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【第18部まで完結】クライン工房へようこそ!  作者: 雨宮ソウスケ
第17部 『巨樹の森の饗宴』②

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第三章 ザ・ランペイジ②

 わずかに遺跡が揺れている。

 真っ先にそれに気付いたのはアッシュだった。


「みんな! 鎧機兵に乗れ!」


 即座に指示を出す。

 ハックたち、傭兵団はすぐさま反応した。

 すでに乗っている警護の機体も周囲を警戒した。

 次いでシャルロットとサンクが愛機の元へと走り出す。ルカも一瞬困惑していたが、《クルスス》の元へと駆け出した。

 アッシュ自身もユーリィを抱き上げると、《朱天》の元へと急ぐ。

 全員が自機に搭乗したその時だった。


 ――ズズゥンッ!

 明確な振動が遺跡を揺らした。

 それは何度も続く。

 巨大な何かが近づいてきている証拠だった。


『くそッ! さっきの蛇と蜘蛛が戻ってきたか!』


 ハックがそう叫ぶ。

 だがしかし、次の瞬間、唖然とした。

 遺跡を建屋も越えて顔を出したのは怪蛇でも大蜘蛛でもなかったからだ。

 その場にいる者たち全員が茫然とした。


(……おいおい)


 流石にアッシュも例外ではない。

 新たに現れた怪物は、あまりも巨大だった。

 全高にして三十五――いや、四十セージルにも届くかもしれない。

 鋭く天を突く白い牙。大蛇を思わす長い鼻。

 赤、黄、緑と派手に彩られた体毛は長く、全身を覆っている。

 それは一般的に象と呼ばれる生物に酷似していた。

 ただ、ここまで巨大な存在を象に分類してもよいか分からないが。


「バオオオオオオオオオオオオ―――ッッ!」


 巨獣は咆哮を上げた。

 この巨獣こそがオズニアの悪夢。別名『国堕とし』。

 名を《泰君(タイクン)》と言った。

 ドランの大樹海に放たれた五体目の王である。


『べ、別の固有種だと!?』


 歴戦の傭兵であるハックでさえ裏返った声を出す。


『だ、団長! どうする!』


 傭兵団の団員が叫ぶ。

 先程まで暴れまくった怪蛇と大蜘蛛の目には互いのことしか映っておらず、自分たちに見向きもしなかった。

 だが、この巨獣は違う。

 いま、巨獣の目の前にいるのは自分たちしかいないのだ。

 体毛の隙間から見せる赤い眼差しには明らかな敵意があった。


『――撤退だ』


 動揺する精神をすぐに立て直し、ハックは告げる。


『依頼人の護衛を最優先にこの場から離脱する』


『……殿(しんがり)は俺がしよう』


 アッシュがハックに声を掛ける。

 ハックは少し驚きつつ、尋ね返した。


『こないだの王都の大会は俺も見たからな。お前の実力はよく知っている。だが、なんで引き受けてくれる?』


 殿は重要だが、最も危険な役割だ。

 ハックとしては有り難くもある。

 だが、どうしてそれを自ら請け負うのか――。


『代わりに頼みがある』


 アッシュは言う。


『俺の連れ……ルカ嬢ちゃんたちの護衛も引き受けてくれ』


 アッシュは今にも襲い掛かってきそうな巨獣を見据えながら言葉を続ける。


『ここでバラバラに行動したら必ず犠牲者が出る。俺があいつを食い止める。その間にルカ嬢ちゃんたちも一緒に撤退させてくれ』


『仮面さん!』


『……あるじさま。それは……』


『――師匠! 待ってください!』


 ルカ、シャルロット、サンクがそれぞれ声を上げようとするが、


『反論はなしだ』


 アッシュはその声を遮った。


『ですがオレは騎士です! 一般人である師匠を盾になんて出来ません!』


 サンクがさらにそう告げるが、


『これが最善だ。サンク。お前だって大切なモンたちがこの場にいんだろ』


『……う』


 サンクは言葉を詰まらせた。

 彼のすぐ傍にはビレル姉妹が乗る二機の鎧機兵がいた。

 彼女たちもこの事態に動揺していた。


『俺だってそうだ。シャル』


 アッシュは《アトス》に声を掛けた。

 その操縦中にいるシャルロットが『は、はい』と返すと、


『ユーリィはこのまま俺が守る。シャルはルカを頼むよ。ただし』


『……ただし?』


 反芻するシャルロットに、アッシュは双眸を細めて告げる。


『絶対に無茶なことはするなよ。たとえルカを守るためでもそれでお前が傷つくことはダメだからな。もしこれを破ったら』


 そこでアッシュは少しだけ意地悪そうな口調で言った。


『少し激しめのお仕置きをすっからな。昨日よりも凄く。まあ、覚悟しとけよ』


『………え』


 シャルロットは一瞬キョトンとしたが、すぐに耳まで真っ赤になった。


『あ、あるじさまっ!』


『いいな。シャル』


 有無を言わせないアッシュに彼女は真っ赤な顔のまま、『は、はい……』と頷くことしか出来なかった。片手で唇を押さえ、操縦シートの上で少しもじもじしている。

