第六章 愛の行方は――。➄
サンク=ハシブルは持っている男だ。
騎士としての才能。
侯爵家という恵まれた家柄もそうだが、何よりも機運を持っている。
それは訪れるべきに時に必ず訪れる。
ゆえに持っている男なのだ。
時間は少し遡る。
サンクたち一行は陣形を維持しつつ、大樹海を捜索していた。
しかし、一向にジェシーは見つからない。
当然だ。この広大な樹海で早々見つかるはずもない。
サンクは焦りを抱いていた。
(……いや、ダメだ)
サンクはかぶりを振った。
(ここでまた焦ってどうするんだ。折角、皆が落ち着かせてくれたのに)
大きく息を吐いた。
集中する。
そして思い浮かべる。
これまでずっと一緒に生きてきたジェシーのことを。
初めて出会った日。
一緒に遊んだ幼少期。
互いに技量を高め合った騎士時代。
彼女とエイミーに告白された日。
ジェシーの仕草、その声を鮮明に思い浮かべる。
そして、彼女とこれから生きるはずの未来のことも。
(ジェシー……)
強く。強く思い浮かべる。
もう一度。
彼女に逢いたい。
彼女に触れたい。
彼女の声を聞きたい。
そう真摯に願った。
その時だった。
(――ッ!)
サンクは目を見開いた。
不意にジェシーの声が聞こえた気がしたのだ。
愛機・《バルゥ》は足を止めた。
『……サンク?』
エイミーが怪訝な様子で声を掛けてくる。
『どうしたの?』
『いまジェシーの声が聞こえた……』
『え?』
愛機の操縦席の中でエイミーが目を瞬かせた。
耳を澄ませてみる。
しかし、姉の声はどこからも聞こえてこなかった。
『声ですか? 私は聞き落としたようですが……』
と、シャルロットが言う。
同時に彼女の愛機の《アトス》が傭兵たちにも視線を向けた。
『いや。俺も聞こえなかった』
『騎士の兄ちゃんの聞き間違いじゃねえか? 今はどんな音も嬢ちゃんの声に聞こえてもおかしくねえだろうし』
『……そうかもな』
と、ハックも言う。
すると、
『いや、違う』
サンクはかぶりを振った。
『オレがジェシーの声を聞き間違えるものか』
次いでサンクは『すみません。先行します!』と告げると、ギョッとする一行を置いて一人、愛機を走り出させた。
そうして彼は見事、愛する者の危機に駆け付けるのである。
――そう。
サンク=ハシブルは持っている男なのだ。
◆
一方、アッシュ=クラインは持っていない男だった。
誰もが認める最強の戦士。
その雷名は、セラ大陸中に轟いている。
騎士を引退し、職人としてこの国に移り住んでからも友人たちに恵まれ、その傍らには愛する者たちもいる。
一見すれば幸せな人間だろう。
だが、それは今だからこその話だ。
かつて、何度その手から命が零れ落ちたか……。
父も母も故郷も。
背中を任せた親しき友も。
愛する者の危機に間に合わなかったこともある。
幾度となく消失を味わった。
彼ほど奪われ続けた人間も少ないだろう。
いま幸せに包まれているのは、偶然に救われた奇跡に過ぎなかった。
だからこそ、アッシュは常に全力だった。
奪う者には容赦しない。
幸運などにも頼らない。
この腕で不遇な運命はねじ伏せる。
そのために培ってきた力だった。
そのための相棒だった。
(………)
アッシュは双眸を細めた。
竜尾を揺らして《朱天》は跳躍する。
大樹の枝から枝へと、まるで飛翔するかのように跳んでいく。
そうして――。
「……ギャワッ! イタゾ!」
肩に掴まるオルタナが叫んだ。
アッシュは「ああ。そうだな」と応える。
進行方向の先。
そこには巨影の姿があった。
「……さて。行くか」
アッシュがそう呟く。
枝を蹴り、《朱天》は大きく跳躍した。
そして、ズズンッとそいつの前に着地した。
大きな牙を持つ巨象の前にだ。
『よう。象さん。ここで遭うとは奇遇だな』
アッシュはそう告げると、巨象は「バオオオオオオッ!」と咆哮を上げた。
心なしか、巨体がさらに大きくなったように見える。
肌で感じ取れる殺意。
明らかに荒ぶっている。
どうやら巨象――《泰君》も再会を待ちわびていたようだ。
『はは。お前もやる気ってことか』
アッシュは双眸を細めた。
同時に《朱天》が胸部の前で両の拳を叩きつけた。
――持っていない?
――不運が何だ?
力を以て運命さえもねじ伏せる。
そんな最強の男は不敵に笑って宣告する。
『さあ、第二戦といこうじゃねえか。象さんよ』




