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第八章 決戦の果てに①

 ――ギャリギャリ、と盛大な火花が散る!


 開戦直後、いきなり突き出された刃を《朱天》は右腕を動かして凌いだ。《鬼刃》の刀身は漆黒の籠手の上を滑り、切っ先は《朱天》の貌の横を過ぎ去っていく。

 必殺の刺突を躱したアッシュは鋭い呼気を吐き、それに応じて《朱天》が《鬼刃》の胸部装甲めがけて左拳を繰り出す――が、一歩遅い。

 拳が虚しく空を切る。《鬼刃》は一瞬で間合いを取り直し、十セージルも離れた場所に移動していた。アッシュは鋭く目を細める。


 今の移動法は《雷歩》ではない。音もなく宙空を進む高速移動。

 心当たりは一つだけだ。



『……《天架》か。ってことはオト。お前、早速使ってんな』


『当然だ。お前相手に出し惜しみする理由もない』



 そう告げて、オトハの乗る《鬼刃》は刀を薙いだ。

 《黄道法》の闘技・《天架》。それがオトハの使った闘技の名だ。


 一般的に《黄道法》は、操作系、放出系、構築系の三種類からなる。そして多くの闘技は放出系、もしくは操作系に該当するのだが、彼女が使った《天架》は構築系。使い手がほとんどいない高難度の闘技だった。



『……ったく。構築系なんて好んで使うのはお前ぐらいだぞ』



 呆れ果てたようにぼやくアッシュに対し、オトハは不敵な笑みを見せる。



『ふん。だが、これこそが私の強さそのものだ』



 そう言うなり、再び《鬼刃》が突進してくる。またしても音のない高速移動。一気に間合いを詰めた《鬼刃》は、縦に両断せんとばかりに刀を振り下ろす! 

 咄嗟に《朱天》は腕を十字に組んで受け止めるが、その斬撃速度も異常だ。三万七千ジンの恒力を誇る《鬼刃》の剛力も合わさり、凄まじい衝撃が《朱天》に襲いかかる。


 しかし、剛力ならば《朱天》も負けていない。


 大地に足を踏ん張ると、両腕を振って刀を弾く。さらに間髪いれず機体を反転。バランスを崩した《鬼刃》に尾を叩きつけようとするが――。



『――チッ。相変わらず《鬼刃》は速いな』



 眼光は鋭いまま、アッシュは嘆息する。

 尾を叩きつけてやろうとした《鬼刃》はすでに間合いの外にいた。



『ふふっ、お前といえど、私の《鬼刃》を捉えるのは容易ではないぞ』



 と、得意げに告げるオトハ。

 きっと今《鬼刃》の中で、その大きな胸を誇らしげに張っているに違いない。

 一瞬そんな想像をしつつ、



(さて、どうしたもんかね)



 《朱天》に両の拳を構えさせて、アッシュは対策を練る。

 宙空を滑るような高速移動。凄まじいまでの斬撃速度。


 これらは、構築系の闘技・《天架》の効果によるものだった。


 《黄道法》の構築系とは、簡単に言えば、放出した恒力を任意の空間に物質として維持するといったものだ。分かりやすい例を上げるのならば、恒力を放出した後、剣を思い浮かべれば恒力が剣の形になる。そんな現象だ。


 そしてオトハの使う《天架》とは、皇国などの大都市で知られる高速列車のレールに似たようなものを空間に構築し、移動では足を、斬撃では刀を超高速で流動するレールの上に乗せて加速させているのだ。


 ――その姿は、まさしく天に橋を架ける麗人。


 それがオトハの二つ名の由来だった。



(……《天架麗人》か。そしてその二つ名を支えているのが、オトの「右目」か)



 アッシュは苦々しく顔を歪ませた。

 実は構築系の闘技には、大きな欠点が二つある。


 一つは、維持が精々数十秒までしか持たないこと。

 もう一つは、恒力が肉眼では見えないことだ。


 例えば、恒力の剣を造りだしたとしてもいつ消えるか分からない上に、そもそも本当にイメージ通りの物が出来ているのかさえも分からない。

 そんな不確定かつ、不安を抱かせる闘技ゆえに、使い手が非常に少ないのだ。


 しかし、オトハはこの闘技を見事に使いこなす。


 それを可能にさせるのが、常に眼帯に覆われたオトハの「右目」だった。

 付き合いの長いアッシュでさえ、数えるほどしか見せてもらったことのない綺麗な銀色の瞳。皇国の識者が《銀嶺の瞳》と名付けた特殊な眼だ。


 彼女の右目は生まれながらに失明していた。しかし、その瞳は光の代わりに肉眼では見えないはずの恒力を見ることが出来るのだ。

 それを左目と合わすことで、オトハは世界に漂う恒力の流れを視認できる。

 ゆえに、彼女にとって構築系闘技の欠点は大して問題ではなかった。



(改めて思うと、本当に厄介だよな……)



