第六章 再び、『ドラン』へ①
「ちょっとエイミー!」
ボレストン。第三階層の宿屋。
そこで取った彼女たちの部屋で、ジェシーは憤慨していた。
理由は明確。
妹の裏切りだった。
「なんで、あんな馬鹿な提案を受けるのよ!」
姉妹は、ラフな格好でベッドの上に座っていた。
憤慨するジェシーは、バンバンとベッドを叩いている。
「だ、だってお姉……」
指先とツンツンと当てて、エイミーが言う。
「サンク、あんなに一生懸命なんだよ。そう思ったら、つい……」
「あのね! エイミー!」
ジェシーは、額に青筋を浮かび上がらせた。
「つい、で許したらダメでしょう! サンクが言っている意味が分かってるの!」
「け、けど、お姉……」
エイミーは言う。
「確かに世間体は悪いけど、サンクの言っていることは犯罪でもないし、サンクの立場なら不可能じゃないんだよ。そう思ったら……」
「……それはそうだけどさ」
ジェシーは渋面を浮かべた。
「あいつが悩んで悩んでそんな結論に至ったのは分かるわよ。けど!」
ジェシーはぷくうっと頬を膨らませた。
「『どっちも離さない』って何なのよ!」
「そ、そうだよね……」
これにはエイミーも同意だ。
初めて聞いた時は、思わず拳が飛んでしまったぐらいだ。
けれど、
「サンクは……」
ポツリ、とエイミーは言葉を零す。
「本気で、私たちを二人ともお嫁さんにするつもりだよ」
「……それは分かっているわよ」
ジェシーとて、サンクの幼馴染だ。
あの馬鹿が、本気なのはよく分かる。
「サンクは、本気で私たちが好きなんだよ。だからチャンスぐらいあげようよ」
「……ううゥ」
ジェシーは唸る。
「今回の調査で、サンクがもし一つでも高価値な資源を見つけることが出来たのなら、考えてあげるぐらいはいいと思う」
エイミーは、そう告げる。
侯爵家の財力に頼らず、自分の力を示して欲しい。
自分の力だけで愛の証を立てて欲しい。
それが、エイミーがサンクに出した条件だった。
「……あいつが、本当に見つけたらどうする気なのよ?」
ジェシーは、眉をひそめてそう尋ねる。
サンクには実力がある。その上、幸運にも恵まれる体質なのだ。
要は、持っている人間なのである。
もちろん、今回の調査の難易度は決して低くはない。
王女殿下を護衛しつつ、未知の大樹海に足を踏み入れるのだ。それだけでも緊張をもって挑む任務だ。しかし、サンクならば、その任務の傍らで、何かの拍子に、本当に高価値な資源を見つけかねないのである。
そうなると、一体どうすればいいのか……。
「そしたら約束通り考えるよ。考えて、覚悟を決めて……」
エイミーは、姉の手に自分の手を重ねた。
「サンクのお嫁さんになる。お姉と一緒に」
「エイミーッ!?」
ジェシーは驚愕で目を剥いた。
「何を言ってるのよ!? あなた!?」
「お姉……。実は私ね」
エイミーは少し躊躇うように口を開いた。
「サンクのことは、もう諦めてたの。サンクが選ぶのは私じゃなくてお姉。だから、私は男爵家に嫁ぐんだって」
「……エイミー」
初めて聞く妹の気持ちの吐露に、ジェシーは目を瞬かせる。
エイミーの吐露は続く。
「けど、サンクにお前たちを誰にも渡さないって言われた時、呆れたけど、お馬鹿だと思ったけど、同時に凄く嬉しかった」
「……ううゥ」
ジェシーは再び唸った。
実のところ、それはジェシーの心情でもあった。
「そして改めて思ったの。私は男爵家になんて嫁ぎたくない」
エイミーは、真っ直ぐ姉を見据えた。
「私はサンクと結ばれたいんだって。けど、きっと私だけじゃあ足りないんだ」
そこで、再び姉と手を重ねる。
「お姉もサンクには必要なんだよ。だから」
言葉もなく口をパクパクとさせる姉に、妹は微笑む。
「もし、サンクが条件を果たすのなら、お姉も認めてあげて」
「な、何を言ってるの!?」
ジェシーは愕然とした。
「お姉だって、サンクのことは好きでしょう?」
「た、確かにそうだけど……」
ジェシーは視線を逸らす。
エイミーは一呼吸おいて、さらに告げる。
「私ね。この旅で、サンクと結ばれるつもりだよ」
「――ッッ!?」
もはや言葉もなく、目を見開くジェシー。
「お姉は……どうするの?」
「わ、私は……」
ジェシーは狼狽するが、すぐにキッと表情を改めた。
「私は伯爵家に嫁ぐわ。エイミーは好きにしなさいよ」
「そんなの、サンクが許さない」
エイミーは強く宣言する。
「サンクは、何がなんでもお姉も手に入れるはずだよ」
「――ふわっ!?」
険しい表情もどこへやら、ジェシーは顔を紅潮させた。
「サンクが一度決めたら退かないのはお姉もよく知っているでしょう。そもそも」
一拍おいて。
「お姉に拒めるの? 本気でサンクがお姉を求めてきたら」
「ななな、何を言ってるの!?」
ジェシーは激しく狼狽した。
エイミーはさらに畳みかける。
「お姉、押しに弱いし。それに本当はお姉も望んでいるんでしょう? サンク以外の人に抱かれるなんて嫌なんでしょう? だったら――」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
ジェシーは無理やり妹の手を振り払った。
「私は伯爵さまに嫁ぐの! サンクなんて関係ない!」
次いで、枕を頭に被り、バタバタと足を跳ね上げる。
身悶えるように、ベッドの上で回転した。
そして――。
「こんなの、絶対に私は認めないから――ッッ!」
耳まで真っ赤にして、そう叫ぶジェシーだった。




