第一章 王獣闘争②
(これは只事ではありませんね)
その時。
シャルロット=スコラは、険しい表情で愛機の操縦棍を握りしめていた。
大剣を片手に、薄い藍色の機体の双眸が輝く。
シャルロットの逸る心を受けて、彼女の愛機・《アトス》は駆ける。
そこは朽ちた遺跡の端。
彼女は同行者の愛機たちと一緒に進んでいた。
先行している愛しい人に追いつくためだ。
(……あるじさま)
この先にどんな危険があるとしても彼が後れを取るとは思わない。
しかし、先程からたびたび襲い来る衝撃と振動は彼女を不安にさせた。
それは同行者たちも同様のようだった。
『シャ、シャルロットさん』
同行者の一機。鉄球を装備した山吹色の鎧機兵・《クルスス》。
その機体を操るのはこの国の王女でもあるルカ=アティスである。
愛機の足は止めずに、ルカが声を掛けてくる。
『この振動は一体……』
『分かりません。ですが……』
そこでシャルロットは眉をひそめた。
――ズズン、と。
再び衝撃が大地を大きく揺らしたからだ。
『只事ではないはずです』
『確かにそうですね』
と、男性の声が告げる。
《アトス》、《クルスス》を含めて五機で進むこの一団の指揮を担う人物。
ルカの護衛である騎士の一人、サンク=ハシブルの声だ。
なお他の二機も護衛騎士の機体。
ジェシーとエイミー。ビレル姉妹の鎧機兵である。
彼女たちもそれぞれの愛機の操縦席で緊張した面持ちを見せていた。
誰もが異常を感じ取っていた。
そんな中、サンクは愛機・《バルゥ》の中から告げる。
『急ぎましょう。師匠のところに』
『はい』
シャルロットは頷く。
『クライン君がそうそう後れを取るとは思いませんが、異常事態なのは確かでしょう。急ぎましょう』
そう告げて、《アトス》をさらに加速させる。
ルカたちもそれに続いた。
◆
……苛立っていた。
蛇は酷く苛立っていた。
その原因は目の前の蜘蛛のせいだ。
今も五本の脚を動かしてこちらを威嚇している。
一目見て分かった。
こいつが敵であると。
それも恐ろしく強力な敵であると。
そもそも大きさからして自分と同等の相手なのだ。
かつてこんな相手とは対峙したことはない。
手強いことは考えるまでもなかった。
――ズズンッ!
互いの巨躯を正面からぶつけ合う。
強い衝撃に痛みを覚えた。
体重においてもほぼ互角だった。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――ッ!」
間合いを取り直し、牙を剥いて蛇は威嚇した。
すると、
――ゴパァッ!
大蜘蛛が大口を開き、大量の糸を吐き出した。
腹部からのみならず、この蜘蛛は口からも糸を吐き出すのだ。
しかも、口から吐き出す糸はただの糸ではない。
……ズザザザザッッ!
まるで津波のように襲い来る銀色の糸。
蛇は巨体を唸らせて素早く回避したが、代わりに糸は遺跡を無尽に切り裂いた。
恐ろしいほどの切断力だ。あの糸の特性である。
あれをまともに受ければ、蛇の強靭な体躯とて無傷では済まないだろう。
だが、それでも怯むつもりはなかった。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――ッ!」
矢じりのような体躯で遺跡を削り、蛇は加速する。
この大蜘蛛は確かに強い。
本来ならば無理に戦うべき相手ではない。
いま自分は、自分を殺し得る敵と出くわしている。
逃げることも考慮すべき相手だった。
しかし、それでも蛇は突き進む。
土煙を上げて疾走する。
――この大蜘蛛を倒さねばならない。
そんなどうしようもない焦燥に蛇の心は駆られていた。
蛇自身も気付いていない魔術師の呪いである。
「――――ッ!」
その呪いは大蜘蛛もまた受けていた。
自分の脚の一本を喰らうような相手であっても怯む様子はない。
人の想いで例えるのならば、それは憎悪に似た感情。
その感情に精神が囚われていた。
――この怪蛇を殺さねばならない。
大蜘蛛もまた同じ焦燥を抱いていた。
そして、
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――ッ!」
「――――ッ!」
生存本能さえも上回る憎悪。
それを剥き出しにして二体の巨獣はぶつかり合った。




