第一章 王獣闘争①
アッシュ=クラインとは最強の戦士である。
当代の《七星》の中でも最強。
彼と並ぶ者は全大陸においても数えるほどしかいないだろう。
実力、胆力、戦闘経験。
いずれにおいても紛れもない最強だった。
だが、そんな彼でもこの状況には動揺せずにはいられなかった。
(……おいおい)
険しい顔で前方を見やる。
手に握る愛機・《朱天》の操縦棍にも力が籠る。
「……アッシュ」
彼の後ろから、不安そうな少女の声が届く。
アッシュの背中にしがみつく空色の髪の少女。
相棒に同乗するユーリィの声だ。
「……あれはどういうこと?」
続けてそう呟く。
アッシュは険しい表情のままだ。
アッシュにもこの状況は説明できない。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――ッ!」
荒廃した遺跡に轟く咆哮。
それは眼前にいる巨大な蛇の咆哮だった。
その威嚇は蛇と対峙するもう一体の怪物へと向けられていた。
その怪物は咆哮こそ上げないが、視線のみで蛇を威圧していた。
「……アッシュ」
ユーリィは肩を震わせて、アッシュに強くしがみついて来た。
「大丈夫だ。ユーリィ」
状況は分からずともユーリィを不安のままにさせておくことは出来ない。
アッシュは力強い声でそう告げた。
「俺が傍にいる。しっかり掴まっておけ」
「……うん」
ユーリィは頷いた。
まだ不安と困惑は残るようだが、その声にもう怯えはない。
(……さて)
アッシュは改めて状況を整理し始める。
目の前には、互いに三十セージルにも及ぶ二体の巨獣がいる。
一体は無数の赤い瞳と黒い体毛を持つ巨大な蜘蛛。脚の一本を失っているが、未だその圧は揺らがない怪物である。
そして、もう一体は巨大なる蛇。
蜘蛛同様の紅く妖しい眼光に、矢じりで造られたような鎧を思わせる土色の鱗。無数の牙が見える巨大なアギトが恐ろしい。
この一体こそが大きな困惑の一つだった。
かつてアティス王国に災厄をもたらした怪蛇。
しかしながら、四人の少年少女によって討たれたはずの怪物。
――《業蛇》。
死んだはずの魔獣が全盛期の姿で目の前にいるのだ。
困惑するのも当然だった。
「……ユーリィ」
アッシュは愛娘に尋ねる。
「あれはマジで《業蛇》なのか?」
「……うん」
困惑しつつも頷くユーリィ。
「間違いなく《業蛇》だと思う。少なくとも私が前に出会ったのはあの蛇」
「……そうか」
アッシュは眉をひそめた。
ユーリィは記憶力もよい。彼女が言うのなら間違いないのだろう。
だが、疑問はさらに深まった。
「けど、どういうことだ? なんで死んだはずの蛇が生きてんだよ」
「それは……」
ユーリィも言葉を詰まらせる。
あの蛇が、その首を落とされたところはユーリィも目撃している。
あれは確実に死に至る一撃だった。
「分からない……」
「……そうだな」
アッシュは小さく息を吐いた。
「考えんのは後にすっか。今はこの場を切り抜けることが先決だしな」
と、呟いた時、
『おい!』
不意に声を掛けられた。
目をやると鎧機兵の一機がそこいた。
長剣と盾を持つ騎士型の鎧機兵。
二体の魔獣と共に現れた傭兵団・《プラメス》の団員の機体だ。
『その機体、お前、子連れ傭兵だな!』
『……ああ』
アッシュ――《朱天》は頷いた。
『アッシュ=クラインだ。アッシュと呼んでくれ』
『アッシュか。俺はハック=ブラウン。傭兵団・《プラメス》の団長だ。いきなりですまねえが手を貸してくれないか』
と、騎士型の鎧機兵が告げる。
『ああ。分かってる』
鋭い眼差しで睨み合う《業蛇》と大蜘蛛を見据えて、アッシュは即答した。
『こいつはどう見ても異常事態だしな』
ガンっと《朱天》が両の拳を叩きつける。
『助かる』
ハックの乗る鎧機兵も剣を構える。
他の団員たちの機体もそれぞれ武器を構えていた。
だがしかし、二体の魔獣はお構いなしだった。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――ッ!」
轟く《業蛇》の咆哮。
そして鎧機兵など歯牙にもかけず《業蛇》は大蜘蛛に襲い掛かった。
「――――ッ!」
対する大蜘蛛も吠えることは出来ずとも、強烈な殺意と敵意をもって迎え撃った。
二体の魔獣は互いの頭部をぶつけ合う!
それだけで周囲に衝撃が奔り、朽ちた遺跡は余波で崩れ始めた。
『うおっ!』『くそッ!』
歴戦の傭兵たちも困惑の声を上げる。
アッシュも操縦棍に力を入れつつも、眉をしかめていた。
最強の魔獣。固有種同士の激突に居合わせることなど、彼らやアッシュであっても初めて体験することだった。
ただの衝突さえも想像を超える衝撃である。
混乱しても無理もない。
(……どう仕掛けりゃあいい……)
アッシュでさえ攻めあぐねていた。
そんな人間たちをよそに、魔獣たちは暴れ始める。
互いに王である最強の魔獣。
王獣たちの戦いはさらに加速する――。