 ついついアッシュは溜息をついてしまう。

 ほとんど初動のない高速移動に、霞むような斬撃。

 かつて背中を任せていた相棒の強さは相変わらず――いや、さらに練磨されている。

 この強敵相手に、果たしてどう戦うべきか。

 そう悩んでいたアッシュだったが、



(……ああッ、くそッ! そんなの考えるだけ無駄じゃねえか)



 オトハと、その愛機・《鬼刃》の戦法は小細工と言うより純粋な速さだ。それはイコール混じりっ気のない強さとも言える。ならば、考えるまでもない。

 それを打ち破るには、それ以上の純粋な強さを以て挑むしかないだろう。



(やれやれ。オトと本気でやり合うのをまだ躊躇っていたのかもな。けどよ……)



 闘志を燃やす主人の意志を感じ取った《朱天》は、右の拳をズシンと地に着けた。

 そして前傾の姿勢となり、尾を大蛇のように躍動させる。

 その雄々しき姿に、オトハはどこか嬉しそうに目を細めた。



『ふん……ようやく火がついたか。少し遅いぞクライン』


『ああ、悪りい。俺もちょい平和ボケしてたかもな』



 アッシュのその呟きと同時に、《朱天》はさらに前傾に身構えた。

 対し、《鬼刃》は刀を両手で握りしめ、脇に構える。

 わずかな間だけ、樹海に沈黙が下りた。


 そして二人は、全く同じタイミングで笑みを浮かべて告げる。



『そんじゃあ、そろそろ行くぜオト!』


『ああ、来い! クライン!』



       ◆



「シャアアアアアアアアアアアア――ッ!!」



 土色の大蛇が、咆哮を上げて襲いかかる!

 巨大なアギトを開き、食らいつかんとする相手は緑色の鎧機兵・《アルゴス》だ。



『――お前な! 毎回俺ばっか狙ってんじゃねえよ!』



 だが、《アルゴス》の操手・エドワードとていつまでも怯えているばかりではない。

 素早く《アルゴス》を真横に移動させると、槍を握った右手で《業蛇》の側頭部を殴りつける! 機体に伝わる確かな手応え。大蛇の頭部は大きく吹き飛んだ。



『よっしゃああ! ざまあ――へ?』


『エドッ! 油断するな!』



 ロックの警告が飛ぶがわずかに遅い。吹き飛んだのは《業蛇》の頭部のみ。蛇体は地に着いたままだ。すぐさま大蛇は鎌首を元に戻すと、再び《アルゴス》に狙いを定め、頭部を突進させた。今度はアギトを開かない。速度重視の体あたりだ。



