第五章 それぞれの胸中➂
その頃。
《朱天》はひと際背の高い巨獣の枝に立っていた。
大樹海を見渡すことの出来る高所だ。
「……さて」
操縦席の中、アッシュは腕を組んで絶景を見据えていた。
すべてが巨大で広大な大樹海。
この中から固有種を見つけ出すことは容易ではない。
闇雲に探しても遭遇する可能性は極めて低いだろう。
一度遺跡にも戻ってみたが、あの巨象もすでにいなかった。
どこかに跳躍したのか、移動したような足跡も見つからなかった。
完全に見失った状況である。
(どうでもいい時は向こうから来てくれたのによ)
思わず眉をしかめるアッシュ。
昔からそうだった。
厄介な連中は遭いたくもない時には出てくるのである。
今回に関してはたった五体しかいないところで三体連続だ。
あの厄介な老人に至っては、何故こんな場所で迷惑をかけてくるのか。
(……ああ。クソ)
小さく嘆息する。
やはり、自分はトラブルに引き付ける人間なのかもしれない。
巻き込まれたルカには本当に申し訳なかった。
「……ギャワッ!」
その時、アッシュの肩に乗るオルタナが叫んだ。
「……ドウスル、ヘンジン!」
「……そうだな」
アッシュは双眸を細めた。
色々と腹が立つことだらけだが、いま最も優先すべきはルカだ。
彼女を何としてでも救い出し、取り戻す。
だが、彼女を見つけ出すことは困難だろう。
あの老人の性格からしてルカは褒賞扱いのはずだ。
今まであったロクデナシの中にも似たような輩はいた。
安直に褒賞を傷つけるような真似はしない。
その点はある意味で信用できる。不快なことには変わりないが。
しかし、そうなるとルカはこの大樹海にいない可能性もある。
固有種たちをこの場に集めたように、ルカをどこか別の監禁場所に転移でもさせている可能性は大いにあった。
(……あのジジイの持つ手札が分かんねえのは痛いな)
確実に分かっているのは相界陣のみ。
だが、それ以外にも切り札を持っていることは想像に難くない。
少なくとも、自分の知る他の厄介老人たちなら切り札を隠し持つ。
あの老人だけ相界陣頼りとは思えなかった。
(マジで敬老精神がゴリゴリ削られる人生だな)
人生を生き抜いた先達者には敬意を示すべきだとは思うが、流石にこうも振り回されるとうんざりして来た。
(あの爺さんだけは絶対にただじゃ済まさねえ。だが……)
アッシュは、グッと腕を組む指に力を込めた。
いずれにせよ、今は手持ちの情報で問題を解決しなければない。
「ルカ嬢ちゃんを直で探し出すのはたぶん無理だ」
それを前提に置く。
「あの爺さんが簡単に見つけられる場所に監禁するとは思えねえ。となると爺さんの提示した条件をクリアするしかねえ」
この大樹海にいる五体の固有種をすべて倒す。
とんでもない難題だ。
大国の騎士団を総動員しても不可能かもしれない。
「つけ入る点としては奴らが互いに敵対していることか」
五体同時に殲滅することはアッシュであっても絶対に無理だ。
一体一体が伝説級の大魔獣。
自分と互角かそれ以上と考えるべきだろう。
「……ギャワッ! ギョフノリカ!」
翼を広げてそう叫ぶオルタナに、アッシュは苦笑した。
「よく知ってんな。だが、そいつも難しいな」
先程の《業蛇》と大蜘蛛の戦いを見て思ったことだ。
やはり固有種の耐久力と体力は桁違いだ。
二体の消耗を待つには時間がかかりすぎる。
決着がつきそうな瞬間に運よく遭遇できるのならともかく、いつ終わるか分からない嵐のような戦闘を付かず離れずの位置で監視し続けるなどアッシュにも出来ない。
「二体が争っている時に俺が下手打って敵だと認識されたら最悪だ。俺は固有種二体を同時に相手しなきゃなんねえことになる」
戦闘を邪魔する者がいれば協力しても排除する。
それが獣の本能というものだ。
ましてや、それが自分を殺し得るかもしれない相手なら尚更だ。
「漁夫の利はなしだ。一体ずつ倒すしかねえ。そのためには……」
まず相手の居場所を見つけ出す必要がある。
そのために出来ることと言えば……。
(リスクは高いが《星読み》を使うか)
相手の気配を探る技法。
しかし、虫などの小さな気配まで拾い上げるため、脳に負荷のかかる技法だ。
前にも一度ここで使ったことがあるが、その時の負担も大きかった。
だが、今はこれに頼るしかない。
アッシュは瞳を閉じて額に意識を集中させた。
暗闇の中、ポツポツと輝きが増えていく。
数秒後には、文字通り満天の星のごとくだ。
眩暈がするような状況だが、その中でひと際大きな星を見つける。
(……ユーリィだな)
金色の《星神》である彼女の輝きは桁違いだ。
どこにいても存在を感じられる。
どうやら無事移動を開始したようだ。
少し安心しつつ、アッシュは他の命に意識を向けた。
とにかく強大な命を。
それらだけに集中した。
そうして見つけたのが四つの命。
(……四つだと?)
二つは移動している。
(一つはあの象か? もう一体は分かんねえが……)
もう二つは互いに近くにいた。
(こいつらは《業蛇》と大蜘蛛だな)
そう推測した。
アッシュは息を小さく吐いて瞳を開けた。
少し視界が明滅している気もするが、かぶりを振って払う。
「……ドウシタ? ヘンジン」
オルタナが小首を傾げていた。
「見つけたよ。そんで朗報だ」
アッシュは苦笑を浮かべる。
「俺にしちゃあ運がいい。どうやら固有種の一体は生存競争に負けたらしい」
大きな光は四つしかなかった。
恐らく他の固有種に負けたのだろう。
「残り四体。居場所は掴めた」
アッシュは操縦棍を握った。
「狙うべきは単独行動をしている二体のどちらかだ」
恐らくは、どちらかがあの巨象に違いない。
位置的にはどちらの光であっても不思議ではない。
果たしてどちらがそうなのか――。
「さあて」
アッシュは不敵に笑う。
「出来れば決着をつけてえところだな。象さんよ」
そう嘯いて。
アッシュの操る《朱天》は大樹から跳躍するのだった。




