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クライン工房へようこそ!【第18部まで完結!】  作者: 雨宮ソウスケ
第17部 『巨樹の森の饗宴』②

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第七章 勝利を掴め②

(さて。どう動くか)


 牙の巨象を前にしてアッシュは双眸を細めた。

 初戦にて、相手の手の内はある程度分かっている。

 近距離、中距離、遠距離。

 鈍重そうな姿からは想像しにくい万能タイプ。

 ゆえに初手が読めない相手でもあった。

 今もゆっくりと鼻を動かしつつ、こちらを窺っているようだ。

 互いに動きにくい状況である。

 とはいえ、


(考えていても仕方がねえか)


 アッシュは決断する。

 やはり睨み合いなど性に合わない。

 アッシュの意志に呼応して、《朱天》が一歩前に踏み出した。

 しかし、睨み合いが性に合っていなかったのは巨象も同様のようだった。


「――バオオオッ!」


 全く同時に動き出したのである。

 それも一歩踏み出すような動きではない。

 ドンッ、ドンッ、ドンッ!

 周囲の木々を震わせて、連続で地響きを立てる。

 その場で巨象が弾み(・・)始めたのだ。

 短い脚で跳ねるその姿は、山のような大きさからして馬鹿げている話なのだが、まるでボールのようだった。

 それがリズムよく跳ねているのである。


「……おい。待て」


 アッシュはそれを見て目を見開いた。

 顔が引きつってくる。

 ……まさかとは思う。

 だが、この巨大な魔獣が今していることとは――。

 そう考えた瞬間だった。

 突如、巨象が跳んできたのである。

 それはとても軽やかに。


「マジか!? お前ッ!?」


 アッシュは思わず叫んでいた。

 ――そう。まるで拳闘士のように。

 この巨象はリズムを取り、軽快な足さばき(フットワーク)を使ってきたのである。

 しかし、軽快といっても巨大な体は重厚な壁のようだ。

 アッシュは咄嗟に《朱天》を横に跳躍させて回避した。

 巨象はそのまま通り過ぎるが、後方で地を蹴ると、跳ねるような足取りで弧を描き、軌道を変更してくる。


 とても象の動きではない。

 動きだけで言うのなら猫科を思わせるような軽やかさだ。

 ただ、流石に無音とはいかず、一歩ごとに地響きを立てているが。


「――バオオオッ!」


 巨象は跳躍で間合いを詰めつつ、拳の代わりに鼻を突き出してくる。

 例えるならストレートの拳。

 まるで槍のごとき一撃だ。


「……ギャワッ!」


 後ろに積んだ荷物に掴まるオルタナが悲鳴を上げた。


「……カワセ! ヘンジン!」


「言われるまでもねえよ!」


 アッシュは《朱天》を走らせる。

 鼻は一瞬前まで《朱天》がいた場所を貫いた。

 鼻は瞬時に戻る。

 巨象も駆け出しながら、再び鼻を撃ち出した。

 走り続ける《朱天》を追う形で軌道を変えてくる。

 このままでは攻められる一方だ。

 しかし、これを由とするアッシュではなかった。


「舐めんじゃねえよ!」


 そう呟き、アッシュは《朱天》の足を止めさせた。

 急停止に足が火線を引く。《朱天》はその場で身構えた。

 そして襲い来る鼻を、機体を屈めさせて回避して即座に反転。両腕で鼻を掴んで肩に担ぐと、そのまま勢いで背負い投げに持ち込んだ。


「――バオォ!?」


 山のような巨体が宙に浮かぶ。

 巨象は目を見開いたまま、背中から地面に叩きつけられた。

 ――ズズゥンッ!

 凄まじい衝撃が大樹海に響く。

 その場には隕石が直撃したかのようにクレータ―が生まれた。

 これだけでは致命傷には程遠い。

 しかし、巨象は仰向けに倒れ込むことになった。

 この巨体では立ち上がることも困難なはずだ。

 その上、無防備な腹を剥き出しにすることになる。


 千載一遇の好機。

 ここで強力な一撃を喰らわせば、戦況は一気に有利になる。


 そう考えた――のだが、


「……おい」


 アッシュは眉間にしわを寄せた。

 倒れた巨象が、いきなり体を大きく捩じり始めたのである。

 そして、

 ――ギュルンッ!

 まるでゴム毬のように。

 全身の筋肉を使って回転したのだ。

 巨躯で地を削って宙へと跳ぶ。回転は全身――すなわち鼻へも伝わり、それを掴んでいた《朱天》は弾き飛ばされることになった。


「……くそ」


 アッシュは双眸を細める。

 荷物は固定されているので、それを掴んでいるオルタナが飛ばされるようなことはなかったが、「……ギャワッ! ギャワッ!」と叫んでいた。

 そんな同乗者の悲鳴をよそに《朱天》は空中で軽やかに体勢を整え、ズザザザッと両足で地面に着地した。


「……お前、もう象じゃねえだろ」


 アッシュは思わずそう告げた。

 巨象は、すでに四本の足でしっかりと立っていた。

 信じ難いレベルの筋力と骨格だ。


 固有種といえどもベースとなる生物の特徴は持っているモノだ。

 例えば《業蛇》ならどれほど巨大でも『蛇』であるように。


 しかし、この巨象は違う。

 姿形こそ『象』ではあるが、その動きは別物だ。

 桁違いの筋力と骨格を持った結果、自重をモノともしない動きを手にしている。

 見た目は『象』だが、むしろ獅子や虎に近いのかもしれない。


(いずれにせよ、生半可な打撃は通じねえだろうな)


 そう判断する。

 まさしく筋肉の鎧――否、城砦だ。

 打撃ではどれほど積み重ねても疲労にも至らないだろう。

 例え、それが《朱天》の剛拳であってもだ。


(厄介だな。だが……)


 アッシュは操縦棍を強く握り直した。

 同時に《朱天》の双眸が紅く光る。

 さらにはガパリと口を開き、大きく息を吸うように胸を張った。

 数秒後、紅い四本角の内の前二本が鬼火のような輝きを放ち始めた。

 外付けの《星導石》。《朱焔》を解放したのだ。

 増大する《朱天》の恒力。


「相性が悪いなんて泣き言も言ってらんねえからな」


 アッシュは不敵に笑う。

 ――ドゴンッ!

《朱天》は両の拳を胸元で叩きつけた。

 一方、巨象もゆらりと鼻を揺らしていた。

 ズズン、ズズン……。

 最強の魔獣は巨体を震わせて歩き出す。

 その覇気に一切の衰えはない。

 緊迫感だけが増していく。

 そして、


『さて。象さんよ』


 アッシュはこう告げた。


『こっから先はもう一段階飛ばして行こうぜ』









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