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第八章 決戦の果てに②

 《朱天》の拳が空を切る。

 またしても空振り。《鬼刃》は滑るように間合いの外へ移動していた。

 しかし、もはや気にもしない。躱されるのなら当たるまで攻撃を繰り出すだけだ。

 《朱天》は続いて掌底を放つ。恒力を掌の形で撃ち出す闘技・《穿風》だ。

 ――が、すでに《鬼刃》は同じ場所にはおらず、代わりに後方の大樹に巨大な掌の跡が刻まれた。しかし、外しても構わず《朱天》は掌底を繰り出し続ける。



『簡単には逃がさねえよオト!』



 吹き飛ばされる繁み。抉られる土。撃ち付けられる大樹。

 不可視の暴威の前に樹海は激しく揺れるが、《鬼刃》には届かない。

 だが、それでも一瞬だけ紫紺の鎧機兵の足を止めることには成功したようだ。



『――フッ!』



 アッシュが鋭い呼気を放つと、直後、樹海に雷音が轟いた。

 恒力を両足から放出して加速する闘技・《雷歩》だ。初動は分かりやすいとはいえ、速度だけならば《雷歩》は《天架》に劣らない。

 《朱天》は一瞬で間合いを詰めた。



『―――クッ』



 険しい表情を浮かべてオトハが呻く。

 そして振り下ろされた漆黒の拳を、《鬼刃》は刀身を盾にして受け止めた。

 突進の勢いに加えて、わずかに劣る膂力の差から《鬼刃》は後方に押しやられる。



『チイィ、相も変わらず馬鹿力だな、《朱天》は!』


『今の段階じゃ、お前のだってそんな変わんねえだろ!』


『私の《鬼刃》を腕力馬鹿と一緒にするな! 大体昔からお前は力任せなんだ! 膂力に頼らずとも戦法はいくらでもある! 例えばこんな風にな!』



 そう叫ぶと、オトハは《天架》を構築した。敷いたラインは《鬼刃》の後方から円を描き《朱天》の真後ろへ。構築後、《鬼刃》はすぐさま《天架》の上に足を乗せた。

 途端、《鬼刃》の姿は消え、一瞬後には《朱天》の後ろに回り込んでいた。

 《雷歩》では出来ない曲線を描く高速移動。《天架》の真骨頂だ。


 しかし、アッシュはある意味、誰よりもオトハの思考を知る者だった。

 《鬼刃》の姿が消えるなり、確認もせずにその場で反転。背中に攻撃を受ける隙など見せない。再び正面で対峙した二機は、同時に攻撃を繰り出した。


 ――ドンッ!


 樹海に走る衝撃。周辺の大樹がわずかに揺れた。

 そして、これもまた、全く同時に吹き飛ぶ二機の鎧機兵。

 正反対の方向に飛んだ二機は、それぞれ足で大地を削って停止する。


 先程の瞬間、《朱天》は左籠手で斬撃を防ぎ、右の拳を撃ち出していた。対して《鬼刃》は左側の盾のような肩当てで打撃を凌ぎ、刀を横薙ぎに振るっていた。

 要するに、互いの攻撃を受け切った結果、二機は吹き飛んだのだ。


 そうして睨み合ったまま、しばし沈黙が訪れる。と、



『……おい、クライン。どうして私の攻撃が分かった?』



 そう尋ねてくるオトハに、



『……お前こそ、なんであのタイミングで俺の攻撃が読めるんだよ』



 アッシュは苦々しい表情を浮かべて問い返した。

 そして、その後は二人とも再び無言になる。


 ……これは、アッシュにとって非常にまずい状況だった。


 同格の機体に互角の技量。その上、互いの思考までもが筒抜けとは――。

 強いて言えば、体力面ならアッシュの方が有利かもしれない。しかし、鎧機兵は思考で動かす兵器だ。たとえ体力が尽きたとしても、あの気丈なオトハのことだ。気絶でもしない限り、戦意を失うことなどないだろう。


 このまま戦い続けた場合、膠着状態になるのは目に見えていた。



(……どうする。このままだと、いつまでたっても足止めをくらうぞ)



 下手すれば、このまま三日ぐらい戦い続けてもおかしくない。



『どうした、クライン。来ないのなら私から行くぞ』



 オトハがそう声をかけてくる。声音だけで分かる。彼女は今高揚している。

 このままずっと戦い続けるのも悪くないと思っているのだろう。



(ったく。相変わらずの戦闘狂だな……)



 《朱天》を身構えさせつつ、アッシュは考える。

 このまま戦い続けるのは悪手だ。オトハに勝つのは大前提だが、そもそもアッシュの目的はユーリィの保護だ。あまり時間をかけることは出来ない。


 ならば、どうすべきか。


 アッシュは《鬼刃》を見据えたまま、考え続ける。

 そして、わずかな沈黙の後、



(やはり《朱焔》か……)



