りかぶって投げた。
それを《バルゥ》は片手で受け取った。
『――これでッ!』
大剣の柄を《バルゥ》は両手で握りしめる。
『終わりだッ!』
そうして広い剣腹を斧槍の石突に叩きつけた!
斧槍は頭部に深く喰い込んだ!
――ヒヒイイイイイイイイィイィンッッ!
巨馬は仰け反り、いななきを上げた。
サンクの《バルゥ》は空中に放り出された。
そして――。
――ズズウゥン……。
遂に巨躯は倒れ伏した。
衝撃と土煙で周囲は呑み込まれる。
十数秒ほど、視界が遮られるが、ややあって。
『――サンクッ!』
エイミーが叫んだ。
土煙が消えた時。
巨馬の傍らに大剣を携えた《バルゥ》の姿があったのだ。
振り落とされた際か、装甲に損傷はあるが、両足で立っている。
しばし《バルゥ》は沈黙していたが……。
――すうっと。
大剣を掲げた。
それは決着を示すモノだった。
『……おおッ!』『やりやがったか!』
傭兵の鎧機兵たちが拳を掲げた。
そして、
『オレたちの勝ちですッ!』
サンクは勝利宣言をした。
こうして。
一つの決着がついたのである。
――固有種の討伐。
これは凄まじい戦果と言える。
将来を約束した二人の妻に、破格の戦果。
この戦いで彼が得たモノは大きい。
サンク=ハシブルとは、やはり持っている男であった。
ただ、当然ながら物語はまだ終わらない。
別の場所にて。
また一つ。決着がつこうとしていた。
――ごわり、ごわり……。
不気味な音が鳴る。
それは巨大なシルエットから発せられていた。
全身から血を流す巨大なる蛇の体躯からだ。
破壊尽くされた樹海の一角で天を仰ぐ蛇。
しかし、その姿を見て蛇だと気付く者はいないかもしれない。
喉元があまりにも巨大化しているからだ。
その巨大なアギトからは、黒い脚が飛び出している。
激しく足掻いているが、蛇はそれさえも完全に呑み込んだ。
ごわり、と喉元が鳴る。
大きく膨れ上がった喉元だったが、それは徐々に腹部へと移動する。
そして瞬時にして圧縮された。
まるでそこには何もなかったかのように。
蛇は桁違いの溶解力を持つ胃液ですべてを溶かしきってしまった。
その直後のことだ。
蛇を中心に光の陣が展開された。
蛇は一瞬首を傾げるが、変化はすぐに訪れる。
みるみる内に全身の傷が治癒していったのだ。
中にはごっそりと肉が削げ落とされた深い傷もあったのだが、それさえも跡形もなく完全に治癒していった。
それだけではない。蛇の巨大な体躯がさらに大きくなっていた。
牙を鋭く、鱗はより頑強に。
そして溢れんばかりの活力が全身から溢れている。
完全治癒と更なる力。
これこそが王獣闘争の勝者の特権だった。
蛇は天に向かって勝利の咆哮を上げた。
と、その時だった。
突如、空から何かが降ってくる。
――ズズゥンッ!
地響きを立てて着地。
それは巨大な黒い影だった。
「………グルゥゥ」
唸り声を上げるそれに蛇は視線を移した。
体躯にして蛇に匹敵する大きき。
恐らく、覇気、獣性においても匹敵するだろう。
それは巨大な黒猿。
すなわち最初の勝者にして最後の王獣――《猿羅》だった。
どこで用意したのか、《猿羅》は棍のように巨木を片手に携えていた。
「……シャアァ」
蛇――《業蛇》も威嚇する。
思いがけない連戦。
だが、《業蛇》は消耗などしていない。
元々体力は無尽蔵。
傷も癒えて、むしろ万全以上の状態だった。
「……ガアアアッ!」
巨木を手に《猿羅》が吠える!
対する《業蛇》も鎌首を掲げてアギトを開いた。
かくして王獣同士としては最後の戦い。
その火蓋が、切って落とされるのであった――。