 一方、アッシュの腰を掴むユーリィは少し不機嫌だ。

 半眼で軽くアッシュの腹筋をつねり、


「そのお仕置きについて詳しく」


「いや、そこは流してくれ。相手がシャルだったからちょいと悪ノリしたけど、一応は緊張をほぐすための冗談のつもりだからな」


 アッシュは苦笑いを浮かべた。

 改めてアッシュはシャルロットたちに告げる。


『心配すんな。あわよくばここでこいつを倒すつもりだしな』


『……噂通りの剛毅ぶりだな』


 ハックがそう呟く。

 その声はどこか面白がっているようだった。


『だが了解だ。確かにこの場はお前さんに任せることが最善のようだ。王女殿下たちのことも引き受けよう。けど死ぬなよ。アッシュ』


『おう。当然さ』


 アッシュは即答する。


『ヤバいようなら俺も逃げるよ。つうかここにはユーリィもいるし、こんな訳分かんねえ状況で家族を残して死んでたまるか』


『ああ。そういや嫁さんが多いんだったな』


『……いや。そうなんだけど、なんでたまたま出会ったあんたまで知ってんだよ』


 ハックの台詞に、思わずアッシュは頬を強張らせた。

 が、呑気に会話できるのもそこまでだった。

 こちらを警戒していた巨獣がいよいよ動き出したからだ。


『か、仮面さん……』


 自機の中からルカが不安そうな声を零す。

 アッシュは『大丈夫だ』と力強い声で答えた。


『固有種相手だろうが、タイマンで負けるつもりはねえ。ルカ嬢ちゃんは自分のことだけを考えておくんだ。シャル。サンク。それとジェシーとエイミー』


 アッシュは仲間たちに声を掛ける。


『合流地点はエルナス湖だ。先に行ってくれ。ルカ嬢ちゃんを頼む』


『……承知いたしました』


 シャルロットが応える。

 騎士であるサンクたちも当然承諾する。


『師匠。ご武運を』


『うん。お姉。殿下を』


『ええ。分かってるわ。殿下。こちらへ』


 サンクとジェシーの機体がルカの《クルスス》を護衛する。

 エイミーの鎧機兵は巨獣を警戒しつつ、二機の動きをサポートしていた。

 ハックたちも動き出す。

 幸いにも巨獣は速度を一気に上げる様子はない。

 本能的にアッシュ――《朱天》を警戒しているようだった。

 鎧機兵を持たない商人たちも含めて鎧機兵たちが撤退する中、


『……あるじさま』


 シャルロットの《アトス》だけはまだ動かずにいた。


『……シャル』


 巨獣を見据えたまま、アッシュは告げる。


『早く行くんだ』


『承知しております。ですが一つだけ』


 緊張した様子で一呼吸入れて、シャルロットは言う。


『昨夜の、その……あるじさまにただ甘えてしまうだけだった私の体たらくを棚に上げて申し上げることになりますが……』


 彼女は胸に片手を当てて言葉を続ける。


『私はまだまだ愛され足りておりません。積年の想いはまだ満たされておりません。少なくとも、サクヤさま、オトハさまやサーシャさまほどには』


 顔を真っ赤にして、彼女は言った。


『だから、必ず戻ってきてください。やっとあなたに愛されたのに、これでさよならなんて嫌ですから』


『……ああ。当然だ』


 真剣なシャルロットの願いに、アッシュは応えた。


『俺だってシャルを愛し足りてねえんだ。必ず戻る。約束する。シャル』


 アッシュの言葉と同時に《朱天》が右拳を《アトス》に向けた。


『ルカを頼む。ただ、絶対に無理もしないでくれ』


『……承知しました。あるじさま』


 シャルロットは微笑んだ。


『無理は致しません。私はあるじさまの女ですから』


 そう告げて《アトス》も撤退した。

 遺跡にいる鎧機兵は《朱天》だけとなった。

 そして目の前には、ゆっくりと近づいてくる巨獣の姿がある。

 まだ少しだけ距離があった。

 だから、


「……アッシュ」


 ユーリィは少し拗ねた顔をする。


「昨日の今日だから仕方がないけど、シャルロットさんばかり構ってズルい」


「いや、そのな……」


 アッシュは気まずい表情を見せる。

 ユーリィはぎゅうっとアッシュの腰にしがみつき、


「不公正。だから、ここを切り抜けたら、シャルロットさんたちと合流する前にこっそり前倒しして。私も愛してくれることを要求する」


「それはお前には早いって」


 アッシュは嘆息した。

 だが、これはちょっと本気も混じっているが、ユーリィの冗談だ。

 決戦前にアッシュをリラックスさせるための気遣いである。


「そんじゃあ、久しぶりに二人で暴れるとすっか」


「うん。頑張ろ」


 アッシュが不敵に笑い、ユーリィが微笑む。

 同時に《朱天》が両の拳を胸元の前で叩きつけた。

 かくして二体の王。

 鋼の鬼と、牙の巨獣が対峙する――。

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