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【第18部まで完結】クライン工房へようこそ!  作者: 雨宮ソウスケ
第16部 『巨樹の森の饗宴』①

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第七章 不変の湖②

「……ふむ」


 場所は変わって、大樹海の一角。

 大樹の中でも、一際巨大な樹の枝の上。

 大樹海を見渡せる場所にて、ウォルター=ロッセンは目を細めた。


「師を手伝うのはいいとして……」


 首を傾げる。


「いささか以上に騒がしくはないかね?」


 広大な大樹海。

 この場を監視して、気付いたことがある。

 朝から、この森に相当な数の鎧機兵が踏み込んでいるのだ。

 森とは資源の宝庫だ。

 従って、人が入り込むのは当然ではあるが、この数はどうにも異様だ。

 しかも、少数のチームに分かれて行動しているようである。


「……ふむ」


 ウォルターは、師より預かった宝珠を取り出した。

 そこには、大樹海の各地が次々と映し出された。


「やはり多いな」


 映像には、かなりの高確率で鎧機兵の姿が映り込んでいた。

 中には、ベースキャンプを設置している光景もある。


「見たところ、調査隊のようだが……」


 ここまで大規模の調査とは一体……。

 疑問には思うが、ウォルターは苦笑を浮かべた。


「まあ、別に構わないか。我らの目的には影響もない」


 師より命じられたのは観測だ。

 そのためにこの『遠見の宝珠』も授けられた。

 そして、これを使うのは予定外の乱入者たちにではない。

 今、この大樹海にて、主役を張る者たちを観測するためだ。

 いや、正確に言うならば、主役をもぎ取ろうとしている者たちか。

 ウォルターは、宝珠に目をやる。

 再び映像は次々と切り替わる。

 日差しも入り込まないほどに深い森。

 獣たちが喉を潤す澄んだ湖。

 樹海を分断する大きな川。

 そして、


「……ほう」


 ウォルターは双眸を細めた。

 そこに映るのは、大樹海の一角だった。

 しかし、他の光景とは明らかに違う。

 多くの獣や魔獣たちが、われ先と逃げ出しているのだ。

 ウォルターは知る由もないが、それは、かつての大暴走を彷彿させるものだった。

 そんな中を、

 ――ズズゥン、ズズゥン……。

 途方もない巨体が進んでいく。

 木々を片手でへし折り、邪魔をするモノをすべて排除していく。

 それは、巨大すぎる猿だった。

 漆黒の毛並みに、真紅の双眸。

 異様に太い両腕の筋肉は、まるで鋼のようだった。

 かつて、とある小国にて。

 その鋼の怪腕で百の鎧機兵を潰したと言われる暴虐の魔猿だった。


「……固有種・《猿羅(エンラ)》」


 ウォルターは、その名を呟いた。

 すると、今度は別の方角から、重い足音が響いた。

《猿羅》にも劣らない超重量級の足音だ。

 加え、《猿羅》よりも、歩く速度が速い。

 そうして、


「……ブルゥゥ」


 暴風のような鼻息と共に、それは姿を現す。

 邪魔な木々を頭突きだけで根こそぎ吹き飛ばす膂力。

 それは、三十セージルを超す《猿羅》にも匹敵する巨大な馬だった。

 紫色に妖しく輝く皮膚。

 鬣と尾は黒く、蹄も黒い。

 ズシンッと一派踏み出すことに、蹄の後を深く大地に刻みつけていた。

 遥かなるセラ大陸の西方にある大草原。

 その地の覇者として君臨していた怪馬である。


「……固有種・《(オウ)()》か」


 ウォルターは、双眸を細めた。

 どちらも、恐るべき固有種だった。


「やはり恐ろしいな、我が師は……」


 悪魔を志すウォルターであっても、冷たい汗を流さずにはいられない。

 全くもって、師の手腕には恐れ入る。

 あのような怪物たちを、どうやって捕縛したのやら……。

 しかも、あの信じ難き秘術。

 ウォルターは、青き湖の地で見せつけられた師の秘術に、表情を消した。

 あればかりは本当に恐ろしい。


「深淵はどこまでも深いという訳か。私もまだまだだな」


 と、そうこうしている内に、二大魔獣は大樹海にて対峙した。

 元々、固有種は縄張り意識が非常に強い。

 互いの縄張りにこのような魔獣がいれば、対峙するのは当然の成り行きだった。

 ……ズンッ!

 魔猿・《猿羅》が、巨拳を地に打ち付けた。

 ……ヒヒイィィンッ!

 怪馬・《王馬》が、雄々しきいななきを上げる。

 そして――。

 二大魔獣は、同時に駆け出した。

《猿羅》は巨拳を振り上げて。

《王馬》はその巨剣を頭突きに迎え撃つ。

 かくして、別格の二体の魔獣は激突した。

 ただ、それだけで周辺の木々が震える衝撃だ。

 遠見の宝珠を通して、ウォルターは、その様子を観察する。


「……ふむ」


 激突は、凄まじいものだ。

 狙いを外した巨拳や、蹄が気に掠っただけで抉れ、吹き飛ぶほどだ。

 だが、この壮絶さも当然だ。

 なにせ、二体とも、騎士団が総出でなければ対処できない魔獣なのだから。


「これが『王』同士の戦いか」


 ウォルターは、興味深く観察した。

 元より、ウォルターは傍観者であらんとする男だ。

 従って、眼は肥えていたつもりだが、それでもこれには流石に魅入る。


「……ふふ」


 思わず笑みを零した。


「愛憎劇も素晴らしいものだが、たまには純粋なる戦いというものもいいな。これは師に感謝すべきか」


 面倒な仕事かと思ったが、これはこれで楽しめそうだ。

 魔獣たちの戦いは、周囲を巻き込んで激しさを増していく。

 その様子を見やり、


「……ふむ」


 ウォルターは、ふっと笑う。


「いいだろう」


 そして、悪魔を自称する男は肩を竦めて呟いた。


「折角だ。師の命に従い、見届けようではないか。この王たちの戦いの行方をな」

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