第七章 不変の湖④
ルカが召喚した巨岩。
それは、本当に家そのものだった。
岩石に偽装した、強固な装甲で壁を覆った家だったのである。
分厚いドアを開くと、恒力による明かりが点く。
巨岩の内部は、全体的に四角上の整理された部屋だった。
まず目に入ったのは、長細いテーブルと、八つの背もたれのない椅子だった。
この距離でも鉄製なのは分かる。テーブルも椅子も、床に固定されているようだ。
その奥に見えるのは、キッチンだ。
簡単な調理を想定した簡素なキッチン。
その隣には小さな部屋がある。位置的にトイレ兼シャワールームだろうか。
部屋の両壁には、小部屋もあった。
左右合わせて八部屋。
下に二部屋、上に二部屋と重なっており、そこだけ二階になっていた。二階に上がる階段も左右それぞれにあり、そこから、上階の小部屋には入れる構造になっていた。
恐らくこれらは個室だろう。
「こいつは驚いたな」
アッシュは、素直に感嘆した。
「今日までの期間の短さで、よくここまで造り込めたもんだ」
言って、テーブルに手を置く。
椅子やテーブルが固定されているのは、魔獣の襲撃を考慮したものだろう。
この巨岩に偽装したコンテナ自体も、相当な重量と装甲だった。
特に装甲に関しては、鎧機兵以上だ。
恐らく、十セージル級以上の魔獣の襲撃も想定してある。
元傭兵でもあるアッシュは、改めて感嘆した。
「すげえな。ちょいとした砦に近いぞ」
「元々、アイディアはあったん、です」
ルカが、はにかんで告げる。
「こういったのがあったら、キャンプも安全かな、って。今回使うとは、思ってなかったけど、前から着手はして、ました」
「へえ」
アッシュは、ルカを見つめた。
「それが、今回、間に合ったってことか?」
「はい」
ルカは、頷く。
「けど、転移陣で召喚できるのは、この『家』だけ、です。転移陣は水や食べ物までは運べないから、それは自分で持ち込む必要があるけど……」
「それでも充分です。殿下」
と、遅れて部屋に入ったサンクが言う。
「まさか、樹海でこんな場所で休めるとは思ってもいませんでした」
その意見には、ビレル姉妹も同意見だった。
「そうね。安心して休める場所は貴重よね」
ジェシーがそう呟き、ルカに目をやった。
「ありがとうございます。殿下」
王女殿下に頭を垂れる。
「い、いえ、そんな大したことは……」
ルカは、パタパタと両手を振った。
と、その時、
「……ところで殿下」
エイミーが両壁にある小部屋の一つを指差した。
「あれは個室ですか?」
「あ、はい」
ルカはこくんと頷いた。
「この『家』は八人用なん、です。あれは個室で、中にはベッドもあります。着替えぐらいなら出来る広さもあり、ます」
「そう、ですか……」
エイミーは少し考え込み、「あの、殿下……」と王女殿下に尋ねた。
「あの個室は、防音なのでしょうか?」
「あ、はい」
ルカは、ポンと手を叩いた。
「あの部屋だけじゃなくて、この『家』自体が完全防音仕様、です。岩に偽装してあるから、外の魔獣に音が一切届かないようにして、ます。個室の音も聞こえない、です」
「そ、そうなのですか……」
ルカの回答に、どうしてか、エイミーはおどおどし始めた。
盛んに、サンクの方に目をやっている。
その視線に気付いたサンクは一瞬、不思議そうな顔をしたが、すぐにハッとして、直立不動の状態になった。
同時に、顔を真っ赤にするエイミー。
二人は、互いの視線を逸らした。
「あ、あなたたち、まさかっ」
二人の様子に、ジェシーが、顔色を青ざめさせていた。
一方、ルカの台詞に、顔色を変える者が他にもいた。
シャルロットである。
「……防音……」
口元を指先で抑えて、下に視線を逸らす。
「こ、ここは、樹海内ですので、ボレストンならともかく、流石に機会はないかと思っていたのですが……」
耳まで赤くして、そんなことを呟いている。
「え?」「あ……」
シャルロットの呟きに、声を零したのはユーリィとルカだった。
サンクたちの事情はまだおぼろげだが、シャルロットの方は明白だ。
ルカとユーリィは、どちらともなく、互いの傍に寄った。
「(シャ、シャルロットさん、本気です……)」
「(シャルロットさんは、もう確定しているから。元々今回の件で、相当期待していたみたいだし。けど……)」
「(……うん)」
ルカとユーリィは、眉をひそめた。
シャルロットの未来は、すでに確定済み。
機会があるのならば、それは必然とも言える。
しかし、まだ十代の少女であっても、二人もまたアッシュを愛する女なのである。
気分的には複雑で、実に不満だった。
「(……ムム)」
思わず、ユーリィが頬を膨らませた時だった。
「(……ううん。ここで退いたらダメ、です。ユーリィちゃん)」
ルカが言う。
「(むしろ、私たちも頑張らないと。そう。目指すなら)」
王女殿下は、大きく息を吐いて告げた。
「(三人とも、ここで『ステージⅢ』に行く気で、行こう)」
「(え、ル、ルカ……?)」
肩を震わせながらも、そう提案する友達に、ユーリィは驚いた。
穏やかで大人しい性格のルカだが、彼女は時々大胆になる。
とんでない行動力を秘めているのは、周知の事実だ。
けれど、この宣言は――。
いや。それだけの覚悟を、すでに彼女もしているということか。
「(……私は、特に遅れているから。頑張りたいの)」
ルカは、緊張を隠せない声でそう告げる。
ユーリィは、数瞬ほど瞳を閉じて、
「(……うん。分かった)」
しっかりと、ユーリィはルカの手を取った。
「(私も確約に胡坐はかかない。ここは一気に攻勢に出る)」
「(う、うん。出よ。ユーリィちゃん)」
と、二人の少女は決意を固めた。
一方で、
「まあ、ルカ嬢ちゃんのおかげで、安全な寝床は確保できた訳か」
「……ウム! アンゼン! アンゼン!」
当人であるアッシュは、オルタナと呑気にそんなことを話していた。
次いで、
「ありがとな。ルカ嬢ちゃん」
「ひうっ!?」
少々――どころか、かなりピンク色な未来を想像していたところに、いきなり頭を撫でられて、思わず跳び上がってしまうルカのことも気にせずに、
「そんじゃあ、とりあえず荷物を部屋に入れるとすっか!」
アッシュは、そう告げた。
その後、アッシュたちは、食料などの持参した荷物を『家』の中に運んだ。
この『家』には、ろ過装置付きのタンクも備え付けてあり、そこに、エルナス湖から汲んだ水も補給した。これで、飲料水と生活水も確保できた。
終わった頃には、日も随分と暮れており、そのまま夕食となった。何故か、メンバーの半数以上が、やけに緊張していた夕食となったが。
何はともあれ。
こうして、アッシュたちは、『ドラン』の大樹海での、最初の夜を迎えたのである。