 《朱焔》――。それは《朱天》の切り札。頭部より伸びる四本角のことだ。

 これらの角はただの飾りではない。《星導石》を加工して造った外付け動力炉だ。

 一本起動させる毎に供給できる恒力は、およそ九千ジン。これによって《朱天》は元々の恒力値も合わせて、最大七万四千ジンの恒力を得ることができるのだ。


 しかし、《朱焔》には大きな欠陥もあった。

 だからこそ、簡単には使えないのだが……。



『ふん。まあ、ここで迷っていても始まらねえか』


『……なに? 何の話だ?』



 オトハが疑問の声を上げる。すると、アッシュは苦笑を浮かべ、



『いや、なに。ガチで本気で行くってことさ』



 皮肉げな口調でそう告げる。

 そして、アッシュが宣言した直後に、《朱天》は両の拳を叩きつけた。

 号砲のような音に、オトハは眉を寄せる。《朱天》の今の動作には見覚えがあった。アッシュが、あの切り札を使用する時に好んでする動作だ。


 しかし、何故こんなにも早く――。



『……どういうつもりだ。クライン。いきなり《朱焔》を使うのか?』


『ああ。お前の台詞じゃねえけど、お前相手に出し惜しみしても仕方がねえからな』



 と、答えてから、アッシュはさらに言葉を続ける。



『まあ、ただの《朱焔》じゃあねえけどな』


『……? 「ただの」とはどういう意味だ? 何を考えているクライン?』



 ますます疑惑の眼差しを向けて問い質すオトハ。

 しかし、アッシュはそれには答えず、代わりとばかりに《朱天》が閉ざされたアギトをバカンッと解放し、大気の星霊を吸収し始める。

 そして、彼女の目の前で《朱焔》に鬼火のような光が灯り――。



『……えっ』



 オトハは唖然とした声を上げるのだった。



       ◆



 ……ああ、なるほど。

 どうやら自分は想像以上に弱体化していたらしい。


 傷を負った蛇は、紅い双眸で敵を睨みつけて考える。

 まさか、あんな脆そうな牙モドキで自分の身体が切り裂かれるとは……。

 だが、仕方がない。事実は事実だ。


 ならばどうするか。

 逃げる? あり得ない。ここまで侮蔑されたのだ。こいつらは絶対に殺す。


 戦闘は続行だ。だからこそ、手を考えなければない。

 まず殴られるのは問題ない。少々驚いたが、その程度だ。


 次にあの牙モドキ。あれは厄介だ。あれは自分の皮膚を切り裂く危険なものだ。一本は折れたようだが、まだ全員が持っている。

 ここで優先すべきは、あの牙モドキを全部砕くことだ。

 そうすれば、もう奴らに自分を傷つけることなど出来なくなる。


 だが、正面から挑んでいては、そう簡単にもいかないだろう。どうやら奴らはかなり賢い種族のようだ。群れとしても連携が取れている。

 流石にこのまま自分の身体を晒し続けるのは、まずい気がする。

 わずかな間だけ蛇は熟考し、戦術を決めた。


 だが、それにしても――。


 蛇はおもむろに鎌首を揺らして視線を動かした。

 昨日からずっと思っていたことだが、あの緑の奴は本当に目障りだ。見ていると目がチカチカするし、しかも、あんなに弱そうなくせに自分に殴りかかるとは。あの牙モドキを砕くのは重要だが、やはり奴の方も早めに始末しておきたい。


 そう。始末すべきなのだ。

 そう決めた蛇は、早速行動に移した――。




 ――ズザザザザザッ!


 突如、動き出した《業蛇》に、騎士候補生達は一瞬硬直した。

 大蛇の行動が予想外ものだったからだ。

 《業蛇》はいきなり蛇体を唸らせると湖面に向かって進み始めたのだ。

 魔獣の王の逃走にさえ見える行動に全員が呆気にとられていた。



『な、なんだあ!?』



 しかし、エドワードの驚愕の声に、全員がハッとする。



『くッ! みんな攻撃して! 《業蛇》の奴、湖に姿をくらます気よ!』


『――くそッ!』



 アリシアの指示に、最も《業蛇》に近かったロックの愛機シアンが蠢く蛇体に斧槍を振り下ろす――が、直前に逃げられ、虚しく地面を叩くだけだった。

 そして、巨大な水しぶきを上げて《業蛇》は湖の中に潜ってしまった。

 四機の鎧機兵は唖然とした様子で湖面を見つめ、立ち尽くしていた。



『……これって、もしかして逃げたの?』



 呆然と呟くアリシアの声に誰も答えられなかった。

 と、その時だった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ――


 突然、大地が揺れ始める。



『うわ、うわああああああッ!?』


『うおッ! 何だ! こんな時に地震か!?』



 と、動揺する仲間達の姿を見て、アリシアが咄嗟に指示を飛ばす。



『くうッ! み、みんな両手を着いてバランスを――』


『――ダメ! みんな立って! 《業蛇》が来る!』



 と、アリシアの声を遮り、叫んだのはサーシャだった。

 誰よりも《業蛇》のことを調べていた彼女は、この現象の正体を知っていた。



『この振動は今《業蛇》が地中を移動しているからなの! あいつはそうやって地中から獲物を襲うのよ!』


『『『――ッ!』』』



 サーシャの警告に、全員が息を呑んだ。



『地中からなんて……ッ! みんな! 背中を合わせて円陣を組むわよ!』



 と、アリシアが新たな指示を出し、《ユニコス》が一歩足を踏み出した時だった。

 ビシリッと、いきなり地表に亀裂が刻まれる。


 その直後、《ユニコス》の右手を狙って《業蛇》が地中から飛び出してきた!


