第二章 悪意、再び②
ドランの大樹海。朽ちた遺跡にて。
二体の巨獣の猛威が去った後――。
傭兵団・《プラメス》も含めたアッシュたち一行は遺跡の一角に集合していた。
警邏班として数機が搭乗したまま、他は愛機を待機させて集まっている。
アッシュたちはビレル姉妹が鎧機兵で護衛をし、アッシュとユーリィ、シャルロットとルカ。そしてサンクが立ち会っていた。
ちなみにルカの相棒であるオルタナは《クルスス》の中で待機中だ。
傭兵団側は団長のハックと四人の団員。それと依頼主である四人の商人たち。
他の団員たちは、ビレル姉妹同様に護衛に徹していた。
こうして集まった目的は互いの情報交換。
この混乱した状況の整理だった。
「改めて名乗るぜ」
まずハックがアッシュに手を向けた。
「傭兵団・《プラメス》の団長。ハック=ブラウンだ」
「おう」
アッシュはハックの手を取った。
「アッシュ=クラインだ。元傭兵で今はこの国で小さな工房を開いている」
二人は力強く握手した。
それからこの場にいる者たちも挨拶を交わした。
流石に王女であるルカが名乗った時はハックたちも目を丸くしていたが。
「ともあれ、いま整理してえのは奴らのことだな」
アッシュはそう切り出した。
それから、アッシュは大雑把だが《業蛇》について語った。
かつてこの国において災厄と呼ばれていた怪蛇。
若き騎士候補生たちに討たれたはずの固有種のことを。
それを一通り聞いた後、ハックはユーリィに視線を向けた。
「お嬢ちゃん」
眉をひそめて尋ねる。
「死んだ蛇は本当にさっきのと同じ個体だったのか?」
「間違いないと思う」
ユーリィは言う。
「私は死にかけだった時の《業蛇》を間近で見ている。鱗の色や大きさ、顔つきや牙。あれは間違いなく全盛期の《業蛇》だった」
「……そうか」
ハックはあごに手をやった。
「お嬢ちゃんは子連れ傭兵の子だしな。その観察眼を疑っちゃいねえが、その《業蛇》ってのは《永蛇》と同じ性質を持ってたって話なんだよな? 胎盤変化を使って永遠に転生を繰り返すっていう……」
「殺される寸前にこっそり逃げて転生したってことっすか?」
と、傭兵の一人が言う。
「……いや。そいつはありえねえよ」
それに対し、アッシュが答えた。
「《業蛇》は転生直後に四人の騎士候補生たちをやり合っている。その内の一人は俺の弟子なんだが、彼女は完全に《業蛇》の首を斬り落とした。その首は白骨化させて今は城の宝物庫に納められてるって話だ」
「あ、そ、それなら私も見ました」
と、ルカが手を上げて言う。
「す、すごく大きな蛇の骨でした」
「……討伐したのは確かってことか……」
ハックは渋面を浮かべた。
アッシュも眉をしかめていた。
遺跡に沈黙が降りる。と、
「あの、師匠」
その時、サンクがアッシュへと尋ねてきた。
「推測なんですが、もしかして《業蛇》は双子に転生したんじゃないんですか?」
「……双子?」
アッシュはサンクに目を向けた。
サンクは「はい」と頷いた。
「命の危機に《業蛇》は二体に分かれて、一体は囮に、もう一体はこっそり逃れて成長する今まで息を潜めて生きていたとか……」
「……なるほどな」
その説に、アッシュと同時にハックの方も腕を組んだ。
「確かに固有種はマジで賢いからな。死にかけてんなら囮を使って逃げるってのも考えられるか。けど気になんのは……」
「成長が早すぎるという点ですね」
アッシュの言葉を続けたのは、シャルロットだった。
「転生したのが一年前。固有種といえどもあそこまで成長するとしたら、四、五年はかかるはずですから」
「そこなんだよなあ……」
アッシュは頭をかいて呻いた。
「サンクの説はかなり有力だと思うが、その点に疑問が残る。一気に成長する何かがあったのか。だが、それ以上に疑問なのは――」
そこでアッシュはルカとサンクに目を向けた。
「あの大蜘蛛は何なんだ? この国には《業蛇》以外の固有種がいんのか?」
自然と視線が二人に集まる。
しかし、ルカもサンクも困惑した表情を見せていた。
「オレはこの国で生まれ育った人間ですけど……」
困惑の中、サンクが言う。
「《業蛇》以外の固有種がいたなんて聞いたことがありません。そもそもこの樹海に同格の魔獣がいるのなら《大暴走》なんてのも起きなかったでしょうし」
「ええ」
その時、初めて商人の一人が口を開いた。
「私たちは王都を拠点にボレストンでも商売をしています。私たちもこの国で暮らして長いのですが、王都でもボレストン、その他の都市でも《業蛇》以外の固有種の話は噂でも聞いたことがありません」
と、告げた。
「……そっか」
アッシュはますます眉をしかめた。
ルカもアッシュの顔を見つめて、フルフルとかぶりを振っていた。
一応、ビレル姉妹たちの機体にも目をやるが、二機とも首を横に振っていた。
地元の人間はあの大蜘蛛を誰一人知らないとのことだった。
「……くそ」
アッシュはボリボリと頭をかき、
「マジで分かんねえな。一体どこから来たんだ? いきなり出てきてなんであの蜘蛛は《業蛇》とやり合ってんだよ……」
アッシュの疑問は全員の疑問だった。
あの大蜘蛛に関しては一切情報がない。
と、その時だった。
「あの大蜘蛛、もしかすっと《死蜘蛛》かもしんねえ」
傭兵の一人がおもむろにそう呟いた。
アッシュたちはその傭兵に視線を向けた。
傭兵はハッとした顔を見せるが、すぐに困った顔を見せて。
「どういうことだ? あの蜘蛛を知ってんのか?」
ハックがそう尋ねる。と、
「い、いや、ただそう思っただけで」
両手を振りながらその団員は答える。
「俺はエルサガ出身なんだけどよ。そこには死樹海って呼ばれる腐り果てた大樹ばっか密集する大樹海があんだよ。で、そこには大蜘蛛の固有種が棲んでいるって話なんだ」
一拍おいて、
「断糸によってすべてを無尽に切り裂く死樹海の王。《死蜘蛛》。さっきの蜘蛛はその伝説にある姿とそっくりだったんだよ」
「おいおい」
ハックは苦笑を浮かべた。
「エルサガ大陸の伝説かよ。流石にここから遠すぎんぞ」
「……はは、やっぱそうだよなぁ」
団員も頭をかいて苦笑いを零していた。
他のメンバーも似たような表情を見せていたが、
(……エルサガか)
アッシュだけは表情を変えてなかった。
(偶然の一致か? だが、あの蜘蛛は並みの固有種じゃなかった。それこそ伝説に残ってもいいぐらいの個体だ)
確かに普通ならば遥か遠いエルサガ大陸の伝説と繋げるのは無理がある。
だが、アッシュの人生は普通ではなかった。
知っているのだ。
かつて対峙したことがあるのだ。
空間を自在に操る魔神と呼ばれる存在と――。
仮にあの円筒魔神ならば、遥か遠方の大陸であっても、死樹海とやらからあの大蜘蛛を転移させることも可能ではないか。
そう思えるからこそ、有り得ないと切り捨てることは出来なかった。
(いずれにせよだ)
アッシュは双眸を細める。
(恐らく、こいつはただの自然現象なんかじゃねえ。誰かがこの大樹海の裏で動いている可能性がある)
数々の戦闘経験からそう感じ取るアッシュだった。




