第七章 不変の湖➂
大樹海の中を、《朱天》を先頭に鎧機兵たちは進む。
流石に数回ほど魔獣とも遭遇したが、まだこの辺は大した魔獣もいないため、大きな戦闘になることもなく撃退できた。
行軍は、順調に進んでいると言えた。
そうして、
「おお~」
ユーリィが瞳を輝かせた。
不意に開けた場所。見上げると蒼い空。
そこは、岸辺に大樹の根も浸かる広大な湖だった。
――『エルナス湖』。
かつて魔獣・《業蛇》との決戦の地となった場所である。
「全然変わっていない」
アッシュの肩に両手を乗せて、ユーリィが《朱天》のモニター越しに外を見やる。
人の手が加えられていない澄んだ湖。
周辺には、水を呑みに来た魔獣や獣の姿もあったが、《朱天》たちの姿に驚き、すぐさま樹海の奥へと消えていった。
「おし。特に問題は無さそうだな」
アッシュも周辺に目をやった。
すでに魔獣の影もない。人や鎧機兵の姿もだ。数チームはこの地にベースを置くかと思ったが、先客もいなさそうだ。
いずれにせよ、危険はなさそうだった。
アッシュは、水辺の近くまで《朱天》を移動させた。
シャルロットの《アトス》も、ルカの《クルスス》、サンクたちも後に続く。
そしてアッシュは《朱天》に両膝をつかせて、胸部装甲を開いた。
アッシュは立ち上がると、振り返り、ユーリィを正面から抱きかかえる。
ユーリィは「ん」と小さな声を零すと、アッシュにギュッと抱き着く。しっかり掴まっているのを確認してから、アッシュは地面へと飛び降りた。
ユーリィを地面に降ろす。
「綺麗な湖ですね」
と、そう告げてきたは、シャルロットだった。
振り向くと、彼女も愛機から降りていた。
その服装は普段のメイド服ではなく、藍色の操手衣だ。
(……うわあ)
武闘大会でも思ったが、やはりエロい格好である。
ましてやシャルロットが着れば、その破壊力はサーシャにも劣らない。
「ホ、ホントです」
シャルロットに続くのは、愛機・《クルスス》から降りたばかりのルカだった。
肩にはオルタナを乗せている。
あの子もまた山吹色で色違いではあるが、操手衣を着ていた。
前述する通り、このスーツはエロい。シャルロットにこそまだ届かないが、将来抜群のルカならば、今の段階でも相当な破壊力がある。
(……やっぱ、二人には上着ぐらいは着させるべきだよな)
アッシュが思わず目のやり場に困っている。と、
「……………」
ジト目のユーリィと視線が重なった。
そして、ユーリィはジト目、無表情のコンボで、アッシュの脛を蹴る。
「そんなにデカいのがいいのか?」
ドスの利いた声でそう尋ねる。
「い、いや、そういう訳じゃないぞ。ユーリィ」
アッシュは頬を引きつらせた。
確かに、こればかりには好みがある。
サクヤ、オトハ、サーシャ、レナ。
そしてシャルロットも。
アッシュの愛しい女性たちは、まあ、全員素晴らしくはあるが――。
――ゴスッ、ゴスッ!
ユーリィは、無言でアッシュの脛を蹴り続ける。
アッシュは困っていた。
すると、
「師匠」
声が掛けられる。
サンクの声だ。彼も、ビレル姉妹もすでに鎧機兵から降りていた。
「ここに拠点を置くんですよね?」
「あ、ああ。そのつもりだ」
アッシュは、未だ足を蹴り続けるユーリィの腰を抱きかかえながら返答する。
「ユーリィ。とりあえず今は落ち着け」
「……むう」
ユーリィは少し不満そうだったが、頷いた。
アッシュは、ホッとしてユーリィを再び降ろした。
それから、改めてサンクを始め、チームメンバーに声を掛ける。
「ここにテントを張ろうと思う。手伝ってくれ」
「はい」
と、サンクが頷いた時だった。
「あ、それなら大丈夫、です」
不意に、ルカがアッシュたちを止めた。
二人のみならず、全員がルカに注目した。
王女さまは、少しビクッとなったが、すぐに「え、えっと」と声を上げ、
「実は、用意していたモノが、あるん、です」
「用意していたモノだって?」
アッシュが目を瞬かせた。
ルカは「はい」と答えた。
「そ、その、仮面さんに褒めてもらいたくて」
そんなことを上目遣いで告げる。
どうやら、ルカは何かのサプライズを用意していたらしい。
「え、えっと、それじゃあ、オルタナ」
「……ウム! トッテクル!」
そう叫んで、オルタナは飛んだ。
が、すぐに戻ってくる。
両膝を突く《クルスス》の元に飛んで、何かを取って帰ってきただけだからだ。
オルタナは、嘴に銀色の短いロッドを咥えていた。
ルカは、オルタナから、そのロッドを受け取った。
「え、えっと、ここら辺がいいかな?」
ルカは、適当な広さのある場所を選んだ。
そして、
「で、では行きます!」
ロッドを構えて、ルカはそう叫んだ。
ロッドを上から下へと振るう。
アッシュたちが注目する中、ロッドは光を放ち、それは転移陣を描いた。
どうやら、このロッドは召喚器のようだ。
転移陣は輝く。
そうして、そこから出て来たモノは――。
「? こいつは」「え? これって」「これは……?」
全員が様々な反応を見せた。
ただ、誰もが驚いている。
ルカが召喚したモノ。
それは、巨大な岩だった。
鎧機兵さえも数機ほど納まりそうな、巨大な岩石である。
まじまじと見やると、岩の一部に、ドアらしきモノもあった。
これは何なのか。
全員が分からなかった。
しかし、その正体に一番早く気付いたのは、やはり職人であるアッシュだった。
「……へえ。もしかして……」
そう呟き、アッシュは巨岩のドアに近づいて、そっと触れた。
「お、やっぱ、そっか。これって」
「は、はい!」
ルカは、微笑んだ。
そして、アッシュの傍に駆け寄って、こう告げた。
「これは『お家』なんです」
――と。




