第六章 愛の行方は――。➂
(……ジェシー)
愛機の操縦棍を握りつつ、サンクは焦燥に駆られていた。
それも当然だ。
なにせ、愛する女性が大樹海で行方不明なのだから。
ただでさえ危険な場所。
しかも、今ここには固有種まで徘徊しているのである。
そんな場所にジェシーは一人で……。
(……オレのせいだ)
サンクは唇を強く噛んだ。
ジェシーは、サンクを助けるために犠牲になることを選んだのだ。
騎士でありながら王女殿下をお守りすることも出来ない無能な男を助けるために。
(……ジェシー)
ズシン、ズシンと。
サンクの操る《バルゥ》も少し早足だった。
鎧機兵は心で操る。主人の焦りが機体にも出ているのである。
その様子を少し遅れて同行するエイミーが心配そうに見つめていた。
(……サンク。焦ってる)
サンクの心情はよく理解できる。
エイミーも姉のことを思うと胸が張り裂けそうだ。
しかし、ここで焦るのは危険だった。
(私がサンクを支えないと)
そう考えて声を掛けようとした時だった。
『おい。待ちな。兄ちゃん』
同行する一機。
傭兵団の団長・ハックが先に口を開いた。
『少し急ぎすぎだぜ』
現在、サンクたち一行は六機編成。
サンクの《バルゥ》を先頭に少し遅れてエイミーの《スライガー》とシャルロットの《アトス》。その後に傭兵団の二機。最後方をハックの機体が担っていた。
最後方のハックの声に、サンクの《バルゥ》は足を止めた。
自然と隊全体がその場で止まる。
『……すみません。オレは……』
『焦る気持ちはよく分かるさ』
ハックは言う。
『だが、焦りは判断力を奪う。今は少し落ち着きな』
そこで一拍おくと、少し皮肉気な様子の声で、
『そうだな。一旦落ち着いて未来のことを考えてみな』
『……未来、ですか?』
《バルゥ》が振り返ってサンクが反芻する。
ハックは『ああ』と答えた。
『よく死亡フラグとか言われてるが、これって重要なんだぜ』
歴戦の傭兵は語る。
『叶えたい未来を明確にする。絶対に叶えたい未来図を心の中心に据えるんだ。そうすれことで危機であっても何がなんでも生きたいって思うのさ』
『……叶えたい未来図……』
『おう』ハックの機体は頷いた。『兄ちゃんの叶えたい未来って何だ?』
『オレの未来……』
サンクは微かに視線を落とした。
そして、
『ジェシーを助け出して嫁さんにすることです』
そう告げた。
ハックを始め、傭兵たちは『『おお~』』と声を上げた。
シャルロットとユーリィも、意外と男らしい発言に少し感心した顔をした。
『ハシブルさんは彼女とすでに婚約をされていたのですか?』
シャルロットがそう尋ねる。と、
『いえ。それはまだですけど……』
サンクの《バルゥ》は続けてエイミーの《スライガー》に目をやった。
『いずれ必ず。エイミーもオレの嫁さんにします』
『『『…………え』』
この台詞には全員がキョトンとした。
唯一、エイミーだけは愛機の中で恥ずかしそうに視線を逸らしていたが。
『ジェシーもエイミーもオレの幼馴染なんです』
そんな中、サンクが説明する。
『オレは二人とも好きで二人とも離したくないんです。オレの家は一応貴族で一夫多妻の権利も持っています。だから……』
そう告げるサンクに、シャルロットとユーリィは何とも言えない顔をした。
これまでの旅で、薄々あの三人には何かあるとは思っていたが、まさかそんなことを考えていたとは……。
「シャルロットさん」
シャルロットの背中に掴まるユーリィが言う。
「これってもしかして私たちの影響?」
「その可能性はありそうですね」
シャルロットは苦笑を零した。
「オトハさまやサーシャさま。私も含めてあるじさまに妻が多いことは、王都ではもはや周知の事実のようになっていますから」
別にシャルロットたちが広めた訳でもないが、いつしかそういう噂が立っていた。
その件に関してはアッシュ自身もツッコむことはあっても否定はしないので、その噂は自然と事実扱いとなったのである。
サンクもその噂に触発されて一夫多妻を目指したのかも知れない。
ユーリィとシャルロットとしては少し気まずい感じだ。
エイミーも愛機の中で本当に困った顔をしていた。
一方、男たちは――。
『おお~、マジか?』
『何だそれ? この国じゃあ一夫多妻が推奨されてんのか?』
『うわ。俺、マジでこの国に住みてえ』
と、笑っていた。
『なるほどな』
ハックが笑いながら告げる。
『そいつはなかなか大胆ででっけえ未来だな。忘れんじゃねえぞ』
『……はい』
サンクは頷いた。
先程までの焦りは少し緩和していた。
『お手数をかけました。進みます』
そう告げて、再び《バルゥ》は進み出す。
(ジェシー。エイミー)
脳裏に浮かぶ未来図。
サンクの隣にはエイミーとジェシーの姿があった。
そして彼女たちの腕の中には――。
(……オレは)
サンクは双眸を細めた。
強欲と呼ばれてもいい。
世間に呆れられてもいい。
それでも彼女たちが愛しいのだ。
だから、
「待っていろよ。ジェシー」
この未来図だけは絶対に欠けさせない。
サンクは強く操縦棍を握りしめる。
そして、
「いまオレが助けに行くからな」
そう呟いて、サンクはさらに決意を固くした。