 かつてのように火山の噴火とまではいかない。例えるならば間欠泉か。

 しかし、それでもその勢いは凄まじい。《業蛇》は姿を現すなり、《ユニコス》の右腕に喰らいつくと、手に握っていた剣ごとたやすく引き千切った。

 サーシャが青ざめた表情で叫ぶ。



『――アリシア!』


『くッ! 大丈夫よ! 右腕を持っていかれただけ!』


『チイィ、この化け物が!』



 ロックが怒号を上げ、《シアン》が疾走する。

 そして地中から顔を出す《業蛇》の蛇体を狙って、斧槍を横薙ぎに一閃するが、またしても空を切る。《業蛇》が再び地中に潜ってしまったからだ。



『くそッ! 図体の割に素早い奴め! だが、大丈夫か、エイシス?』


『え、ええ。右腕はなくなったけど、まだ《ユニコス》は動くわ』



 彼女の言葉を証明するように《ユ二コス》は立ちあがった。右腕こそ肘から先を失っていたが、機体そのものには問題はないようだ。



『アリシア。けど武器が……』



 サーシャが心配して声をかける。



『仕方がないわ。出来れば転移陣で召喚したいけど、どうやらそんなに甘い相手じゃなかったようね……』



 アリシアはそう呟くと、《ユニコス》に左腕を構えさせる。



『けど問題なし! 武器が無ければぶん殴るまでよ!』


『ははっ、お前って本当に男前な女だよなあ……』



 と、エドワードが告げる。



『うっさいわね! それより気をつけて! 奴はどこから来るか分からないのよ!』


『はっ、分かってるよ。いや、違うな。俺だけは分かってんだよ蛇野郎ッ!』



 そう叫ぶと、エドワードは《アルゴス》を大きく後方へ跳躍させる。

 まさに、その瞬間だった。

 直前まで《アルゴス》がいた場所から《業蛇》が飛び出してきたのは。



『エドッ!』


『はっ、大丈夫さロック! こいつは何故か俺を目の敵にしてっからな。絶対俺を狙ってくると思ってたぜ!』



 自信満々に告げるエドワード。

 続けて《アルゴス》が槍を手放し、鎌首をもたげる《業蛇》を挑発する。



『お、おい、エド! 何をする気なんだ!』


『へっ、心配すんなロック。まあ、見てな。おら、来いよ蛇野郎ッ!』



 両手をクイクイ動かしさらに挑発する《アルゴス》。

 すると、《業蛇》はそれに乗った。


 アギトを大きく開き、《アルゴス》に襲いかかる!



『はっ! かかりやがったな!』



 それに対し、エドワードは不敵に笑う。

 迫りくる巨大なアギト。その上下の顎を《アルゴス》は両手を使って正面から受け止めた。突進の勢いに押され、両足が地を削るが、《アルゴス》は見事に《業蛇》の動きを捕えることに成功した。軋む機体の中、エドワードが満面の笑みを浮かべる。



『はっ! どうよ! 見てるかフラム! この俺の雄姿を! ははっ、おい、みんな今の内にこいつを攻撃しな!』 



 と、得意げに語るエドワードだったが、彼はまだ気付いていなかった。

 エドワードは侮っていたのだ。固有種の恐るべき知能を。

 エドワードが《業蛇》の攻撃を読んでいたように、《業蛇》もまたエドワードの思考を読んでいたのだ。こうやって動きを止められることも――。


 だからこそ《業蛇》は「とっておき」を用意していたのだ。


 それに一早く気付いたのは、ある意味戦況を客観的に見ていたユーリィだった。

 少女は青ざめ、声を張り上げる。



『ダメ! いけない! すぐに離れて!』


『へ? 何が――』



 と、エドワードが呑気な声を上げかけた――その時だった。

 突如《業蛇》の喉が大きく膨れ上がり、大瀑布を思わすような水流が吐き出されたのだ。強烈な異臭のする激流は《アルゴス》の半身を呑み込み、地面に放射される。


 そして激流が直撃した地面は、白い煙を勢いよく立ち上げ、視界を覆った。

 突然のことに全員が唖然としていた。


 ――《強酸の息(アシッドブレス)》――


 いま《業蛇》は大量の胃酸を《アルゴス》に吐きつけたのだ。



『エ、エド……』



 ロックが呆然として友人の名を呟く。サーシャ達は言葉もない。

 そして、ようやく白い煙が風に散り……。



『エ、エドオォ―――――――ッ!!』



 ロックの絶叫が湖面に響く。

 ゆっくりと後ろに倒れていく緑色の機体。

 ロックは愕然と目を見開き、少女達はただ息を呑む。

 白煙の先にあったのは、無残に半身が溶けた《アルゴス》の姿だった――。

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