『うわああああああああああああああ――ッ!?』



 湖面に響くエドワードの絶叫。《業蛇》の体あたりが直撃し、《アルゴス》が軽々と跳ね飛ばされた。続けて二度、三度と転がり地面に横たわる。



『エ、エドッ!』『オニキス! 大丈夫なの!』『ちょ、オニキス生きてる!?』



 と、それぞれ心配の声をかけてくる仲間達に『い、生きてるよぉ』とエドワードは答え、《アルゴス》の方はふらつきながらも立ち上がることでまだ戦える事を示した。



『どうやら無事みたいね……けど、直撃を受けた《アルゴス》が無事ってことは、やっぱり《業蛇》が弱体化しているのは確実のようね』



 アリシアが確信した声で全員に告げる。



『ああ、そうだな。しかも《アルゴス》の一撃で頭部だけとはいえ押されている。転生前の奴では考えられないことだ』


『うん。そうだね。それとオニキス。ナイスファイトだよ』


『おう。ありがとよフラム。けど、なんかエイシスとロックが俺をモルモット扱いしているような気がするのは、俺の勘違いか?』



 最後にエドワードがそんな愚痴をこぼすが誰も聞いていなかった。


 ズザザザザザ――


 と、そうこうしている内に、《業蛇》は蛇体をすべて湖から引き上げた。そして蛇らしく地上でとぐろを巻くと、鎧機兵達を相手に威嚇し始める。



『……やはりかなり縮んでいるな。しかし……』



 ロックは眉間にしわを寄せて《業蛇》を凝視した。

 頭部から尾の後端まで、その長さは十セージルほど。胴周りは一セージル程度か。昨日までに比べ、全体的に三分の一ぐらいまで縮んでいる。弱体化は疑うまでもない。

 しかし、それでも、その威圧感は凄まじい。

 どれほど弱っていようが、大蛇の紅い眼光に衰えなどなかった。



『……ぬうゥ』



 我知らず気圧(けお)されるロックを、アリシアが一喝する。



『ハルト! 怯んだら狙われるわよ! それにみんな! 作戦を伝えるわ!』



 そう告げると、アリシアの愛機・《ユニコス》は力強い一歩を踏み出した。

 その眼差しは油断なく《業蛇》を見据えている。



『まず、頭部は速度の速い私の《ユニコス》とサーシャの《ホルン》で対応するわ。その隙にオニキスとハルトは胴を攻撃して。時間がかかっても体力を削っていくわよ』


『うん! 分かった!』



 と、サーシャの《ホルン》が首肯し、



『了解だ』


『おうよ! チクチク刺してやんぜ!』



 ロックとエドワードが了承する。


 小気味好い仲間達の返答に、アリシアは笑みを浮かべた。



『よし――って、来るわよみんな! 散開!』



 突如、牙を剥いて襲いかかってくる《業蛇》。

 三機は指示通り散開した。しかし、《ユニコス》だけその場に残る。そしてわずかに体勢をずらして双剣を突き出す。その直後、血しぶきが舞った。



「シャアアアアッッ!?」



 《業蛇》が鎌首を上げ、絶叫を上げる。

 大蛇の頭部。その側面部には二本の斬線が刻まれていた。



『よし! 流石に硬いけど刃は通る!』



 アリシアは不敵な笑みを浮かべた。刃が通るのならば勝算は充分ある。

 そして、この好機に彼女達も続いた。



「メットさん。《業蛇》の顎下に行って」



 《ホルン》の中、サーシャの腰に掴まっていたユーリィが告げる。



「え? けど、あの高さじゃ剣が届かないよ?」



 眉を寄せるサーシャに、ユーリィはさらに言葉を続けた。



「《雷歩》を使えば届く。メットさんは真上なら――」


「ッ! そうか! 分かった!」



 サーシャの意志に応え、《ホルン》は《業蛇》の顎下に駆け寄った。続けて長剣を両手で持って真上にかざし、未だ悶絶する大蛇の喉元に狙いをつける。

 そして湖面に轟く雷音。《ホルン》は《雷歩》によって真上に撃ち出された。

 アリシアのように自在にまでは使えないが、サーシャも《雷歩》を発動させることだけは出来る。真上に跳ぶことぐらいなら容易かった。


 そして――。



「ッ!? シャアアアアッッ!?」



 大蛇の喉に突き刺さる《ホルン》の剣。再び《業蛇》の絶叫が響き渡った。

 しかし、幼体といえど《業蛇》の皮膚は硬い。

 衝撃に耐え切れず、長剣は切っ先部分を喉に残して折れてしまった。



『あっ、くッ!』



 バランスを崩した《ホルン》はそのまま落下するが、どうにか宙空で体勢を整え、ズシンと両足で着地する。しかし、着地した衝撃で残った刀身まで亀裂が入り、再度折れてしまった。もう短剣のサイズもない。こんなにも早く武器を失ってしまうとは――。



『……どうしよう、剣が……』



 思わずサーシャが顔を歪めると、



『ナイスな攻撃だったわよ、サーシャ!』



 アリシアがそう賞賛した。続けて《ユニコス》が双剣の一振りを《ホルン》に投げ渡してきた。《ホルン》はその剣を片手で受け取る。



『武器のことは気にしない。いざとなれば転移陣もあるわ。どんどん行きましょう!』


『うん! 分かった! 行こうアリシア!』


『……うん。二人とも頑張って』



 と、ユーリィも交えて士気を高める少女達。

 一方、少年達は――。



『はは、すっげえな、うちの女子達。このままあいつらだけ倒しちまいそうだ』


『まったくだ。しかし、やはりエイシスは凛々しいな。これは惚れ直してしまうぞ』


『……相変わらずお前はエイシス一筋だな。まあ、俺の方も少しはフラムにいいとこ見せねえと、これ以上の進展がねえからな』



 と呟くエドワードの意志に合わせて、《アルゴス》が槍を構える。



『いや、進展も何もお前、何の脈さえ――』


『さあ! 俺達も頑張ろうぜ! なあロック!』



 非情な現実を忘れたいのか、大声で気勢を上げるエドワード。

 そんな友人に、やれやれと肩をすくめるロック。

 ふざけ合っているように見えても、彼らの士気もまた高かった。

 そして身構える四機の鎧機兵。勝機は充分にある。誰もがそう思っていた。


 しかし、この時、彼らはまだ気付いていなかった。


 《業蛇》の眼光が、かつてないほど紅く、妖しく光っていたことに――。

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