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【第18部まで完結】クライン工房へようこそ!  作者: 雨宮ソウスケ
第17部 『巨樹の森の饗宴』②

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幕間二 永遠の時代

 その日。

 西方天・ラクシャは謁見宮殿に訪れていた。


 この世界の中心にある宮殿。

 鏡の如き石造りの廊下が続く。

 王侯貴族が住まうとしても荘厳すぎる場所。

 勇猛なる御方さまに謁見するためだけ(・・)の宮殿だった。


 しばらく進むと外に出た。

 廊下は続くが、柱と天井だけがある通路に出たのである。

 外の景色は圧巻だった。

 この世界はその名から炎に包まれていると思われがちだが、実のところ、自然豊かな世界だ。雄大な山に空を飛ぶ鳥たち。穏やかな風も吹いている。


 それも当然だ。

 ここは生き抜いた者が訪れる世界。

 心を穏やかに休ませて、新たに旅立つための世界なのだから。


(この平穏も御方さまのお力があればこそだな)


 だが、ここが穏やかな世界であることは、あまり知られてはいけなかった。

 人に死を安易に受け入れさせてしまう懸念があるからだ。

 死にゆく先に穏やかな世界があっては死に急ぐ者も出てくる。

 ゆえに、この世界は《煉獄》と名乗っていた。

 そしてラクシャを含めて四方天は自らを獄卒と呼ばせているのである。


(ままならぬものよ)


 樫の木の杖をつきつつ、ラクシャは進む。

 謁見の間は、ここからもう少し先にあった。


(しかし問題もある)


 四方天の中でも最も叡智に優れたラクシャは考える。


(どうもおかしい。この世界に訪れる者の総数が減っているのは何故だ?)


 死とは普遍的なモノ。

 死と無縁の者は限られている。


 戦乱より生まれいずる魔王。

 魔王が自ら望むことで反転する聖者。

 そして聖者から至る全能たる神。


 そういった超越者たちだ。


《煉獄》の民は異なる世界を渡って輪廻転生を繰り返すので、ある意味不死とも言えるのだが、同一の存在として転生できるのは、超越者たちと、死の王である御方さまの加護を持つ四方天のみだ。

 従って、すべての生命は死ねばこの《煉獄》に訪れるはずなのだ。

 その総数が減っているのである。


(……やはり奴らが関わっているのか?)


 ラクシャは強く杖を握った。

 超越者のすべてが御方さまのように慈悲深いとは限らない。

 むしろ強大な者ほど横暴で傲慢であり、その本質は――。

 と、考えていた時だった。


「……む」


 ラクシャは足を止めた。

 通路の先に二人の先客を見つけたからだ。

 二人とも女性だ。

 一人は二十代前半ほど。

 勝気さのある黒い双眸に長い黒髪。

 軍服を思わせる男性用の白い衣服を纏い、腰には長剣を差している。

 もう一人は黒髪の女性より少し下か。

 淡い桃色の髪を肩辺りまで伸ばし、片目を前髪で覆っている。

 彼女は袖の長いドレスのような巫女装束を纏っていた。

 二人とも圧倒的な美貌と存在感を持っていた。

 彼女たちもラクシャに気付いたようだ。


「おお。西方天殿か」


 黒髪の美女が言う。


「久方ぶりだな」


 そう告げて微笑んだ。


「あ。西方天さまですか」


 もう一人の女性も声を掛けてくる。


「お初にお目にかかります」


 深々と頭を下げて彼女は名乗った。


「《悠月の乙女》の方々ですか」


 ラクシャも頭を下げた。


「いつこちらに? いえ、あなた方がいらっしゃるということはもしや――」


「ああ。そうだ」


 黒髪の美女が頷く。


「今あいつが《煉獄王(バロウス)》殿とお会いしている」


「そうですか……」


 ラクシャは瞳を細めた。


「黒き太陽の君が……ですが」


 少しだけ眉をひそめる。


「我が君は魔王の中の魔王。神々さえも畏れを抱くお方。黒き太陽の君は魔王から聖者へと転ずるとお聞きしました。あまり我が君にお会いしては……」


「そんなもの、あいつが気にするものか」


 黒髪の美女は嘆息した。巫女装束の女性もクスクスと笑っている。


「友は友だ。立場で態度を変えるなど友とは呼べんだろう」


「……そうですか」


 ラクシャは笑った。

 彼にしては非常に珍しい笑みだ。


「あなた方も大変ですな」


 魔王は時に人の中から妻を娶る。

 彼女たちは黒き太陽の王に見出された姫君たちだ。

 その名を《悠月の乙女》。

 太陽の王の炎の円環を司る者たち。

 その愛ゆえに眷属として人を超えた存在と成った九人の乙女である。

 その内の二人が彼女たちだった。


「ふん、慣れたものだ」


「ええ。確かに」


 魔王の妻たちは言う。


「私たちは悠久にあいつと共に在ると決めているからな」


「ええ。ゆえに《悠月》です」


 ただ、と二人は声を揃えて告げた。


「《悠月》はいいのだが……」


「はい。正直、私たち九人はもう誰も《乙女》とは呼べませんし……」


 と、二人は顔を見合わせて気まずそうに頬を朱に染めていた。


「……はは、そうですか」


 心の機微や愛の営みには疎いラクシャは苦笑するしかなかった。


「ともあれ、友との語らいにお邪魔するのは無粋。私は出直すことにしましょう」


 そう告げて、ラクシャは二人に一礼すると、元来た道を戻るのだった。




(……あれから)


 どれほどの月日が経ったか。

 西方天・ラクシャは遠見の宝珠を見据えていた。

 そこには巨象と対峙する黒い鬼の姿があった。


「……本当に御身なのか……」


 ラクシャは自然と宝珠を握る手に力を込めた。


「不敬ながら見極めさせて頂きます。黒き太陽の君よ」







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